神様の道
「うちのカミさんもな、俺と同じような孤児だった。飯はうまいし水魔法で攻撃もできるし、いろんな意味で親分や仲間からも人気あったんだよ」
「そうですか」
「まあいろいろあって俺がもらう事になったんだけどよ、ああ見えて結構強くってな、ぶっちゃけ頭上がらねえんだよ。まあ別にいいけど」
お父さんがお母さんのそれを手伝うのは美徳、と言うか必須条件。それが俺の世界の法則だった。力関係だって、どっちが偉いのかわからない。
わかるのは、そういう事をしないと軽蔑されるって事だけ。
「セブンスは自分が上田君の役に立つのが嬉しくて仕方がないのであります、それを阻害される事を極端に嫌うようであります」
「だと思ったよ。ああいうのは下手に手を出さない方がいい。自分の力で、自分だけの力で誰かのために成し遂げることを好むような奴に下手に手を出すと、かえって意固地になって離れる種になる。俺も昔はそんな真似をした事もあってな」
「そんな!」
「ギリギリのとこでカミさんが止めてくれたからな、その時は別れずにすんだよ。でも結局、その時のひずみが種になってそいつは死んじまったよ。ひとりで七人と戦おうとしてな」
「ああ、ご飯私も手伝いたいなー、ごはんとやる事はあるはずなのにー」
「わかりにくいよ!」
オユキは両腕を頭に回しながら、いつものようにくだらないダジャレをつぶやく。どうしてそんなもんがポンポンと出て来るのか、そして実際に口に出そうとするのか。
もちろん俺の気分を変えるためだと理屈ではわかってはいるが、こんな風に俺のために懸命になってくれる女性に出会った事がない以上どう接したらいいかわからないのもまた事実だった。
母さんを論外とすれば、同い年の女性で俺にここまでするのは河野ぐらいだ。そして河野は、大丈夫だからの六文字だけで全てを終わらせる。
実際にその六文字で全て解決させちまうのだからすごいかもしれねえけど、どうにも物足りない。
「アカイ、お前さん坊主なんだろ?」
「そうであります」
「お前さんの言い分はわかるよ。もっと神様への敬意を払わなきゃ神様も報いてくれねえってな。でもよ、俺はそんな余裕さえなかった。神様の存在を認識するようになったのは十になってからだ、もちろん親分様に教えてもらってな」
「私とて、この世界に来て初めてこの世界の神を知ったのであります。そして神様の力によって今まで生き長らえて来たのであります」
「そうかい、お前さん聖書も持ってるんだろ」
「はい、こちらに」
この世界の神様の言葉を記した「聖書」を、俺は一文も読んでいない。
この世界の文字だから読めないとかじゃなく、本当に読んでいない。そしてたぶん市村は読んでいる。
そんで、最初から見せるつもりで聖書をリオンさんに渡したはずの、赤井の顔が強張っている。
「ほーん、こんなもんを後生大事にねぇ。
っておおこわいこわい、決して雑には扱いませんから落ち着いて下さいまし」
「赤井……」
「神の物を傷つければ神は嘆くであります。神が嘆けば神を信ずる者への恵みが失われ、間接的にあなたへの恵みも失われてしまうであります」
「確かに俺らはシギョナツから食料を持って来てる。けどそこでどんだけ神様が信じられてるのか俺にはわからねえよ」
「神は信仰心の多寡により力を得る物であります。
先に聞いたお話からするとシギョナツと言う町からの食糧をわが手に収める事によりリオンさんはこの町を支配しようとしているようでありますが、それはそのシギョナツの民がもたらす力が弱くなればリオンさんの支配も怪しくなると言う意味であります」
元々そんな敬虔じゃなかったはずの赤井が、リオンさんに向かって真剣に神の道を説いている。
と言っても実際はあくまでも理屈頼みのゴリ押しと言う気もするが、それでもこの授業っぽい喋り方は逆にわかりやすい。
「ったく、本当にお前さんらはそういう存在だってよくわかるな。ウエダだけかと思いきやお前さんも、おそらくはイチムラもオオカワも。本当に理屈をきちんと組み立てた考え方をしやがる。それで通る世界で生きて来たんだってわかるよ。
まあ、確かにお前さんらの言う事は正しい。でもよ、正しいだけじゃ世の中は動かねえ。動くのはせいぜいがお前さんらのような集団だけだ。俺らのように殺し合い削り合いを続けていれば死ぬ奴は出る。そいつらのために必要なのはそういうごもっともな教えよりも飯だ」
「食を与える者は貴き者とも記されているであります。民から食を奪う事は最大の罪であり、自らの死を望むに等しき行いであるとも記されているであります」
しかし同時に、かなりしつこい。
リオンさんからはっきりと箱入りで世間知らずの優等生様だってぶった切られてるはずなのに、赤井の口は減っていない。あくまでも神様の道をまっとうに説こうとしている。
「ちょっと赤井、何ムキになってるの!」
「私がこの世界で大事にして来た存在にケンカを売られてつい熱くなってしまったと言うか、どうしても」
「赤井、前から相手が聞く体制になると強引に攻めかかろうとする姿勢よくないと思ってたのよね。あの三人はその気満々だったからいいけど、リオンさんは元から話を聞く気のない人よ。と言うか三人だってそんなごもっともなお話を」
それで大川に迫られても赤井はなおも舌を動かし、大川も負けじと舌を動かす。
二人が言い争う中、オユキは途中から眠たそうに横たわり、市村は二人を仲裁すべく間に入り込み、リオンさんは笑っている。
「なんだ、そんな顔して三人も女がいるのか?隅に置けねえな」
「あくまでも友人であります。しかし貴殿は」
「何、もしかしてこんなとこだから愛人でも抱え込んでるとか思ったか?馬鹿を言え、俺はラブリ一筋だよ、俺はな。ったくあいつは本当に飯がうまくてな、そんでもうそろそろ腹が膨れても良さそうなもんだけどなあ、お前さん生命探知魔法って使えるか。ああ使えねえなら使えねえでいいか」
そしてリオンさんまで派手に舌を動かしていると、料理がやって来た。




