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イツミって兄

「兄上……」


 聞くからにげんなりだとでも言いたげな口調で空を仰ぐトロベの声に反応するかのように、トロベとそっくりの甲冑とそっくりの得物を持った騎士がこちらを向いた。




 ————————少なくとも、顔は似ていない。




「トロベ……お前は一体こんな所で何をやっている?」

「兄上こそなぜまた」

「もちろんお前を連れ戻すためだ」

「私はもう決めたのです。次に戻る時は自分が修行を終えた時だと」


 「兄上」は、まるでドッジボールでボールをパスでもするように軽く槍を向ける。本当、いちいちこの世界は物騒だよな。


「お前の修業は終わりそうにない、と言うかそれこそ口だけの典型だろ!お前も自分の家柄をわきまえて動け!」


 家柄と言う単語を聞かされた途端、トロベの鎧が急に重たくなった。


「ああそこの者たち、我が名はイツミ。この不肖の妹の兄である。私はこの妹を母国へと連れて帰り、しかるべき相手に嫁がせねば」

「それを言うなと言っている!今の私はただのトロベだ、ただの騎士だ!」



 オユキのダジャレを聞かない限り沈着冷静なトロベがあわてている。


 だが、そのあわて方もしっかりとしている。激しく身振り手振りするとかではなく、早口になる訳でもなく、しっかりと自分の立場を主張している。

 ああ、実に貴族らしい。


「ああ、まあねえ……だと思ってましたよ、ぶっちゃけ……」

「俺のようなにわか作りとは全然違いますからね、本当」




 でさ、あんなにご立派な振る舞いをなさるお方が、貴族様じゃないとか逆にびっくりですよ。


 と言うか騎士としても十分に立派で、本当何から何まで俺らを上回っております。ああ、素晴らしいお方です。



「まあいずれにせよ、トロベさんは俺たちと共にこれからも修行の旅に出るんで、まあそこんとこはあきらめてくれますか」

「黙れ、よくわからん頭をしおって!」

「まあこの黒髪は元からなんで」

「そういう事を言ってるんじゃない!」

「貴族だと言うのであれば、まずは目の前の庶民の問題を解決すべきであります」

 

 と言うかこのイツミってお貴族様、声がデケエよな。


 そんで俺たちに向かって激しく左手の指を振り回しながら右手で槍を握っている、トロベでさえ両手でなきゃ握れなさそうなもんを。器用だよな本当……


「あのさ、今の赤井の言葉聞いた?今この村は変な花が出て困ってんの。その花を何とかしない事にはまず飯が食えなくなるっての」

「あーあ!」



 ものすごい尻上がりのその三文字が口から飛び出すと同時に、トロベは明後日の方向へと歩き出した。


 うん、言いたい事はよくわかるよ、本当……。



「あのさ……」

「何があのさだ!」

「いやさ、トロベさんは明らかに他人のふり決め込もうとしてますよ?でないとしてもまずは魔物花を倒そうとしてて、話は全部終わった後でって決めてる感じで」

「ああそうか言ったな、言ってくれたな……」


 俺がトロベの思いを勝手に推測していると、イツミが鎧を派手に鳴らしながら小指と薬指を立てて来た。


「兄上!」

「今は確かに彼と僧侶の言う通り、この村に繁殖した怪しげな花を狩るのが優先だ……だがな、その後は」

「トロベは元気でやっているとお伝えくださいませ」

「セブンス、ガイドを頼む」




 もし手袋がイツミの手元にあったら、投げつけられていたかもしれない。


 トロベもイツミに負けず劣らず器用な事に、きれいな右目で俺を見ながら冷たい左目で兄を見ている。

 で、市村たちは付き合ってらんないとばかりにそっぽを向いて魔物花狩りに出かけた。俺だってそうしたいよ本当。


「おい……」


 でもちょっと動くとすぐさま槍がこっちに向いて来るんだからさ、ぼっチート異能があるとは言え実に面倒くさい。


「あのですね!」

「お前が妹をたぶらかしたのか?」

「どうしてそうなっちゃいますかねえ!」

「トロベがなぜ色目を使う?イチから説明してもらおうか?」

「トロベさんと手合わせしただけです」


 色目を使うだなんて、そんな器用な事ができる訳がない。


 あくまでも俺は、この腰に付けてる剣で、トロベと言う立派な騎士様のご要請に応えただけに過ぎない。

 その調子だとそれさえもさせてもらってなかったのかもしれねえけど、だとすると本当に残念極まるお貴族様だね、このお人は。


「よしわかった、私がお前よりたくさんワーマンとか言う花の魔物を狩る事ができたら私はトロベを連れ帰ろう!」

「…………」

「おい待て!」

「…………」

「これが見えないのか、はいかわかりましたか承りましたか誓いますかで答えろ!10数えるうちに答えを示さなかったら了解したと見なすぞ!」

「貴族ってのは一方的な約束を押し付けるもんなのか?」

「そんな貴族はシンミ王家にはいなかったであります、ああ目につかなかっただけかもしれないでありますが」




 勝手に槍を向けて勝手にわめいてる。魔物とか何とか以前にただただ迷惑なだけだ。




 だいたいの問題として、こっちの了解を得ない約束だなんて約束じゃねえ、ただの命令だ。


 ましてや俺に、この自称お貴族様の命令を聞く理由はない。


 ったく、これがトロベの兄だとしたら、本当トロベが家出したくなるのもわかるよな……。

オユキ「イツミお兄さん、いつも(イツミ)いつでもうまく行くなんて保証はどこにもないよ!」

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