苦すぎる勝利
「上田君!」
いきなりとんでもない速度の一撃を三田川に叩き込んだ存在。
そう、河野速美。
「大丈夫!」
「一応な……」
「何のつもりよ河野!」
三田川は火の玉を河野に投げつけるが、河野はシギョナツと同じようにとんでもない速度でその攻撃をかわし、二刀流で三田川に斬りかかる。
俺も河野に同調して三田川に斬りかかる。
「ちょっと大変なことになってるみたいでね、発見が遅れてたら危なかったよ!」
「河野、何とかして三田川を止めないと!」
三本の剣を三田川は必死に片手で受け止める。
もちろんもう一方の手からは攻撃魔法を出しまくっているが、ぼっチート異能の俺とギンビ以上の超高速移動の出来る河野では当たる事はない。
「ああもうどうしてよ、ニート予備軍も明治女も演劇バカも、どうして私よりこんな空気男がいい訳よ!ちょっと河野!」
「そりゃ上田君だからじゃないの」
「あんたにそんな事を考える頭はついてなかったわね、どうもあしからず!」
河野と言う第三者の前で他人を落としまくって同意を求めている。本当に救いがたい女だ。
その上で魔法を放ちまくって河野を殺そうとするが、やはり当たらない。それでもなお河野の攻撃を必死にしのいでいるのだから剣術が下手な訳ではないはずだが、結局は俺との戦いと変わらない。
「おい三田川!」
「何よ、どうしてなの!どうして誰も私の言う事を聞かないの!」
「お前はどうしてそんなに焦ってるんだよ!」
「焦る!?私はただ、正しい道を提示してあげているだけ!この世界に来た二十人の中で一番強いのは私!どうしても、どうしても言う事を聞かせたいんなら、私より強い存在を呼んでくる事ね!こんな私と二ケタ違うようなザコ空気男じゃなくて!」
三本目の剣をも、三田川は受け止める。
魔法で作ったのかわからない剣を振り回し、どこまでも俺たちから逃げ出そうとしている。
(河野も三田川も、あまりにも力が違い過ぎる……まあ俺のそれもまた十二分に強力すぎるのだが、二人はレベルが違う。赤井や市村とは、いや、他の誰とも違う)
三田川の力は言うに及ばず、河野のそれだって単純ながらとんでもないチート異能だ。
俺たちみんなチート異能を授かっているのだろうが、それでもこの二人だけは特別な気もする。「一年五組の女子生徒」以上の共通点のない二人、その二人がなぜ強いのか?
(まあ今はそんな事はどうでもいい。三田川を止めなければならない)
なればこそ、何としても三田川恵梨香と言う存在をしつけなければならない。
「二対一とは言え押されているんだぞ!おとなしく俺たちに従え!」
「バカも休み休み言いなさいよ!」
「現実から目を背けるなよ!」
「おかしいじゃないの、どうして攻撃が当たらないの!」
「お前がとんでもない魔力を使えるのと同じだよ!」
剣の音、魔法の音、そして町の人の悲鳴を聞きながらも、三田川が泣きわめく事をやめる様子はない。
「ミタガワだかキタガワだか何だか知らねえが、ふざけんじゃねえ!」
中にはこんな風に怒鳴り声を上げる人もいた。当たり前だ、俺らだって十分非難の対象になってもおかしくないんだから、三田川なんて言うまでもない。
「と言うか、三田川、一体ここで何人殺したのよ!」
「さあね、この役立たずギルドの冒険者ほぼ全員」
「私はただのSランクだよ、Rランク以上なんて山といたはずなのに!」
「Aランクの上のSでしょ」
「Tランクの上のSだよ!」
「三田川、その勇気だけは買うよ」
そんな事を言っておきながら、俺自身焦りがない訳でもない。
(三田川の力はあの数字通りなのか……!?)
ヘイト・マジックが三田川に効いているのかいないのか、自分でもわからないのだ。
あの指輪により相当強力なヘイト・マジックがかかっていたはずだとしても、三田川は河野をも攻撃している。
町がもっと荒らされるのではないか、セブンスたちが危ないんじゃないか!
