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平林倫子の悲惨な高校生活

第二部開幕……の前に外伝を6話分やります。

今回はいつもの倍の長さなのでご注意。

 ――――悲惨。




 平林倫子の高校生活を表現するならば、その一言で事足りた。


「ちょっと!こんなに」

「はい今すぐ整えます!」

「何よ、こんなのに3.2秒もかかっちゃって!そんなんだからいつまで経ってもうだつが上がらないのよ!」

「は、はい……」


 ほんの数ミリでも席が外れているとすぐこれだった。かと言ってちゃんと背を伸ばして立ってもスカートの丈がどうたらこうたら、授業中手を上げれば邪魔をするな、上げなければやる気がないと、徹底的につつき回す。


「三田川、お前少し口を慎め」

「市村君、私はあくまでも心配しているだけですけど?」

「お前は絶対鬼嫁になり、嫁いびりをする姑になる。って言うか現在進行形でやってるだろ」

「嫁いびり!?まったく、いつから私は息子を産んで、初婚女を迎えることになった訳!?」


 市村正樹から注意されても、三田川恵梨香の顔にも言葉にも反省とか後悔とか言う文字はない。大げさに驚き、仮にすぐ産んだとしても結婚するのに十八年かかるような存在を、その時まで結婚なんかできないと言い出す。口を閉じろと言われておきながら、舌の根の乾かぬ内になぶる。



 もっとも、彼女の矛先はほぼ全方向に向いている。




「だいたいね、あんたみたいな奴が弁護士になんかなれる訳ないのよ!」

「どうしてわかるのであります」

「どうせすぐさま二次元に逃げて、肝心の三次元をおろそかにするのよ!私分かるんだから」

「どんな超能力でありますか……」

「悔しかったら私にテストで勝ちなさいよ、まあ、できないでしょーけど!どうせ今この時が人生のピークであるニート予備軍が!」


 例えばこの赤井勇人である。


 容姿と言動こそ冴えないオタクの典型だったが、それでも勉強はできるし女子たちからもモテていた。

 そんな存在に、彼女は毎日のように喰ってかかっていた。手は出さないが口は出し、事ある度に赤井の悪口を吹聴した。

 一応二人はクラスの成績一位と二位でありそういう意味ではライバル関係だったが、それでも彼女の行為は常軌を逸していた。


 そんな事を言ってる暇があるんなら勉強でもしろとか言うには、彼女の成績は良すぎた。何をやらせてもトップクラス、しかも少しでも負ければ全力でその穴を埋めに来る。

 才能を持った人間が全力で努力し、それを決して怠らない。それの繰り返しで肥大しきった存在に立ち向かって勝てる人間は、一年五組に存在しなかった。


「まったく、ニート予備軍のハーレム願望に巻き込まれる女たち、ウドの大木女、タレント気取り、四角四面、世話焼き気取り女、このクラスにはろくな女がいないからねー」


 その上で彼女は、ケンカを売る努力も怠らなかった。男女とも十人ずつ計二十人のクラスの中で自分以外の九人の内七人を落とし、その上で八人目である倫子にボールを投げ付ける。


「で」

「特にあなたよ平林さん!いちいちとろくってとろくって、もうまったくこんなぬるま湯で暮らしていると腐っちゃうわよ、本当にもうスモックでも買ってあげてもいいんだけど……」


 少しでも迎合するのが遅れるとすぐこれだ。心底から心配そうな声を出しながら、その実幼稚園児扱いしている。物言いその物が妙に親切であるだけに、なおさら他人の心をさいなむ破壊力は高かった。


「ろくな女がいないって、一番ろくでもないのはお前だろ」

「はぁ……市村さんの優しさは天井知らずの底なしだわー……世間がみーんな市村さんみたいだったら世界はすぐさま平和になりますねー。と言うか皆さん、市村さんのように何か集中できる物を持たないといけませんからねー」


 市村がいさめてもこの調子だ。むしろその諫言を糧にしてますます口が滑らかになり、その分だけ余計に平林への攻撃が多くなる。


 平林倫子は、帰宅部員だった。元よりペットショップの店員志望だった彼女はその手の部活が学校にないため家に帰っては親族の店に通っていたが、それを主張する事はない。すればその瞬間、その唯一の心の逃げ場さえも潰されそうな気がしたからだ。

 同じ帰宅部の八村への攻撃も行いながらの自分への攻撃を、倫子は黙って耐えるより他なかった。もちろん耐えた所で攻撃がやむわけでないのはわかっているが、それでも彼女には他に方法がなかった。


