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トロベと言う女性

 トロベと名乗った騎士は兜を上げ、ゆっくりと頭を下げた。




 横長な目に小さな鼻と唇、そして薄手ながら全身を覆う鎧に、手甲足甲。




 顔以外、どこにも隙のなさそうな装備だ。


 と言うか彼女自身、どこにも隙がなさそうに見える。



「それで、何の用件ですか」

「エスタの町にとんでもない腕利きの剣士が現れたと聞いてな、それでこうしてやって来たのだが、心当たりはないか」

「心当たりと言われても」


 腕利きかと言われると言葉に詰まるのが俺だ。俺の剣は相変わらず雑で、エクセルのような技はない。少なくともその自覚はない。


 かと言ってセブンスは論外、赤井だって攻撃力は知れているし大川は根本的に剣を持たない。オユキは剣と言うより氷で戦う。

 そして市村……ともならないのは、目線を見ているだけでわかる。


 トロベははっきりと、先頭にいる俺に目線を向けている。


「まさか貴殿か?」

「…………」

「何を押し黙っている?」

「腕利きの剣士と言われても、特徴ってのがないと」

「まあパッと見は強そうに見えないが、何をやっても攻撃をかわされてしまうと言う、そんな剣士だそうだ」


 なにこれ完璧に俺じゃん。


 まあ他にもその手の剣士っているのかもしれないけどさ。だとしてもそんなのがボコボコいるんじゃチート異能の意味がない。




「……ああ、俺です」




 この手の人間は噓偽りを嫌う、とか言うのはこっちの勝手な思い込みかもしれないがそれでもこれ以上グズグズする理由もないなと思い俺はあっさり認めた。


「ふーむ……」


 ずいぶんとあっさり反応した俺を改めて見定めるようにトロベは目線をあっちこっちに動かしている。


 落ち着きがないと言うより、正々堂々。そちらも自分の事を見定めていいぞと言わんばかりの自信に満ち溢れた目線。陸上大会でも何度か見かけたそれだ。



「それでそなたの名は」

「ユーイチです」

「ユーイチか……ひとつお手合わせ願おう」




 で、さっそくこれかよ。


 芯は通ってる感じだけど思った以上に血の気の多い人だね。


「あの、傷つけたくないし、傷つきたくないんですけど」


 これまで何十人の人間、何十匹単位の魔物及び野生動物を斬っておきながら、俺はまだそんな事が言えた。

 見知らぬ存在だからとかじゃなく、何もかもを自分の中だけにしておきたかった。


「傷つきたくない、傷つけたくない?……まったく、冗談を言っているようには見えんな」

「冗談など言っていません。

 実は俺はこのヒトカズ大陸とは別の世界からやって来て、こうして冒険しています。そして、仲間たちを全員集めて、元の世界に帰る事を目的としています」

「これも嘘ではなさそうだな……」


 ぼっちの俺にとって、他人との会話はすさまじく難易度の高いミッションだった。何を振っても波風は立たず、上にも下にも行かないまま終わる。他人から振られた話だってだいたい同じだ。

 三田川とかから世間が言う所の罵詈雑言を言われても傷つく事はなかったが、その結果たいてい何も進まないまま終わる。

 俺はそうして生きて来た。それでもなんとかよちよち歩きレベルに空気を読み、相手の性格を推測する事ぐらいはできるようになった。



「ずいぶんとものすごい事を言っている自覚はあるんですけど」

「だから言っているだろう、嘘などではないと。だいたいがその髪色からしてこの世界の者ではない事ぐらいわかる。まあ、南西の国にはそのような頭の王族もいるらしいがな」

「南西!?もしかしてシンミ王国の」

「シンミ王国?」

「そこは私とこの市村正樹が一時期身を寄せていた場所でありますが、かような髪色を私たち以外に見かけた覚えはないであります……」

「ふーむ、まあそれはいい。とにかくだ、そのような志を持つような人間、少なくともシンミ王国からここまで回ってきた人間が弱い訳はないだろう」


 こんな遠くまでよく来られたなとまるで偉業であるかのようにトロベは声高に言っているが、実際ペルエ市、と言うかシンミ王国からエスタ市まで強行軍だったとは言えほんの四日で来てしまえている。

 ミルミル村からペルエ市まで二日もかけたのがバカバカしい話だが、もしこの大陸がミルミル村を頂点だとしたピラミッド型だとしても俺たちのような冒険の素人の異世界人がそれほどまでに楽に旅ができるのが現実だった。


「まあそれはその、インチキと言うか」

「インチキとは何だ」

「俺たち実は何らかの特別な才能をいきなりもらっちゃってたんですよ、何の努力もしないで」

「そんな事か……」


 赤井たちまで巻き込んだのは申し訳ないが、それでも実際赤井たちだって僧侶やパラディンと言った職業の能力をもらっちゃってたのは間違いない。

 本当の徒手空拳ならばそれこそあっという間に屍になっていても驚けないほどにひ弱な人間たちの集まりが俺たちだ。別に逃げたい訳ではない。


「そういうのをわきまえている人間に、女神は恵みをもたらす。そこの僧侶、そうであるな」

「まあ、天からの恵みを天からの恵みに過ぎぬとわきまえし者から、天は恵みを奪う事はなしと言うであります」

「さらに祖からの恵みをさらに子孫に増幅して与えんとする者は上、祖からの恵みを祖からの恵みに過ぎぬとわきまえし者は中、祖からの恵みを己が力と思いし者は下とも言う……」

「ああ……はい」




 で、そこまで言っておきながらあくまでもトロベは軽蔑する風を見せない。「聖書」にそこまでの事が書いてあるのかどうか俺は知らないが、その「聖書」の一節を軽く論ずる程度には教養もあり、度量もある。




「わかりました、やりましょう。でもその前に荷物を下ろしていいですか」

「むろん構わぬぞ」



 そういう訳で覚悟を決めたはいいが、正直な話、鎧が重い上に荷物も重い。毛皮コートを脱いで荷物にしたせいかその重さが丸ごと跳ね返り、赤井やセブンスなどは自分のだけでかなり重そうにしている。


 俺が荷物を下ろすと同時に下ろしたセブンスもまた、深く安堵のため息を吐いていた。



 そして俺が肩を三回しして剣を抜くと、トロベも槍を構えた。



「ユーイチ殿……その天恵の才能とやら、見せてもらいたい」

「こっちが見せてもらいたいぐらいですよ」

「いい心構えだ。こちらも修行中の身の上だがな、それでも生半可な覚悟では負けはしないぞ」

「まあ、お手柔らかに……」

「いざ参る!」




 トロベの槍が、鋭く唸りを上げた。

オユキ「今度は(やり)騎士だ、やりぃ!」

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