異世界で7並べをする
まったく、セブンスはどこまでも懸命で、そして集中力抜群だ。
「ったく、私が十数年かけて覚えたもんをほんの数十分でだよ!」
「なんかすいません」
「まああくまでもこの家の中ぐらいだけどね。それでどんな生命がいるのかはまだわからない程度の低級魔法だよ」
案外と茶目っ気のあるおばあさんと一緒に、座禅のような格好をしながら必死に魔法を覚えようとしている。
今は少しおばあさんの方が休憩中で俺としゃべってくれてるけど、セブンスは無言でじっと魔法の本を読んでいる。
「何か他にも魔法が使えるらしいけどね、それ一体どれぐらいかかったんだい」
「一時間少々ですね、あれもっと短かったっけ」
「はぁ……この子はあるいは天才か、さもなくばそういう家系かだろうね。ちなみに聞くけどこの子の親って」
「わかりません」
「隠さなくてもいいんだよ、この子自ら言ってくれたから」
セブンスの両親がそういう存在なのか、ミルミル村生まれミルミル村育ちなのか。
その事については俺もまだセブンスから聞いていない。
確かなのは、セブンスがミルミル村で生まれて、ミルミル村で育ち、ミルミル村に蔓延したらしい流行り病で両親を失ったって事と、その両親がとっても優しくていい人って事だけ。
「でもセブンスは大丈夫ですか、こんなに集中してて」
「大丈夫だよ。アムダンどころか、昔の私よりも熱心なんだもん。私の場合は子どもができなくて、なめられたくないって気持ちでいっぱいだったからね」
「大変でしたね」
「まあそのせいだろうね、こんなに老けちまったのは。彼女はその点強いね、チート異能とか何とか言ってあんたらは特別な力を持ってるらしいけどさ、彼女だってそういうの持ってるんじゃないかって思っちまうよ」
セブンスにもチート異能か……。
確かにああやって座禅を組みながら本を読みふけるだなんて、俺にはない才能かもしれない。でもまあ、俺だって人並みに魔法とかって言う未知の力には興味はあるけど、赤井や市村に聞いても答えられないし、オユキは別の意味で論外だろう。
(「あたし、ちょっと油断するとこうなっちゃうんだよね~」だもんな。俺にはそんな事はできないよ)
笑いの発作を起こしたトロベを俺たちが宿屋へと担いでいく間、オユキは砂浜を白く染めていた。丈が長いせいでよく見えなかったけど素足で走る彼女の足跡に氷の結晶ができ、きれいに輝いていた。
さっきまでの俺と河野の戦いを癒すとか言う訳でもなく――ああ村の皆さんは喜んでたけど――ただただ魔力がだだ漏れなだけ。きれいとか怖いとか言うより、素直に感心するしかなかった。
「とにかく彼女は、今日一日教えられる限りまで教えるから。アムダンが使ってたぐらいにはやらせるからさ、安心しておくれ」
「……はい」
「いいんだよ、彼女の思いを邪魔しちゃいけない」
彼女の思い。それはおそらく、俺たちのため。
いや、真っ先に出会った俺のためかもしれない。
見知らぬ他人だった人間のためにセブンスが必死になっているのを邪魔するだなんて、我ながら実に無粋なお話だ。
「で、彼女はまだ修行中なのか?」
「ああ、一晩そこで過ごすらしいですけど」
「今後は同じ目線の物言いで構わぬ、そこまでかしこまるな」
宿屋は決して大きくはないが、それでもベッドはなんだかんだ言って快適そうだった。
運び込むまで笑いの発作が収まっていなかったトロベ、ノックに応え扉を開けてくれた向こうで鎧を脱いで水色のドレスを着ていた彼女は、なおも槍を振るポーズを繰り返していた。
「修行熱心なのはいい事だ。だがあまりのめり込みすぎるのも感心しない」
「それは……」
「しかし彼女はあくまでも一日二日なのだろう?そうやって集中するのはいい事だ。悪いのは、修行のための修行になる事だ」
