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ファーストキッスを奪われた日

「私はユーイチさんの妻になります!」


「ちょ、ちょ、ちょ……!」




 他に言いようがなかった。いきなり何言ってんだこいつ!


「いきなり何なんだよ、俺はただの居候だぜ!お前の方が偉いだろ、まあそれは別としても俺にそんな、そんな甲斐性なんか」

「ユーイチさんは強いんですから!」

「強いってったってな、俺のはだな、それは……!」


 俺の力はチート異能、つまりインチキでしかない。そんなもんにすがってたらろくな事がないのは俺の長くもない人生経験なりにわかっている。

 だから俺は、毎日毎日仕事を欠かさず、そして剣を振るのもやめない。そのおかげで、少しはこの剣も軽くなって来た。でもやっぱり夜には腕が上がらなくなるのは変わらねえ以上、これが守れるのはせいぜい自分一人だ。




 あーあ、わかりやすく村長の目が据わったね。



「本気なのかね……」

「ええ本気ですとも!」

「ユーイチくん…………」



 胸が握り潰されると思うほど痛む。こんな経験、二度目だ。


 一度目は小学校時代のマラソンの際に河野と張り合って限界を超えたスピードを出した時であり、あの後は表彰式をまともに受ける事もできなかった。もちろん今度がそれと違う事はわかるが、だからと言ってどうすればいいのかわからない。


「セブンス……ほらユーイチくんが迷惑がってるじゃないか、ほら」

「知った事ですか!」


 うわぁ…………なんだこいつ、俺の意志全然かえりみてねえ!

 こんな強引に奴とは思わなかった、一体何がセブンスをこんなにさせたんだ!?


「おい、セブンス」

「ユーイチさんは私を取るんですか!村長を取るんですか!」

「あ、あの」


 次の瞬間、ファーストキッスを剝奪された。

 妻、でなければ長男の嫁に迎えようとしていた人間の前で……。


「これはいったい何の真似かね!」

「ユーイチさんはもうひと月近くひとつ屋根の下で過ごして来ました!そういう事です!」

「たかがそれだけで夫婦になれるのか!?」

「ユーイチさんはこの村の守り人としてやって来ました、それを支えて来たのは私です、もう十分夫婦です!」



 ナニコレ、俺もう完全に崖から突き落とされてるじゃん……。セブンスったら真っ青な瞳を真っ赤にして、俺の首にもたれかかってる……あのさ、全然あったかくないんだけど、むしろ寒いんだけど……。


「お前、この村を捨てていいのかよ……」

「一向に構いません!だいたいユーイチさんは自覚がなさすぎます!」


「ああそうか…………」



 自覚って何の自覚だよと思う間もなく、俺に小指と薬指が向けられた。


 ちょっと、村長さんガチギレな訳?ぶっちゃけその体、デブって言うより威圧感たっぷりな筋肉質の塊に見えちまうのは俺の気のせいですかね?


「セブンス?本来ならおととし孤児になった際にわしがそのまま抱え込んでも良いとか言っていたのを忘れたのか?」

「私の条件を呑まなかったのが悪いのです」

「デーンの嫁か、それともわしの養女になるか。どっちでも良いと思ったのだが」

「私はそれまでも父と母の紹介であの食堂の給仕をやっていて一応自分の食べる分ぐらいは稼げていました。頼りたくなかっただけです」

「すげえよな本当、俺なんかこの年まで賃金なんかもらった事なかったんだぜ」

「我が妻たちに対し喧嘩を売っているのか?」


 完全に殴り掛かる気満々の村長サマ、そしてご立派な所を見せつけるセブンス。そんで完全に置き去りな俺。


 おーい、誰か来てくれー!


「あのさ、ちょっと、俺はこんな風に女性に言い寄られたことがなくってさ、」

「おかしいですよ、ユーイチさんはもっともっとモテてしかるべきです!」

「こういう時さ、どうすればいいのかわからねえんだけどマジで、俺ウソつきになるのマジで大嫌いなんだけど」

「じゃあ答えてください、どうしたいんですか!」

「セブンスはどうしたいんだよ!」

「私と一緒にこの村を出てください!」

「…………だそうですんで……」



 もう他に何も言いようがなかった。


 ぼっち人生を送って来た俺にしてみればまったくイレギュラーな攻撃であり、こんなチート異能をもってしてもかわす事なんぞできなかった。愛想笑いを覚える事は出来なかった俺はド下手くそな笑顔で頭を下げ、腰を上げようとした。



「どうしても我が家の者にはならないと言うのかね!」

「そうなります!」

「だったら、だ!こっちだって方法がある!」

「無理な事はやめてください!ユーイチさんに勝てると!」

「デーンはそのユーイチを嫌っている、憎んでいる。それこそ生まれた時からずっとお前を好いていた。結ばれるのが当然だと思っていた」

「でも父さんと母さんは私をこの村にとどめようとは思ってなかった。いずれは大きな町で働けるように鍛えてくれた」


 ああなるほど、デーンは確かにガキ大将様だったな。この村の子供らの中では地位も力も一位だったんだろう。そしてそれでいいと思ってたんだろう。そこに俺なんて言う無茶苦茶なのが出て来ちまったんだからいっぺんに何もかも脅かされる事になった。ましてや一人っ子の地位が低いこの村だ、親の七光りがなくなればあっという間に最低の地位に堕ちるかもしれねえ。その上にあのエクセルだ。旅の剣士様が自分よりずっと強い事を知ってるからな、まあ強くなろうって向上心はあるけど、それまでって気もするな。


「デーンはこの村から出て行く気はないんだろ」

「ないに決まっている、わしの跡取り息子だぞ!」

「じゃあダメっすね、だろ?」

「そういう事ですので!私は妻にも嫁にも娘にもなりませんので」

「デーンに言っといてくださいよ、こんな非モテ男なんぞ相手にするなって」



 俺らは廊下を走った。肩に抱き着きながら走るセブンスの足音が、妙に高く聞こえた。


 それと共に嬌声や悲鳴が耳に侵入し、すぐさま退場した。

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