あの女は!
ついにあいつが登場!?
「しかし、あまりにも派手にケンカを売り過ぎたかもしれないな」
確かにその通りだ。あまりにもギンビの態度が腹立しかったし、セブンスもその気になっていたからつい大きなことを言ってしまったが、とは言えギンビはこの町のギルドでは紛れもない顔役だ。
ギルドマスターの権力すら凌ぐような存在にケンカを売った以上、このまますんなり終わるとは思えない。
「サンタンセンと言えば織物が有名だからな、ああ私はともかく他の皆にも良い織物を調達して欲しかったのだが」
「トロベだって鎧を脱げば」
「私はあくまでも騎士だ、まあ一応女でもあるがな。それにだ、ウエダ殿にはセブンス殿がいるし」
ぼっちの俺に関心を寄せる女はいなかった。だからセブンスはそれこそ初めての女であり、ミルミル村でそれを聞いたセブンスはそれを俺が異世界から来た事以上に大きな秘密として握っている気分になってるのかもしれねえ。
(だからこそセブンスは大川と張り合いたがる。確かにセブンスの飯は美味いし、大川だってその気になればけっこうできる。オユキやトロベは同じ世界の存在だと割り切れてるみたいだけどな。しかしそれこそセブンスのためにも、いいもんを買ってやりたかったんだけどな……)
大川はずっと柔道着だが、洗い方がうまいせいかきれいではある。だが、セブンスはそれこそ村で着ていた茶色いワンピース一着しか持っていない。正確にはもう一着あるが、まったくデザインが同じで見分けなど全くつかない、
「と言うかそもそもの問題ですけど、ユーイチさんと同じ頭の人はこの辺りにいないんでしょうか」
「確かにそれが最重要事項ではあるけどな。このサンタンセンにもいないとなると結局は別の場所を探すと言う事になる。そのためにも山賊をまた狩らなければいけない」
実に難しいお話だ。
これまで俺たちが見つけたクラスメイトは、ここにいる三人と、神林たち三人娘と、河野と、遠藤と剣崎。
二十人中の九人、俺も加えればちょうど半分の十人だ。
「残るは実質半分……その半分をどうするかだ」
「やはり半分と出会った上で、その後のことを考える。もし魔王を倒す事が条件だと言うのならばそうするまでだし、そうでなければその方法を探すまでだ」
その方法については見当もついていない。俺らは文字通りの旅人、と言うか迷子であり、それも当てのないそれでしかない。
(路銀だって、余裕があるとか言うけど所詮は半月分ほどのそれしかない。もちろんすぐさま飢えるとか言う訳じゃないけど、本当三食食わせてくれた両親に感謝しなきゃならねえよな……)
親には感謝しているつもりでいる。でもこうして親を失って(いや失ってないと思いたいけど)みると、全然感謝し足りない気分にもなる。
「とにかくこの調子だと、また明日辺り向こうからケンカを売って来るかもしれんな」
「その際には俺が何とかする」
「私も戦います!」
「それが良かろう。ギンビも基本的には育ちのいい貴族だ、力を認めれば案外あっさりと言う可能性もある。もちろん理想論だが」
とりあえずは一手先の事を考えなければならない。もしぼっチート異能が通じなくなれば、それはもうそれだと思うしかない。
「まあせいぜい、死なないようにするまでか……」
死がここまで身近になったのは初めてでもないけど、これもまた目の前にある現実だ。
「ずいぶんと派手にタンカを切ったらしいね」
「キアリアさん」
「本来ならば私がギルドマスターと共にここサンタンセンのギルドを引っ張って行かなゃいけないんだろうけどね……まったく、力のなさが恨めしいよ」
キアリアさんはずっとイトウさんの見張りを務めている。損な役目なのに文句ひとつ言わずやってる辺り、イトウさんも本来はあんな真似をするような人間じゃなかったんだろう。ああ、背中が重たそうだ。
「明日にはミワも復帰できる、と言うかさせる。土木作業がダメでもイトウに回復魔法を使う程度の役目はあるからね」
「なるほど、そうして白魔導士本来の役目を覚えさせると」
「それじゃイトウさんひとりで」
「って言うかキアリアさんがこんなことする必要は」
「他のメンバーがここまで寛容だと思うかい?我ながらいばりくさった物言いだけどね」
キアリアさんの帽子が寂しく揺れる。
トップの器量によって集まる人材の程度が変わるとか言うけど、トップがあれじゃ他の冒険者だって推して知るべしだろう。
「俺はキアリアさんにこの町のギルドのトップに立ってもらいたいですけどね
「ははは、ありがとう。でもね、ギルドマスターも必死なんだよ。知ってるだろ、ペルエ市からここまでのギルドの実情を」
「この地域のギルドの頂点に立とうって訳ですか」
大きなギルドってのがどれほど名声があるもんなのかはわからない。でもクチカケやシギョナツの片手間なギルド、それとギルドなんぞそもそも置けなかったエスタを見れば自分たちが頂点だとなってもおかしくはない。
「トロベが言ってましたよ、魔物や山賊と冒険者ってのはある意味なれ合いの関係だって」
