シギョナツへ行こう
「私は騎士のトロベだ。そして彼がこの一行のリーダーのユーイチ殿だ」
「上田裕一です」
「僧侶の赤井勇人であります」
「市村正樹です、パラディンです」
「あの、セブンスです、ユーイチさんの」
「オユキだよ!」
「大川博美です」
俺たち全員の自己紹介を聞いたその中年女性ことアムダンさんは、少し疲れた顔をしながら小屋の方を指さした。
「あそこはねえ、シギョナツのはみ出し者たちがつるんでたんだよ。まあ最初はあんまり抑え込み過ぎると逆に危ないってんで半ばほっといたらしいんだけど、ああ冒険者の皆さんを巻き込むのは心苦しいんだけどねえ」
「構いませぬ、続けてください」
「ひと月ぐらい前にねえ、ひょっこり現れたんだよ。長い剣を持った男が」
「まさか!」
「そのまさかなんだよ、いや何も殺した訳じゃなくてね、村のはみ出し者を全部ひとりで負かしちまったんだよ、一人も斬らないで」
「……」
「三日前に連中がエスタの方に殴り込みをかけに行ったきり戻って来なくって、ああ恥ずかしい、よその町にまで迷惑をかけて!」
————ああ、剣崎だ。ここに直接飛ばされたのかどこから来たのかはわかりゃしないが、いずれにせよこの町に住んでたチンピラ連中をまとめ上げてその長になってたらしい。Oランク冒険者になったのはいいとしても何やってるんだか。
ったく、こっちだって恥ずかしいぜ……ああ頭痛い。
「ああ悪いね、そんな顔させちゃって。って言うかあんたらエスタの町から来たって事は」
「ああ、おおむねそういう連中は捕らえました」
「ああそうかいそうかい、こりゃまたどうもありがとうね。私らも正直どうにもならなくて放置してたのよ。でもね……」
「最近、花の魔物が出て来ると言う話を聞いたのだが」
「そうなんだよ、ならず者たちがいなくなったと思ったら今度は魔物とか、ったく本当に困っちゃうよ」
「うむ……これは私たちが何とかせねばならぬようだな。なあユーイチ殿」
「そうですね」
ならず者連中がいなくなったと思ったら今度は魔物かよ……どうしてそんな事になってるんだ?
あるいは剣崎はその魔物を狩ってランクを上げていたとか、もしかしたら魔物と組んでいたとか、ああそんなバカなことを考えたくはない……。
「そういえば今の時期は漁繁期ですか」
「もうそろそろかな。でも陸の話が収まらないとどうもスッキリ楽しめそうになくてね、あら大きなお嬢さん、どうなさったんです」
「魚が好きなんですよ彼女」
「あらそうなの」
「ちょっと市村……いや、その……素直に言います、食べたいです」
本当に市村は空気が読めるね。ナチュラルに俺の危惧をぶち壊すかのように話を変え、その上で大川の心をつかみに来ている。とても真似できねえ。
「おやおや、どんなに立派な存在でも腹は減る、しょうがない事だ」
「まあまだそんなにお腹は空いてないしな、魔物を退治してからでもまったく遅くはないだろう」
「やってくれるのかい!」
「魔物でも人間でも、無辜の民を苦しめる物は放置できぬ。ああ、苦しめないのならば放置するがな」
そしてトロベは本当にしっかりと芯が通っている。アムダンさんを安心させながら、さりげにオユキの事もフォローしている。ああ、うらやましい!
