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ぼっちを極めた結果、どんな攻撃からもぼっちです。  作者: ウィザード・T
第六章 同級生の恐怖(第一部最終章)
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縮地突進

「てめえ……!!」

「いいじゃないの、こんな汚い道、元通りにするのにどれだけかかるかしら。そうしてイトウって人にたっぷり苦しんでもらうのが役目、って言うか喜びなんでしょ?

 ほら後ろ後ろ、こんなに嬉しい事はないじゃない、ねえ?」

「こ、ここを、ここを、オエエエエエ……!!」


 イトウさんは何とか必死に道の脇の森までこらえ、そこで全てを吐き出した。


 赤井がふらつく足取りでキアリアさんを追い越して背中をさすったのは、赤井自身目の前の状況に耐えられなかったんだろう。耐えられる俺が不思議なぐらいだ。




「俺が……俺はJランク冒険者だ、Jランク冒険者を何だと思ってるんだ!」

「あれ、と言うか今どうやってみんな死んだかわからない訳?」

「わかってるよ、まるでイトウへの当て付けのようにな……!」

「くどいけど、それがあなたの望みなんでしょう?」




 風魔法。


 風で作った刃。


 その刃が一斉に飛びかかり、手練れの冒険者たちを次々と死体に変えた。


 そこまではわかるし、その結果もわかる。




 わからないのは、どうしてあんなに笑えるのかと言う事だけだ。







(この世界を、三田川は本当に何とも思ってないんだな……)







 ゲームキャラはゲームキャラに過ぎない。何度殺しても、しょせんリセットして最初からになればまた蘇る。



 だがここがいかにゲーム「じみた」世界であっても、セブンスもオユキもトロベもモンスターもみんな生身の存在だ。


 そりゃ俺だって、たくさん人殺しもしたよ。でも、その度に自分の力におびえ、チート異能に感謝もした。




 今の三田川には、ためらいの文字なんてどこにもない。あるのは、ただ冷酷な殺戮者としての顔だけ。




「ミタガワエリカ!お前は絶対に許さねえ!」

「許しなんか求めてないけど」

「ただで死ねると思うなよ!」


 壁越しだってのに、ものすごい風が巻き起こる。壁が揺れて崩れそうになる。三匹のこぶたもこれにはギブアップ宣言したくなるほどの強風。


「あれぞギンビの必殺技、縮地突進!」

「縮地突進……!?」

「風の魔力で一挙に距離を詰め、または離す。いや魔力はほとんど使わず、と言うか魔力を使ったり使わなかったりして相手の読みを外す!」



 死体の山と血の池を乗り越え、凄まじいスピードで大地を走る。靴が赤く染まるのも気にする事はなく、あっという間に消えて行く。


「要するに超加速、それもいくつかの段階かに分かれた」

「そうして不意を突くやり方で幾多ものの戦果を挙げて来た。もちろんその手でイトウ殿やミワをいたぶる事もあったが……」

「完璧に恐怖政治だな!」

「少なくともその自覚はない、彼自身には。おそらくは本当の本気で出来の悪い奴の面倒を見てやってるつもりなのだろう、とんだうぬぼれ屋の発想だがな」

「それがあればあっという間に組み手をする事もできるわけね、まあ不意打ちは卑怯だけれど」




 赤井たちが批評に興じられているのは、三田川による大量殺戮からの現実逃避ではなく「慣れ」だろうと思いたい。

「ウエダ、何あれ……!」

 一方でオユキはあっという間に姿を消したギンビにおびえ、目を据わらせながら俺にしがみ付いて来た。


「安心しろ、俺が対峙したミーサンって女よりはずっと速い、だがあのレベルの速度ならばまだ俺らが知っている乗り物の範囲内だ。もちろん人間だけでできる速度じゃないが」

「そうなのー、ウエダの世界ってホントものすごーい!」


(本当に雪女なんだな、この世界の雪女なんだな……)


 本来ならば熱くなってもいいはずの体が冷える。

 やっぱりオユキが雪女であり、この世界の存在である事を改めて思い知るには十分な冷たさ、生身で感じられる冷たさだ。

 クチカケ村に向かう時、オユキと出会う前の戦いで、俺は白狼に傷を付けられて戦意を失い、白狼の血を見て戦意を取り戻した程度には血は非日常の証だった。


 だけどセブンスは血に動じていなかった、動じているとしたら、圧倒的な速度にだった。




「三田川……お前は昔から血潮にひるまないような奴だったか?俺らがせいぜい時速60キロの、確かに人体の限界こそ超えちゃいるけど決して遠い訳じゃない速度におびえないように……お前の実家が畜産農家である事を俺は望むぜ」




 もちろん車道を通るのと真正面からぶつかって来るのでは話が違うとは言え高速で動く物体に対する対応力は俺たちの方が上のはずだが、それこそバラバラ死体や血だまりなんてものに対する耐久力はないはずだ。