「そういうのはねぇ、どうも嫌なんだよね俺」
「イトウさん……」
イトウさんが手を止めないまま口を動かして来た。土色こそ違っているがだいぶ平らになりつつある坂道、まったく丁寧な仕事だ。
「これ本当に一日でやったんですか」
「あくまでも直す事が最優先だからね。もちろんこの後さらに補修する必要はあるだろうけど、それでもたった二日とは思えない程度にはきれいになったよ。まったく、人気ほど怖い物はないよね。エンドウ君と言ったっけ、ミワやイトウさんにあの宝石を渡した奴。あいつはもうここでもWANTEDだよ」
「この青い空の下を歩けなくなるのはやなんだよね、ほんの少しだと思いたいけど、俺はほんのわずかな過ちでこんな結果にさ」
イトウさんはその風魔法で、桑や麻にたかる悪い虫を追い払ったり、布を乾燥させていたりした。どんなむちゃぶりでも嬉々として受け入れてくれ、さらに今着ているローブも職人さんが仕立ててくれたもんらしい。
で、遠藤の評判はすこぶる悪い。一応キアリアさんには遠藤ではなく青い髪の毛のロングヘアーな女が遠藤を傀儡にした旨伝えてはいるが、たった一人の少女、下手すれば追放されてもおかしくないような真似をした少女の言葉にどれだけの説得力があると言うのか。
「そこまで捨て鉢になる事もないでしょう。あなたはこの町を守り、町の人たちのために働いて来た。それだけでも十分です」
「まったく、ウエダとか言ったか?」
「俺は市村です」
「ああそうか悪いな。とにかくウエダ、若い時にあんたの彼女みたいな女に会えていたら、俺ももう少しはな」
「ミワは」
「ダメだよあんな年下の女。俺が好みなのは3歳ぐらい年上の女、って言うかこんなおっさんに今更恋愛なんてよ。って言うか俺の尻を叩く女はいいけど、俺が尻を叩かなきゃいけない女は嫌だよ」
「イトウさん、私もその点は悪かったと思ってるから……」
だからこそその流れでミワのお守りを請け負うことになったんだろう、その結果こんな事になっちまったとすればはなはだ気の毒の話だ。
まあ、せいぜいこのイトウさんのためにも俺はやってやらなきゃならねえ。いざとなったらセブンスの魔法の力を借りてでも俺は勝つ。
今日も空は青く、雲一つない。そう言えばミルミル村を出てから雨に降られた事もないが、それでも水は流れている。木は青々と立ち、葉を繁らせている。
パッと見何の憂いもなさそうに見える。
——————————だからこそ、青天の霹靂って言葉もあるんだろう。
「があっ!!」
雷が落ちて来た。降水確率0%の空から。
「あっ!」
赤井の声に釣られて後ろを振り向くと、ギンビが黒焦げになっていた。
ギンビの周りには取り巻き達が集い、回復魔法を使うだのわめくだの大騒ぎになっている。
「これは間違いなく!」
「ええ、雷魔法であります!」
雷魔法と言えばミーサンだが、それよりもずっとスマートでしかも狙いがピンポイントだ。相当な手練れが使ったんだろうって事ぐらい、見ていない俺でもわかる。
「てめえ!」
「落ち着け、彼らの中に雷魔法の使い手はいない、氷魔法ならともかく!」
「せっかくギンビ様がこのゴネッシンな冒険者様のお仕事ぶりを見届けに来てやったのに、そんなにも怠惰が好きか!?」
「ただの妨害であります……!」
「その通りだ、ケンカを売りたいなら場所を変えろ!」
明らかに俺らじゃねえのに突っかかって来る取り巻き連中と来たら、キアリアさんが吠えてるのに全然聞いてねえ。優男な顔からは思いも付かねえような声を出してるのに、なんでひるまねえかなあ。
あれ?そう言えばグミナ=シコは……
「あじゃー!!」
「あち、あち、あち!」
と思ったら今度は火の玉かよ!晴れ時々雷、のち所により火の玉ってどんな天気だ!
「私は雪女、雪女よ!」
「そして彼女以外に攻撃魔法を使える者はいない。それでもまだ人のせいにするか?」
「ウエダとか言ったな、お前が素直にギンビさんの攻撃に当たってればんな事にはならなかったんだよ!」
俺に害意を持つからいけないんだ、とは言えなかった。チート異能うんたらかんたらの前に、こいつらの中ではもう全てが俺のせいであり、その自分の中の結論に理屈を当てはめようとしているだけだ。
と、俺が心底からこの連中に絶望していると、今度はいきなりレンガの壁が現れた。
まっすぐではなく、ちょうど俺たちとギンビたちを分断するかのような壁。
と思いきや、中にはその壁に突き上げられて吐血した分だけをこっちに寄越して来た奴もいた。
ああ汚ねえ!
「しかしこのレンガの壁、わざとらしく穴が開いているであります、まるで交通を遮断しながらも視界だけは遮断しないように」
「一体どこの誰だよ、こんな魔法を使ってるのは!」
「私よ上田」
「どこだよ!」
「ここよ、久しぶりね、この空気男!!」
そして、いきなり空から降って来た声。
「お前……!!」
「どいつもこいつも、本当バカばっかり……!」
間違いない。この声。この呼び方。
紛れもなく、三田川恵梨香だった。




