その顔は!
「先は見えたのかい?」
「そうなんだよ、とりあえず勝負は明日からだからね。このお方たちに食べさせてやらなきゃ」
土だらけだったのが途中から砂浜になり、波が寄せては返している。
実に不思議な境目を持った町の東のはずれの、デカい藁ぶきの家に俺たちは入れられた。
やけに目新しい藁の上に、いかにもな感じの婆さんが実に静かに笑って座っている。
まあ婆さんと言っても実際は五十代、いやあるいは四十代なのかもしれねえけど、とにかく何か風格のある婆さんだ。
「どうしたん」
「私に生命探知の魔法を教えてください!」
「おやおや……!」
そのお人が言い切る前に頭を深々と下げるセブンスと来たら、本当に健気でかわいくて、そんでずいぶんと相手をビビらせるなあ。
「アムダン……」
「ご存知でしょう、植物の魔物が出た事を」
「それに対して使ったのかい」
「はい、農地はこの町の生命線。それを荒らす存在を放置はできなくて」
「まあよかろう……だがな、この魔法はそんなに簡単でもない。アムダンが使えるのはかなり度が進んでおり、そなたが戦ったような動物とは違う、特定の生き物の数さえも分かる物だよ」
「でも師匠はそれこそ生命の状態を事細かに探知する事ができるんでしょう、それを彼女のように多くの弟子に伝えればいいと思います」
アムダンさんに師匠と呼ばれた産婆さんは首を横に振りながら、セブンスではなくトロベの方を見た。トロベがあわて気味に目をそらすが、それでも目線で追いかける。
「あなた様は騎士様なんでしょう」
「う、うむ……」
「私はね、この魔法をあまり評価してないんですよ、何故だかわかります?」
「昔、探知魔法による差別が横行し、それによる戦争が発生したと聞くが」
「そうなんですよ。セブンスと言ったかしら。探知の魔法ってのは、行きつく先は相手の全てを見通す魔法になる。それはあまりにも危険すぎるんだよ。それで今じゃ安全確認や子どものことを守るために使われてるけど、私はそれ以上の発展は要らないと思ってるんだよ」
言われてみればそうかもしれねえ。
ボタンひとつで地球の裏側の天気まで簡単にわかっちまうこの世の中、いや昔からあれもこれもと知りたくなるのは当然のお話だ。だがそれでもいろいろ知っちゃヤバい事はある。知的好奇心を満たすのもいいけどな。
「情報は宝、先に知る者は勝つ。俺たちの世界はそんな世界です」
「そうかい……でもその情報を取捨選択する事を忘れちゃいけないよ、黒髪の子たち……。それでお嬢さん、お名前は」
「セブンスと言います」
「じゃあ教えてあげよう、と言いたいけどその前にちゃんと食べてからね……」
なんだかんだ言って約束を取り付けたセブンスは、スキップをしながら産婆さんの家を出た。本当、わかりやすいよな。
「実に健気でありますな、まったく上田君は果報者であります」
「上田君、困った時は私に相談して」
「それでオオカワ殿、後で貴殿の戦い方を教えてもらいたい」
「トロベ、さっき見たでしょ?私と今度は訓練しない?」
何か言い合いになっている三人を尻目にサッと俺の横に入ったセブンスの肩をアムダンさんが軽く叩きながら、海岸の方へと連れてってくれた。
「まあ正直急な話であまり用意できてないんだけどね、それでも大きな貝ぐらいは食べてってくんないと」
「貝!」
「まあまあ今焼いてるから……」
ああ、大川が目を輝かせてる。
そうだよな、ずっと悲願だったらしいからな……。本当においしく食べてもらいたいもんだ。
さてその貝だけど、はっきり言ってホタテだ。
ホタテより少し大柄で少し赤みが混ざったこの貝を、アムダンさんの旦那さんは焼いてくれた。
「すごい香りですね!」
「ハハハハ、漁師ってのは早起き第一、ただし早寝も第一でね。そんなんで昼間になると倒れ込んじまう奴も多いんだよ」
「女房はその間網を直してますけどね」
「そんな連中でも寄って来るのがこいつだよ!」
本当にうまそう、いやうまいってわかる香り。これこそ俺らが求めてたもんかもしれない。って言うか旦那さん、まじごついなあ。いかにも海の男って感じだぜ。
「ほら、寄って来たよ。って、あれきれいなお嬢さんが」
「あなたきれいなお嬢さんって」
よく焼けた貝の匂いに釣られて、あまりにも唐突にやって来た黒髪の少女。
「まさか!」
「違うよ、あれはもう少し……」
夫婦そろって指さした方向を見ていると、黒髪女はどんどん接近してくる。
ゆっくり歩み寄っているだけのはずなのに、やけに速い。
と言うかその顔、その体型、そしてその目鼻立ち…………………。
「河野!?」
「上田君!?」
―――――――――――そう、紛れもなく河野速美だった。
オユキ「魚魚って言って魚嫌いの人の神経を逆なでしちゃダメだよ」




