アビカポの怒り
前方後円墳型の赤土の、円の部分。
その部分が、そっくり大穴になっていた。
半径10メートルはありそうな大穴。しかも深さは3メートル以上。
しかもすり鉢状とかじゃなく、それこそ円柱型の穴。
落ちたらそう簡単に上がれそうにない。
「リオン~!」
「ダイン!」
急に腰をつかまれたせいで体勢を崩した俺がアビカポに手を取ってもらって立ち上がると、剣崎の側に二人の男女がいた。
一人は、ダインと言われた、黄色いローブをまとった魔導士。中肉中背ぐらいだが、リオンさんと比べるとやはり大きく見える。
その側には金髪に真っ赤なドレスを着て真っ赤な唇をした美女。おそらくは「グベキ」だろう。
そしてそれと一緒に、いかにも取り巻きっぽい連中がいる。
「相変わらずだな、お客人様のためには本当に素早いんだから!」
「お前……!こんな第三者を大穴に落とそうとするとは何事だ!」
「第三者?もうこうして争いに首突っ込んだ時点で第三者じゃねえんだよ!」
「お前今いったい何人殺した!」
「お前だろ、二人殺したのは!」
大穴の下には、頭を打ったのか足を折ったのかまったく動けなくなっている二人の男がいた。
もしかしたらクチカケ村で出会ったかもしれない村人。一攫千金の夢破れエスタの町にやって来て、まさかこんな結末になるとは……ったく、神様を恨む権利を持つには十分すぎるぜ。
「しかしこんな落とし穴、どうやって仕掛けたんだよ!」
「落とし穴!?馬鹿言っちゃいけないぜ、ってああお前魔法なんか知らねえんだな!」
「魔法!?」
確かに魔法だろう、こんな風に正確かつ危険そうな穴を作り出すなんて。
「おいお前たち……!」
でもその穴を作られたリオンさんの顔と来たら…………市村の声に釣られて振りむいた俺だったが、もう一度腰が抜けそうになった。
「お前……何を笑ってるんだよ……」
「笑ってねえよ?」
「俺にやるんならわかる、本当は良くないけどこの二人にやるのも百歩譲ってまだわかる。
で、犠牲にしたのは誰だ?」
味方を巻き込んだ、と言うか味方だけを犠牲にした。
「勝つためだから仕方がねえだろ!」
「お前がまず言う事はそれじゃねえだろ!」
「どうして避けたんだよ、避けなきゃ終わったのに!」
「剣崎……」
剣崎の妄言を、ダインは止めなかった。
確かに剣崎の言う事、言いたい事は勝負事としては間違っちゃいない。だが、それだけに許せない。
「自分の部下を囮に使って何のつもりだ!それであげく失敗しておいて、その第一声が仕方がなかった!?それでもお前はリオンさんの旧友かよ!」
「お前が、せっかくの食い扶持を踏みにじったウエダユーイチって男か?お前ら、ここに賞金首のユーイチがいるぞ~」
「だからそうじゃねえだろうが!!おい、これが大地魔法かよ!」
「そうだとも、うかつに近づくと次の一撃で生き埋めだぞ?」
「その前にする事があるだろうが!」
「……リオン、なんでお前、そんな見知らぬ奴を逃がそうとした?」
目一杯怒り狂ってるつもりなのに、呆れるほどに馬耳東風。
本当、今更ながら文字通りの異世界に来た気分だぜ……。
自分の手で、なるべく犠牲を減らして勝つ。それこそリオンさんの理想であり、この町にとって一番いい方法のはずだ。
だってのにこのダインと来たら多少の犠牲はしょうがねえですらなく、まるで犠牲を出したのは俺のせいだと吠えて来る。
ダインってやつには、リオンさんのような懐の深さも身がすくむような威もなければ、度量の広さもない。
「ケンザキ、礼を言うぞ。お前が連れて来た奴のおかげでな、今頃町中で戦いは起きてる」
「役目を果たしたまでだ」
「リオンさん!」
「一応用意はさせていたが、この一斉攻撃の不意討ちだとな……」
とても、とても大親分様なんかじゃねえ。この男の治める町を残してはいけない。ロキシーの方がまだ数段ましだ。
「剣崎!目を覚ませ!!」
「俺は覚めてるんだよ、お前こそいい子いい子しやがって、目障りなんだよ!!」
「俺も行くぞ市村!」
市村が剣を白く光らせる。コークやゴーレムを倒した剣、本物のパラディンの剣だ。
先ほどの大穴を避けるように右側を突き進む市村、左側から回り込む俺。
「リオンさん!俺たちがダインを討ちます!」
「お前ら!」
「ダインがいなくなれば戦いの意味なんかなくなり、まっ!」
そうリオンさんに勇んで見せた俺たちに、一本の光の帯が飛んで来た。
「市村!」
「大丈夫だ……あまり利いていない……!」
光の帯が市村に当たり、さっきの剣崎のようにふらついた。まあふらついただけだから大した打撃ではないようだが、そこで俺たちは第三の敵の存在を突き付けられた。
「私のダインに手を出すって言うんならば、まずは私を倒してみなさい……」
「グベキなのか!」
「そうよ、グベキよ。まったく、そんなに目をパチパチさせちゃって、本当に可愛いんだからぁ」
無駄に色っぽい声を出しながら投げキッスをしているが、ぜんぜん魅かれない。
むしろ引く。ただただ、気持ち悪い。
「何よ、そんな顔しなくったっていいじゃない?」
「お前さ、はっきり言って気持ち悪いんだよ、と言うかお前と同じ名前の女に昔痛い目見せられてな……」
「そういうのを逆恨みって言うの、焦っちゃダメダメ……」
いちいち余裕気取り、上から目線。敵味方と言う事を差っ引いてもかなり腹が立つ。
とは言え、これで三対三。その上に子分たちとなると……
「伏せろ!」
「えっ!」
この後どうすべきかと考えていた所で飛んで来たリオンさんの言葉に釣られるように、俺はあわてて身を低くした。
――――いきなり、炎の玉が俺の真後ろから飛んで来た。
「おいアビカポ、何やってるんだよ!」