「おい三田川!」

「何か?」

「お前は自分が何を言っているのかわかってるのか!」

「はあ、いけませんか?」

「お前はその点を直さない限り永遠に最高の女子高生だな」

「私は悲しいのよ、彼女がこの先立ち向かう困難に対応できなくなることが!市村さんはその事を考えていないの!」

「まあ、言われる側の事も考えろ。それができないんならやってみせろ」

「いつでも食い尽くしに来ればいいのに、本当に甘ったるいんだから……あーあ……」


 その攻撃力が上がった存在に対して市村がいくら反撃を仕掛けても、永遠に「女子高生」であって「大人」にはなれないと言う皮肉をぶつけても、三田川はまったく動じる事がない。それどころか真剣に思い悩み、その上で相手の無理解を嘆いてみせる。

 そのあげく市村が馬鹿に付ける薬はないとばかりに匙を投げると、同じくらい派手に嘆く。




 三田川恵梨香は、黙っていれば紛れもなく「優秀な学生」であった。


 五教科全てクラスの頂点争い、それ以外の成績も優秀。

 負けたと思えばすぐさま必死になって学び、何としてでも打ち負かそうとする程度には学習意欲があり、決して遅刻も欠席もしない。


 そんな生徒は、本来ならば手本と言われてしかるべきだった。


 また顔もスタイルも十分であり、それもまた彼女の価値を本来ならば大きく高めているはずだった。


「おい三田川」

「何でしょうか」



 だと言うのに、しょっちゅう教師から呼び出される。その度に三田川は背筋を伸ばし、何が恥じる事があるのかと言わんばかりにドアを開ける。


「三田川、なぜ行いを改めようとしない!」

「何が悪いと言うのですか?」

「何が悪いって、わからないのか?平林に対してなぜつらく当たる?その必要があるのか?」

「…………はぁ」


 せっかく担任が三田川を呼び出して叱ってやっても、この有様である。

 自分の不徳や過去の行いを反省するわけではない事が丸わかりのため息と担任教諭を見据える三田川の目が、職員室の空気を重たくする。


「己の欲せざる所を人に施すべからずと言う。だが同時に己が欲する所を人に施したとてそれが喜ばれるとは限らない。その事を理解せねば大人にはなれないぞ」

「…………」

「何か言う事はないのか」

「なんて言えばいいんです?」

「最近変な噂が立っているんだ、学校に行く前に唐辛子をなめているとか」

「…………どこの誰です、か?そんな情報を、盗み取ったのは?」


 動揺の色をまったく隠す事のない三田川は、本来なら新鮮な驚きを持って迎えられるべきそれだったかもしれない。

 しかしその可愛らしいはずの動揺ぶりは、かえって担任に絶望を与えた。


 ――――――――私は心底から心配しているんです、なぜわからないんですか。


 もし仮に演技だとすればアカデミー賞級であり、そうでないとすれば本性。


 いずれにせよ、その方針を曲げる気などひとつもありませんと言うだけのお話。


「内申点は相当に下がるぞ、どんなに成績が良くてもそこまでの行いをするような人間を欲しがる大学はない。私立大学もまた企業だからな、その事を忘れてはいけない」

「わかりました」


 内申点がゼロだろうが知った事かいと言わんばかりの態度に、担任は今日の胃薬を増やさなければならない事を感じた。


 もちろん担任は彼女の双親にもきちんと教師は言い聞かせていたが、他の事では驚くほど素直な彼女が、平林に頭を下げる事に対してはまったく頑なだった。注意する度に三田川は学問に走り、そういう話をしているんじゃないと叱責されても右から左へと受け流すばかりだった。


 それで何度やっても改まらないので反省するまで飯抜きにしたら、三日間ハンストを決め込んで救急車を呼ばれた事もある。


「お父さんもお母さんも薄情なんだね、あんなにぬるま湯にひたってるのがいいだなんて、やっぱりよその子はよその子なんだね……」


 護送の最中にそうつぶやいて救急隊員の背筋をも寒くした彼女に、両親の心も叩き折られてしまった。どんなに厳しい環境においてもそれを栄養源にますます膨れ上がりそうなだけの我が子に、立ち向かう自信をまるっきり失ってしまったのである。







 しかし彼女をそうさせているのが何なのか、例えば平林倫子を激しくさいなむ事になったスタートが何なのか、誰にも全然わからない。


「そんなに走ってばかりいると倒れるぞいつか」

「倒れたら休んで、また立ち上がればいいだけです」

「だから、自分と同じように他人が走れると思ったら大間違いだ。それだけだよ、みんながお前に求めているのは」

「先生が本当にうらやましいです」


 先生は苦労なんかしてないんですよねと言う皮肉がこもった三田川の言葉に、教師さえもため息を吐くしかなかった。









 とにかくそんな三田川恵梨香から見ればぬるま湯の暮らしをしていた平林倫子もまた、他の一年五組のメンバーと同じように、このあまりにも奇妙な運命に巻き込まれる事となった。

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