「とりあえずだ、村に入って情報を集めよう。それからでも遅くはないはずだ」
「賛成」
「と言う訳でよろしくお願いいたします」
アムダンさんの導きで、俺たちはシギョナツの門をくぐりに向かった。
「土の香りに潮の香りが混じって独特な匂いですね」
「ご先祖様はこれを自慢したいから門をギリギリのところに付けたんだって言うけどね、そのせいか村の入り口みたいなここから門まで結構あるんだよ」
横浜ではさほど感じた事もなかったがミルミル村で暮らして慣れた土の匂いに、河野家と共に数回ほど行った海水浴で感じた潮の香り。
現世界でもあるはずなのに、実に異世界感漂う香りだ。
「私の故郷の国もな、一応海に接している。だが海運とか海産とか、その手の事にはどうも疎い国でな。私自身それを危惧したと言う訳でもないが、それでも世間を知る事は重要だからな」
「素晴らしい視点ですね」
「さぞ、この町の食物はおいしいのだろう」
「いやいや、一流のもんはクチカケやエスタ、あるいは東のサンタンセンに売っちまうよ。私らが食べてるのは二線級の奴さ」
「サンタンセン?」
「織物の町だ。ただやはり、この町の食材はもてはやされるのだろう?」
「そうなんですよ、シギョナツの物は何でもうまいって、まあうまさを守るのも私たちの仕事だけどね」
そしてこの世界でも、そういう類の事情は変わらないらしい。トロベの故郷の話も興味があるが、同時に村の内情もまたしかりだった。
「それでも魚などは持ちにくいと思うのでありますが」
「そこは干物などの加工があるだろ」
「そうなんだよね、エスタはともかくクチカケともなるとね。
ああ私は漁師の嫁だから魚が好きだけど、兄さんと甥っ子は農家のせいか魚に興味なくてね。それで漁師ってのは朝から派手に魚を取って来るのはカッコいいんだけどその分夜になるとぜんぜんダメでね、私がこうして朝グダグダしてるのはね、夕方働くための休憩でしかないんだよ」
「西のクチカケやエスタの荒くれ者も、このシギョナツの町で取れる食物なしには生きていけない。だからこの町の住民は自分たちの作物に誇りを持っている」
「トロベさんは本当にしっかりしてるねえ、ああ他の皆さんも」
「いえいえ」
俺は派手に右手を振った。
トロベと来たら、何を語らせても筋が通っているように聞こえる。足取りも実に重々しく、それでいて力みがない。
「改めて思いますけど、本当にしっかりしていますよね」
「なぜそう思う?」
「それはもう、振る舞いからして俺とは格が違うって言うか」
「私に勝っておいてそういう事を言うのか?そういうのは謙虚を通り越して嫌味と言うぞ、でなければただの身の程知らずだ、まあ希少種の身の程知らずだがな」
「上田君はもっと自分の力に誇りを持っていいと思うんだけど」
セブンス以外とは、正直まだ三日しか経っていない。
学校で半年も過ごしながらぼっちだった俺にとっては、赤井も市村もオユキも、そして大川もそんなに差はない。セブンスと比べれば他人に近かった。
「あら珍しい髪色の皆さんの中でただ一人普通の髪色をした子、ああセブンスちゃんだっけ?あなたは」
「私はユーイチさんの恋人です!」
「そうかいそうかい、うらやましいねえ。私だって若いころは……あら失礼」
そのせいでもないだろうがセブンスは俺から離れようとしない。大川もオユキも何か言いたそうにしているけど、その度に意地悪そうに笑って見せる。
「あんまりきれいだからねえ、ちょっと教えてあげる。実はねえ、もしかしたらって思う事があってねえ」
「もしかしたら?」
「この前、ああ十日ぐらい前だったかしら、あの小屋に住んでたならず者連中を止めて来てやるって言ってた女の子がいてね」
「どこにいます!?」
「何だいいきなり」
「すみません、俺らはこういう頭の仲間を探してるんです」
「ああすまなかったねえ、私が見た時はもっとセブンスってお嬢さんのような色だったよ。力になれなくてごめんね……ってちょっと」
リオンさんの部下が見たと言う黒髪の女は一体誰なんだろうか。まさか剣崎……なわきゃねえよな。それともこのシギョナツに未だにいるのか……もしかしたら山の方に逃げてしまったのか……。
「もうユーイチさん!」
「ああしまった、ごめん!」
まあその前に、さっき派手に反応して体勢を崩したセブンスに謝らなきゃ。って言うか大川もオユキも反応が速いな、ちゃんとセブンスを受け止めてる。
————なんか赤井の目が少しだけ痛いのは気のせいだろうか、と言うかなんだこの黒焦げた地面は。
オユキ「アムダンさんに無断でこんな事しちゃダメだよ!」




