ただ普通に生きているだけで
「オユキ、やっぱり金属は苦手でありますか!」
「うっ、うう……」
涙をこらえ痛みにうめくオユキに向かって赤井が回復魔法を使っている。右ひじから青い血が流れ、山肌を濡らしている。
魔物に回復魔法使っていいのかよと言おうと思ったが、なんでも赤井の回復魔法ってのは自然治癒力を強化させる類のもんで、人間も魔物も動物もないらしい。
「しかし気配も何もなしとは……相当な手練れだな」
「完璧に暗殺用だな」
とりあえずオユキに向かって投げ付けられた、サンタンセンの町の入り口間際で襲い掛かって来た謎の攻撃。
一体どこの誰がどうやって、そしてどうしてこんな真似をしたのか。
犯人を見つけてやろうにも、まったく痕跡がない。
って言うか、オユキの肌に刺さった手裏剣、と言うか短刀が正直えぐい。
斬り合いの場合は一発で首が飛んだりするけど、この短刀は返しが付いていて体から抜けにくくなっている。要するに、ずっと痛みを味わせられ続けると言う訳だ。
力いっぱい引き抜いた大川とトロベも、かなり暗い顔をしている。
「暗殺だなんて…………!」
セブンスはそんな馬鹿なとでも言いたげに叫んだっきり、止まってしまった。
確かに俺たちには、暗殺される理由がある。
トロベは元々お貴族様とか言う権力の暗闘渦巻く世界の人間だし、俺たちはミーサンカジノ・クチカケ村・エスタの町と三度にわたって大立ち回りをやったし、オユキだってクチカケ村やエスタの町の一部の人間から恨まれていてもおかしくはない。
「冒険者と言うのは、知らず知らずのうちに恨みを買う。風の吹くまま気の向くままとか言うのは美辞麗句だ」
「普通に生きていても恨みつらみを買うのが世の中の常であります……お前が人気者なのは明らかに俺様のせいだ、通称おまおかでも主人公の雪絵がテストで必死に勉強して高得点を取ったせいでクラスメイトから恨まれる話があるであります」
「なんでそういうのを持って来るのかなぁ!」
「箱根路の舞台に立つ10×21チーム210人は、それこそ夢を目指してやって来た1000人単位のランナーを押しのけてその座に立ったような存在であり、その分だけ負のエネルギーを浴びているんだよな。
もちろんスッキリ認めてくれればいいけど、どうしてもあきらめきれない人間ってのはどうしても出る。何せ箱根路を走るがために留年する選手までいるぐらいなんだから」
「何を言っているのかわからんが、言いたい事はわかるぞ」
大川もトロベも全く予想通りの反応だ。
おまおかなるラノベにも似たようなお話があるらしい、って言うか普通に過ごして誰からも恨みを買わない方が無理がある。大川は赤井のたとえ方がいちいち気に入らないようだが、箱根駅伝だろうがライトノベルだろうがその点の本質は同じだ。
「トロベって本当に頭がいいな」
「礼を言う」
「でもトロベさっきオユキに人のいい解釈だって言ったけどな、相手がみんな素直に負けを認めるような立派な人間だって決めつけるのも十分に人のいい発想だぞ」
「心得ておこう。まったくウエダ殿と一緒にいるといろいろためになる」
本質を素直にくみ取るセブンスに感心していると、セブンスが冷たそうなのを我慢して必死にオユキの傷口に手を当てていた。
血こそ止まっているけど依然として傷口は塞がり切ってなくて、正直目を向けづらい。
「私たちがこの町の問題を解決しましょう!」
「そうだなと言いたいけどな、あーあ……」
「気持ちはわかるがへこたれている場合でもあるまい」
で、セブンスは実に情熱的だ。目の前の困っている存在を助けずにいられず、その上で俺に向けて必死に迫って来る。ったく、柔道家の大川や騎士のトロベより強い目をしてるってなんなんだろうな。
こっちは正直、また問題発生かよってなってるのに。
「赤井……」
「イベントをひとつずつしらみつぶしにしていくのがゲームなのであります……」
「ゲームってこんな時に」
「大川も赤井も、とにかくオユキを狙って来たのが何者なのかそれが大事じゃないか」
「オユキが巻き添えになったとは……」
「それ嫌だよ、私は私のした事だけでうんぬん言われたい……」
「オユキって私たちの6倍以上生きてるんでしょ!だってのにそれは甘いと思うけど!」
「確かに甘いかもしれねえ、甘いんだろうけどな…………」
オユキの言っている世界、確かにそれは理想の世界かもしれない。
けど俺は、ついこないだまでそんな世界を生きて来た。
何かあってもいつも俺の責任にならないように物事が回り、俺が責めを負うのはいつも「俺が」宿題を忘れたとか、「俺が」ブレーキして負けたとか、いつも俺だけのせい。
班やグループを作っても、俺の仕事がミスらない限り俺が責められる事はない。お前のせいだとか言われても、まったくその通りだからほんの少ししか腹も立たない。
幼稚園年長だった頃のある日、家からほどなく歩いた所のある小山でかくれんぼをしていた事がある。
鬼だった俺は必死にみんなを探し回り、河野も7人中3番目に見つけた。
そして最後の一人、小高い丘の茂みの影に隠れていた奴を探して俺は山を走り回った。しかしよほど隠れ方がうまかったのが俺の探し方がまずかったのか、俺がたどり着くころにはあいつは体育座りの格好で寝ていた。
「みーつけた!」
そんでやっと見つけた俺が元気よく声を上げるもんだからあいつは目が覚めたとばかりに高く伸びあがって、そのまんまバランスを崩して倒れそうになった。
そん時は本当ビビったよ、そのまま倒れ込んで転がり落ちるんじゃないかって。
でも不思議な事に、あいつは本人でもびっくりするぐらいの直立不動を決めた。
何があったのかっていろいろ聞いてみたけど、記憶がないらしい。
まるで直立不動するかのように体が勝手に動いたとか言うけど、世の中には不思議なお話があるもんだ。
そいつとは小学校の時に別れて以来会ってないけど、今どこで何をしているんだろうか。