 三田川の俺たちと出会う前の過去とか、この世界でのおよそひと月の間に何があったのか、そんな事について聞く気はない。しかしもし最初からこういう適性や耐性を持っていたとしたら、それこそ同情されるに値するお話じゃないか。


 ああ、体が軽くなると共に胃が重くなる……。




「ああもう、面倒くさい!」

「面倒くさい!?そんな言葉で片付けていいのか!」

「どうせ本気でやらないとすねちゃうんでしょ!」


 そんな俺のボヤキを聞いているのかいないのか、三田川はどこかから取り出した剣でギンビとやり合っていた。


 三田川の魔法のせいで壁越しでも戦いはよく見える。まるでテレビか映画だ。


 もちろんそのモニターの間には酸鼻極まる光景がそこにあるが、それでもそれこそ紛れもない戦いの現実だった。大河ドラマみたいにお行儀よく倒れている死体なんて一個もない。


 ギンビと三田川の剣の音も響き渡る。三田川が押し込もうとする度にギンビが離れ、ギンビが速度を変えて突っ込んでも三田川が受け止める。

「確かにJランク冒険者であります、三田川と渡り合っているであります」

「だが三田川は魔法を使っ」

「ああもう粘るわね!」

 そして市村が魔法を使ってないとツッコミを入れようとすると、三田川は火の玉を次々と生み出しギンビにぶつけようとしていた。


「大きさはともかく火力は超一流だから、当たったら消し炭になるわよ!」

「そんな魔法で俺が捕らえられるか!」


 ギンビは縮地突進により一発目の高速ストレートをかわし、二・三発目のフォークとシュートをもしのぐ。

 四・五発目はスローボールと高速ストレートの合わせ技だが、それでも攻撃が当たる事はない。


「ハハハハ、そんな攻撃で俺がやれるか!」

「ああうっとおしい、このハエが!」

「俺がハエだと?じゃあお前はそれ未満だな!」


 口でもギンビは負けていない。高速で動きながら、三田川が放ちまくる火の玉を避けている。


「この壁を越える事はないようだが……」

「前が見えないよこれ……」


 外れた火の玉は次々と俺たちの前に落ち、高く上る火柱を起こしながら燃えている。視界が全て炎で覆われ、三田川の姿は見えなくなった。



「風魔法を使ってみろよ!俺の、俺らの仲間をぶった切った……!!」

「避けられると思ってるの!」

「思ってなきゃ言わねえ、この縮地突進の力で全部避けてやるよ!」

「じゃあいいけど!」


 三田川はギンビの挑発に乗っかるかのように、火の玉をやめて風を放った。



 だが先ほどあまりにも多くの命を奪った風の刃は、今度は誰も殺す事はなかった。

 殺したのはただ、火だけだった。風の刃は火を喰らい尽くし、壁に当たるまでもなく消え去った。


「どうだどうだ、この俺の力を持ってすれば、どんな攻撃だって避けられるんだよ!」

「ああもう!わかった、わかったわよ!」



 三田川がいら立っている。黒焦げになった地面に氷が落ち、急速に熱を吸っていくと共に小さくなっていく。

 オユキすら驚くほどのノーモーションでの発動、そしてやたらデカい。


「ああもう使えないわね!なんかリアクションがあるでしょうが!」

「俺らに何を期待してるんだよ!」

「力の違いってのを見せ付ければ普通匙を投げるでしょ、なんでただただボーっとしてるのよ!」

「…………」

「あきれた、本当にあきれた!」


 勝手に魔法を発動し、勝手に期待を裏切られ、勝手に呆れている。


「ハハハ、お前も仲間には恵まれてないようだな!とにかく、大量殺戮の罪、その手で償ってもらおうか!」

「もういい、全力全開!!」




 全力全開の名の下に、三田川の周りから刃が出る。




「そんなもん通じるか!同じ攻撃を三度も使う奴があるかぁ!」




 さっきのそれと同じような刃。もしそれが全力全開なら、それこそ三田川はジ・エンドだろう。




 だが、おそらくは勝った気持ちになっていたギンビは忘れてたんだろう。


 三田川の魔法の引き出しがこんなもんじゃない事を。







「……!」




 四方八方、いや十六方三十二方から迫る風と雷の刃。




 時速60キロ程度に過ぎないギンビの、数倍の速度で飛んだ刃。







 その全てが、ギンビをかすめる。







 わざとらしく、ギンビの全身を避けるかのように。




「は、ははは、それがお前の全力かよ、笑わせるな、ははははは、俺は攻撃、魔法を討って来いって言ったわけでな、曲芸をしろだなんて、あはははは……」




 ギンビの背中が、震えている。




 本物だからこそ、わかっちまったんだろう。実力差ってのが。


 そして三田川は、めちゃくちゃ涼しい顔をしていた。

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