「それって本末転倒だな」
「目的がはっきりしている事、それが一番だ」
「俺だってそんなに偉い事は考えていない。とりあえず全員の無事を確認し、それからまた考えようと言うだけだ」
本当なら神林たちも含め、全員一体となるべきだったかもしれない。
だが市村と赤井でさえ遠藤と道が分かれてしまったように、クラスメイトってのは元々は赤の他人同士の集まりだ。卒業後、いや在校している時でさえ全然違う。
「トロベ、良かったら少し遊ばないか」
「何をする気だ」
俺は宿屋に置いていた荷物から、ひとつの箱を取り出した。
「トランプ!」
「そうだ、トロベはやった事があるのか?」
「一応な」
トランプカードを興味深そうに眺めているトロベの顔は、案の定と言うべきか案外と言うべきか、いずれにせよ可愛かった。
戦いばかりに専念してきたかもしれない人間がこういう顔をしているのを見ると、もっと解放してやりたくなる。自分も十分に血に染まって来たくせに、どうにかして助けてやりたくなる。
「ちょっと何やってるの裕一!」
そこに河野がずいぶんとテンションの高い顔をして割り込んで来た。
「河野!食事はもう終わっただろ」
「いや赤井君たちとトランプで遊ぼうって話したのに、どこ持ってちゃったの、ちゃんと言わなきゃダメでしょ!」
言っとくが俺はそんな約束なんぞ取り付けていないし、トランプが手元にある事を話してもいない。まあ俺がセブンスの修行を見に行った間に赤井か市村か大川が話したんだろうが、それにしても実に強引だ。
「俺は何も言ってないぞ」
「……あら、そうだったっけ?正直裕一が無事なのが嬉しくって、速く何とかしないとねーってつい気が逸っちゃって……」
「動きが速いのはいいが、そっちまではやらせてはいかんな」
軽く舌を出しながらウインクする河野。
場合によっては可愛く見えるかもしれねえけど、正直見飽きた顔だ。河野に引きずられるようについて来た赤井も市村も、壁でも見るような顔をしている。トロベは実に落ち着き払った顔だ、本当にいい顔だ。
「7並べと言う遊びであります」
まあとにかく宿屋のテーブルを借りて7並べを始めることになった訳だが、赤井の説明を聞くトロベの顔がいちいち真剣だ。
遊びなんだからと言うには本当にまじめで、そしてカードを配り終わった後も真剣に俺たちの手札を見ている。
「オユキはやらないのか?」
「見てる方が面白いからー」
お前の場合はダジャレを考える方が面白いだろと言う言葉を飲み込みながら、俺たちはカードを置く。
「パスは3回まで、と言う事は3回目はダメと言う事か」
「3回までは大丈夫と言う事だ」
「……むむ……」
だがトロベは初心者の上に手札運も悪かったらしく、あっという間にパスの権利を使い切ってしまい、やたら唸り出した。
そして、河野がパスゼロで最後の一枚を置いた。
「河野強すぎ!」
「うまく回るとこんなんだよねー!」
「しかしAがあるのに1位とは……コウノ殿はこの戦いも速いな!」
本当、河野は前っからそうだ。俺らの手札をまるっきり読み切っているように自分の手札をなくして行く。そうしてあっという間に勝ち、勝てなくても惨敗はしない。本当に、幼稚園の時からこういうゲームも得意だった。
……まあ、うまく行けばだが。
「なあトロベ、結局は運と駆け引きなんだよ」
「うむ……こんな遊戯にも駆け引きはいるのだな、参考になったぞ……」
次の試合、河野は惨敗した。ただ負けた訳じゃなく、最初にパス3回使い切っての破産。
昔から負ける時はこんな負け方だ、本当何も変わってねえ。
オユキ「ウエダ、5を止めるのはまるで盗賊だよ!」
上田「5止めるのは強盗だってか……?」
 




