セブンスの意地
リオンさんとの戦いを終えた俺たちだったが、正直腹が減っていた。
昨日朝から山道を歩き、狼たちと戦い、昼飯をまともに口に入れない間にオユキとの出会いにゴーレムとの戦いになってしまい、それから夕朝二食ちゃんと取ったとは言え今度は山下りだ。
「すいません、ちょっと飯を……ああお金は出しますから」
「おいおい今度は飯かい、ったくせわしい奴らだねえ。まあよ、食わなきゃ死ぬしかねえけどよ。まあ大した男だからなお前ら」
こういう世界に来て一日二食にもすっかり慣れたが、それでもこれだけの連戦続きだと腹が減る。朝昼晩の一日三食。それが俺たちの日常だった。庶民ですらそうだった。
ましてや俺のような運動部だと、おやつって言うか中食も取らないと体が持たない。そこまでしないと付いて行けない。それが紛れもない現実だった。
でもこんなスラム街めいたとこに暮らしている人間は、それこそ一日一食でもおかしくない。下手すりゃゼロ食かもしれない。
「お前さん、今自分の事をぜいたく者だと思ったか」
「ええ、はい……」
「誰だって喰わなきゃ死ぬでやんす、しょうがねえでやんす」
「何、俺だって昔は一日パン一個で凌いだ事もあった。そんな中親分に拾われ、ちゃんと朝夕飯を食えるようになった。飯を食わせる奴は偉い奴なんだよ」
「飯を食わせる奴は……」
「俺はお前さんたちを信用している。それだけだよ。
あの手配書、それこそお前さんが一番信用に足る証拠じゃねえか」
なんだそりゃ。
お尋ね者扱い、賞金首扱いの手配書なんてそれこそまともに外を歩けねえって意味じゃねえか。指名手配犯じゃねえか。
「アビカポはな、俺には忠実だがこの中ではそれほど重んじられた存在じゃねえ。一応炎魔法の使い手だがぶっちゃけ大した戦果も挙げてねえ。それこそ料理したりとか紙くずを焼いたりするぐらいしか使い道がねえ、まあ気が利くのはいいけどな」
「つまり、ユーイチさんはその程度の力があると見込まれたと言う事ですか」
「まあそうなるな。俺だって、敵対組織から金貨五百枚で狙われてる」
「悪名は無名に勝る、でありますか…………」
なぜ人は、他人に悪名を着せるのか。
「その方が都合がいいから」で済む話ではあるけど、言い方を変えればその力を恐れているからだとも言える。
恐れているならば避けるか、避けられないならば鍛えて立ち向かうか。そんな風に考えてしまうのは俺がまだ人生経験のない高校生などと言う存在だからか、それとも単にぼっち生活が長すぎて衝突する機会がないせいだろうか。
「俺たちは、俺たちの基準をもってオユキやミミさんたちに味方した。俺たちの物差しをもって、俺たちの世界の基準で戦った。もしかしたらこの世界の木は無限に生えるのかもしれないし、鉱山も無限に石が取れるのかもしれない」
「はあ?」
「とりあえずオユキの言い方からすると鉱毒はある感じだけど」
「あのなパラディンの兄ちゃんよ、そんな山のように鉱石が出る鉱山や切っても切っても生える木が世界のどこにあるんだい?」
「すみません……その点はやっぱり同じでしたか」
「でもコボルドの生息数が減少したと言う話は聞かないであります」
「コボルドは実に便利でやんすな……」
確かに市村の言う通り、俺たちがクチカケ村でやった事はライドーさんとミミさんの意見にただ賛同しただけであり、俺たちの常識をもって動いただけだ。
それが結果としてクチカケ村に食い扶持や夢を求めてやって来た人間のそれをぶち壊しにして恨みを買ったと言う事になるのかもしれない。だがやっぱりリオンさんの言う通りそんな虫のいい話はある訳がない、結局は自然の産物はいつかなくなってしまう物なんだろう。
だってのにその一方でよくあるRPGのように魔物の出現はやまず、コボルド狩りによる金属の獲得はいくらでもできるとすれば、それはそれでずいぶんと不公平なお話だ。
「魔物ってのは資源でもあるんだよな。この辺りには獣はいても魔物なんか出ねえし、出たとしてもクチカケ村の連中が何とかするようなレベルだし、何より遠すぎる。東のシギョナツだってそんなもんいねえしな」
「ミルミル村にはお茶がありましたけどね」
「そうだよな、ミルミル村には…………ってあっセブンス!」
世界なんてこんな風に不公平かもしれないとか思っていると、いつの間にかセブンスの姿が消えていた。
「ちょっと!」
「なんとなく想像は付きます。台所ってどこですか」
俺がリオンさんとアビカポと一緒に台所行くと、セブンスは台所らしき所で慣れた手つきで包丁を握り野菜を切ろうとしていた。
「ああちょっとお嬢さん、何やってるんでやんす!」
「私もお料理作りを手伝います!」
ラブリさんやアビカポが止めようとするのも構う事なく、必死に俺たちに貢献しようとしている。
実に予想通りだった。
「セブンスとか言ったな、なんだいきなり」
「私は皆さんみたいに戦えませんから」
「お前の魔法は頼りになってるだろ」
「彼氏がそう言ってるんだから、じっとしててくれよ。俺らにも沽券ってもんが」
「なおさら引けません」
セブンスは、まったくリオンさんを恐れていない。
リオンさんって人はトランプで戦った時も剣を振り合った時も楽しそうにしていたってのに、どこから来るのかわからない不思議な迫力がある。正直、今リオンさんに付いて行くだけでも背筋を伸ばさなきゃいけないと身構えちまうぐらいだ。
「わかったよお嬢さん、ったく本当に強い女だね、カミさんほどじゃねえけど」
「もうあなたったら」
「親分、そろそろ調理を始めていいでやんすか?」
「おうそうだな、お客人様のためにきっちりやれよ」
とにかくそうやってセブンスはリオンさんたちを負かし、厨房に潜り込むことに成功した。ったく、本当に強いよなあ。
「魔法って、どんなのが使えるんだい」
「まだひとつしかありませんし、料理にはとても。あのそれで、アビカポさんの炎魔法で」
「それもあるけどね」
ラブリさんが野菜を入れたカゴに向かって右手をかざすと、あっという間に水で満たされた。水道もないのにびっくり、と言うか水道があってもこんなに早くはできないはずなのに。
「私は水魔導士だからね」
水魔法にアビカポの炎魔法か、こうやって使うと実に便利だな。
「なあ、ユーイチ、お前腰が据わってねえぞ」
「いやその、黙って見ているのは」
「俺のカミさんやお前の彼女の役目を奪うんじゃねえよ」
とりあえずまあ野菜を運ぶぐらいはしなきゃとばかりに手を伸ばそうとすると、いきなりリオンさんに腕をつかまれた。
やっぱり、害意のない攻撃は避けられないらしい。