「あっ!」
そんな思いが実った訳でもないが、俺の剣がついに三田川の袖を捉えた。
セーラー服の端っこが切れ、袖が短くなる。
「よくも私の一張羅を!」
「それが戦いだろ!」
三田川は吠えながら俺に攻撃魔法を放つが、どうと言う事もない。ただただ、余計に押されて行くだけだ。
「ああああああああ…………ああっ……!!」
三田川のいらだちが剣に現れ、極端に乱れ始める。河野の剣も三田川の服にかすり始め、有効打が増えて来た。
「何よ、何よ何よ……!この甘ちゃん、軍団……!!」
「甘ちゃんに負けるのが今のお前だよ!さあおとなしく!」
そしてついに呼吸が荒くなって来た三田川にとどめの一撃を放つ時が来た、そう感じた俺は一挙に距離を詰める。河野は相変わらずあちらこちらに回りながら剣を振っている。
「スキあり!!」
俺は激しく斬りかかった。
その結果、バッタリと倒れ込んだ…………俺が。
「あなたたちなんか、いつでも殺せるんだから……!!覚えておきなさい、この負け犬どもが……!!」
俺が剣を振り下ろす直前、三田川は魔法の光を放って爆発を起こし、河野の剣からも爆風からぼっちになった俺の手からもすり抜けて、どこかへと消えた。
後にはわずかな血痕が残っている。捨て身で逃げ出した事が丸わかりだ。
「上田君、私は三田川さんを追わなきゃいけないから!」
「ああ……」
そして河野は三田川を追うと言って走り去ってしまい、後に残されたのは俺だけだった。
「上田君!」
「とりあえずは無事だけどさ……」
「三田川はもう……」
駆け寄って来たみんなに、俺は顔を向ける事ができなかった。
遠藤も、剣崎も、そして三田川も俺は守れなかった。
みんなあと一歩のところで、消えてしまった。
「俺は……みんなを救えるのか?」
「救えると思わねば救えないであります!」
「赤井……いやみんな……頼むよ本当!」
俺は手を合わせながら深々と頭を下げた。
正直土下座でもしたいぐらいだ。
そんな俺の手を、みんな次々に取ってくれる。
「あったかい手だな……」
「私のも?」
「ああ……」
オユキのそれまであったかかったんだからさ、本当ありがたいお話だよ。
「残念ながら当ギルド、いや世界中で指名手配だろうな。それこそ捕まえれば一発Aランクレベルの重大な存在として」
異変を聞きつけギルドから出ていたギルドマスターは、俺たちの泊まっていた宿屋でそう俺たちに述べた。
「ミタガワエリカ」は、「エンドウコータロー」に続き文字通りの有名人になっちまった訳だ。ったく悪名は無名に勝るとか言うけど、本当に悲しいお話だね!
「しかしさー、この指輪やっぱり危ないんじゃないですかね……」
「ですがあなたはそれを使って私を助けました」
「セブンスさんと言いましたっけ、俺にはあんな度胸などとてもとても……」
イトウさんが隅っこで、セブンスに頭を下げまくっている。改めて愛嬌のあるおじさんであり、憎めない人間って単語がよく似合う挙動だ。
「紛れもない諸刃の剣である事は間違いありません。ですが私はイトウさんを信じていますから、あそこまで誠実な人を私は軽く扱えませんよ」
「キアリアさん!」
「ですから、その指輪はあなたが付けていてください」
まあ、たぶんこの人ならば大丈夫だろう。その見解は俺たちもキアリアさんも一致していた。
「と言うかまあ、いざと言う時のために残しておきたかった気もするが」
「トロベ殿、さすがにいささかならず危険かと」
「まあな、セブンスのようになるのであればそれもいいがな」
セブンスはあの指輪の力でヘイト・マジックを強化させたのみならず、いつも以上に強く俺への思いを表出させた。
ミワの例を見るまでもなく、あの指輪は本性をむき出しにする道具なのかもしれない。
(俺自身、俺の本性がどれだけのもんなのかわかりゃしない、って言うか誰だってわからねえだろう。イトウさんが俺やキアリアさんの思った通りの人間であって欲しいと願うだけだ……)
とにかく、その指輪の作り手のせいで、サンタンセンのギルドも、ギンビたちの命も、消えてなくなった。
そして三田川も、河野もこの町から消えた。
残ったのは、キアリアさんとイトウさんとミワ、そしてギルドマスターだけだった。
「この後は私がこの地の僧侶と共に葬儀を行うであります」
「死体がほとんどないんだが大丈夫か」
「魂魄はまだこの地をさまよっているはずであります……」
三田川の魔法により命を奪われ、さらに死体を焼かれた冒険者たち。もはや骨ぐらいしか、いや骨さえも残ってない人間もいてもう誰がどう死んでいるかさえわかりゃしない。
唯一まともな遺体が残っていると言えるギンビも三田川の落石魔法により悲惨な死に方、原形をとどめないそれになっており、実際とても見られたもんじゃない。
(……ランクが上がってどうなるもんでもねえよな、ったく!)
この一件およびシギョナツでの功績により俺は2ランク、赤井と市村は1ランク上げられてUランクとなり、オユキとセブンスはWランクとなった。
あまり活躍していなかった大川はXランクそのままであり、トロベもまたそのままだった。
何にも嬉しくない。
一将功なりて万骨枯るとか言うけど、まったくランク上昇に何の意味があるのか。
「あなたも白魔導士と言う僧侶に近似した職であれば、たとえいかなる過去があろうとも向き合うべきであります」
「……はい……」
「私、お食事運んできます……」
三田川の雷を受けて再び眠っていたミワと赤井が、肩を落としながら宿屋を出て行き、セブンスも宿屋の仕事に戻る。
ミワの監視役としてギルドマスターさんも付いて行き、部屋は広くなったはずだった。
誰も何も言えない。
オユキでさえも何も言おうとしないまま、ただただお互いを見つめるばかりだった。
「ふぁ~あ……」
「ああ首が痛い……」
「ハハハハハ……」
イトウさんのわざとらしくも愛嬌があったはずのその欠伸にも、オユキのダジャレとそれに笑うトロベにも、誰も反応できない。
本気の感情がここまで重たい物とは、赤井たちも知らなかったのかもしれない。
俺はオユキとトロベの本気が伝わらない俺自身を恨み、そして三田川をほんの少し恨んだ。




