ミーサンを恨みたい
才能と努力、それと技の違い。そういう一文で片付けていいのかどうかはわからない。
だが間違いなく、ミワのあのすさまじい速度の杖を一撃で叩き上げたのは見事だった。ただただ、このだれきっていた場を一挙に盛り上げるには十分だった。
「だから言ったのだ、とっととあきらめるべきだと!逃げる事は恥ではない!」
「三十六計逃げるに如かず、これは私たちの世界の言葉であります」
「逃げれば追わないと言うのですか!」
「本当は良くないけどもういいよ、その指輪さえ渡してくれれば」
「人の物を盗ろうだなんて泥棒なのです!こうしてやるのです!」
それでもミワは杖なんぞ要らぬと言わんばかりに魔法の弾を右手から出し、大川とトロベにぶつけんとする。
「往生際が悪いぞ!」
「褒めないでください!」
「白魔法に攻撃力はないでありますが」
「それでも回避魔法ならあるです!」
「ええいおとなしくしろ!」
ミワはとうとうイトウの背中に立ち、背中を俺に見せつつ魔法の弾を放つ。
まだ粘る気のミワに向けて大川が柔道の構えで、トロベが槍を逆手にしてミワに飛びかかる。だがその二人に向けて、ミワの手から魔法の弾が放たれた。
「構うものか!一発ぐらいならば耐えられる!」
「そんな事は不可能なのです、ついでにこうするのです!」
ミワの顔が、右手で遠藤の首根っこの宝石を外そうとしながら左手で何度も遠藤を腹パンしていたこっちに向いて来た。
何だよと思いながらあわてて左手を止めて受け止めようとするが、ミワの右手が緑色の光を放ちながら遠藤の腹にチョップを叩き込んだ。
「しまった!」
これにより遠藤の体が後ろに傾き、俺はその反動で右手を離して倒れそうになってしまった。
あわてて手を振ってバランスを保ったが、その後ろでは大川とトロベがあきらかに手前で技をかけたり槍の柄を振り下ろしたりしていた。
「なんて移動速度だよ!」
「違う、なぜかタイミングが狂ってしまって!」
ミワは俺と同じ素手のまま、腰に手を当てて威張っている。ともすれば可愛らしく見えるかもしれねえけど、今のままではただただ生意気なだけの顔だ。
「あれはおそらく速度強化の魔法でありますな!」
「何だよそれ、完璧に補助魔法じゃないか!」
「市村君、あのような技には完璧なタイミングが必要不可欠であります!速度を上げられたことによりタイミングがずらされているであります!」
自分の意図しない形での加速ってのは、それこそ突風に吹かれているようなもんだ。ロードを走るのだって同じようなもんだが、坂はほぼあらかじめ、風も天気予報である程度予測できる。
だが魔法は頭になかったし、ましてや「補助魔法」と来ている。「減速」ならともかく、「加速」など頭になかった。
ったく、どこまでも上手にあがくよな、本当……。
「これでどうなります!?」
俺は胃が痛くなって来た。
そりゃこれまでもさ、何人も何人も人を斬って来たよ。でもその大半は何も大したことを言わねえ山賊かチンピラ、さもなくば魔物かケダモノ。要するに非常にわかりやすい欲望の体現者たち。
(……魔物の幹部を倒したとか言うけど、俺がとどめを刺したと言える例は一つもねえ。いつもとどめは市村の役目だ、俺は引き付ける役だ、そう割り切れるほど俺は図々しい男のつもりもないんだが……)
だが目の前の相手は同級生と、まだ俺と年の変わらない少女。そりゃミーサンカジノで出くわしたグベキの例もあるから見た目だけで判断するのは危険だが、それでもこのミワはとてもグベキのように人を欺いて嘲笑う事を好むような奴じゃない。
あくまでも今の俺たちと同じ、ただの意欲溢れる冒険者のはずだ。何が悲しくてこんな事をしなきゃならないんだろう。言葉が通じるから話が通じるだなんて大間違いだって誰か言ってたけど、一体何をどうしたらこんなに欲望に支配された少女が出来上がるんだろう。
「俺が言うのもなんだが、ここでつまづいたって別の場所で取り返せばいいだろ、なんでまた俺なんかにこだわる!?」
「エンドウさんって人が、一緒にあなたを倒して欲しいって言ったからです!」
「遠藤!お前はまだあの女にこだわってるのか!」
「あの女ってどの女です!」
「俺にこの世界で生きる意味を教えてくれた女だよ!こいつが殺した!お前はさ、お前だって、あの女を殺されればこうもなるだろうが!」
「どうやら俺にとってのセブンスと、お前にとってのミーサンは同じ価値らしいな……」
「同じ?一緒にするな、あんな震えているだけの女と一緒にするな!」
遠藤は剣を再び両手で握りながら俺の目を見据え、ミーサンについてあれこれ話した。
「俺にとってミーサンは、この世界の全てを教えてくれたんだよ!」
遠藤はこの世界の、ミーサンカジノの近くに転移したらしい。そこをいきなり拾ってくれたのがミーサンだそうだ。まったく俺と同じじゃないか。
最初から赤井と市村と一緒じゃなかったのかよと聞くと、ちょうど初めてペルエ市のギルドに行った際にシンミ王国から来た二人と出会い、それ以来一緒にいただけだと言う。
「あの人は俺に優しかった」
最初はカジノのオーナーと言う事で警戒もあったようだが、それでもミーサンはいろいろこの世界の事を教えてくれたし、さらに服も剣も調達してくれたと言う。
自分が半端ではない怪力を持っている事を教えてくれたのも彼女であり、シンミ王国やペルエ市の人間ではなかったらしい。
「俺は元からいつでもあの人のために、ああして自分の生まれとつらい過去を背負った人間のために戦うつもりだよ!」
「じゃあセブンスのためにも戦ってくれよ、あいつはあの年で、いや五年前に両親を失い天涯孤独の身だよ!」
「だから俺が保護する!お前にはふさわしくない!」
「その勝手な思い込みと自信はどこから来るんだよ!」
だがそのミーサンの薫陶を受けた今の遠藤はあまりにも危険だ。かつての野球部員の、女を引き付けるような爽やかな風はどこにもない。
いるのは、ただ自分の正義に酔っぱらったひとりの男だけだ。




