ぼっち伝説Ⅵ
人間、普通に生きてるだけでも何らかの衝突がある。
一応俺は陸上大会ではひとかどの成績を上げていたからライバルになりうる存在もできるはずだったし、それに伴う衝突があっても良かったはずだ。
実際、競技会ひとつ取っても良い意味での衝突は山とあった。
ライバルたちがお互いのタイムを競い合い、またレース中でも逃げや追い込みと言った駆け引きがあり、実力相応の相手がいた。
だと言うのに俺には全くそんな相手がいなかった。
「今日もまた独走でしたよ……」
「まったく、どうしてお前が走るといつもこうなるんだ?俺も正直不可解だよ」
「どうしてここまでなのか、俺高校、いや大学駅伝やってけるでしょうか」
「タイムそのものは順調に上がって行ってるけどな、まあお前なら十分通じるさ」
柴原コーチも、毎回のように首をひねっていた。
ぶっちぎりで勝ったと言う訳でも、負けたと言う訳でもない。
たいていが20人中の6位、その程度の順位だと言うのに、5位とも7位とも15秒以上離れていた。
10000mも走った中の延々8000m近く、そんな走りを強いられていた。
前に出て並ぼうとすれば突き離され、後ろに下がって並走しようとすると抜け出されるかズルズル後退し出すかのどちらかになる。
暴走して大ブレーキを起こすほどバカな事もないし、もちろんビリを目指すような趣味はもっとない。
俺のせいでペースを乱された、そんな文句を言われる事もある。俺がそばに寄ると何故だか急にペースが上がったり落ちたりして、まともなレースができなくなるらしい。
ところがある時、まったくそんな事が起きないままレースを終えた事もある。
ちょうど俺の事が噂になり始めた頃からであり、その普通に終わったレースのせいでやっぱり気のせいだなと言う風評もまた生まれていた。
○○には魔物がいる、なんてフレーズはそれこそテレビで聞き飽きるほどに聞いて来たけど、まさか俺がその魔物だって言うのか。
とにかく俺は、まともなレースをしたいだけだ。
「お疲れ様、裕一今回はどうだった?」
「まーた、ひとりぼっちレースだよ。どうしてこうなるのかね」
「大変だね、あれじゃない?オーラって奴、裕一にはオーラがあるんだよ」
「冗談はやめろ、今の俺はまだ32分も切れない十把ひとからげレベルのランナーだぞ」
そんな俺に、河野だけは妙に親切だった。
実際こんなラインを寄越された次の大会、他のランナーもまともに走り、その上で俺は初めて32分を切る事に成功した。親は速美ちゃんのおかげとか言ってるけど、俺はまったく感謝する気持ちもない。
大会そのもののレベルが高いせいか順位が悪かったし、ゴールするまでまったくそんな感触がなかったからだ。
後でタイムを聞かされて三度もはぁ?って聞き返したぐらいであり、むしろ不可解だった。
「ったく、お前は何かに呪われてるのか?」
「わかりませんよ、だいたい俺なんか呪ってどうしようって言うんですか」
柴原コーチのそれはギャグに通じる言葉と言い方だったが、だとしてもこんな風になる呪いがあるんならどうやってかけるのか教えてもらいたい。
レース後柴原コーチと一緒にスポーツドリンクを飲みながら、そんな自分の身の上を思わず愚痴った。その愚痴を聞く相手は家族以外では柴原コーチだけだ。
だと言うのに、不思議なほど俺は寂しさを感じない。客観的に見て俺はぼっちで家族とコーチ以外に誰も頼れない、近い年齢の仲間も誰一人いないような存在だってのに。
人並みに泣く事もあるつもりだ。あくびをしたり、お笑い番組を見たり、感動物の映画を見たり、そうやって人並みに涙を流す程度には自分にも感情はある。
しかし俺は、どうにも怒りねたみひがみと言った負の感情を持つ事ができない。ないならないに越したことはないとか言うが、これほどまでに自分がいい奴なのかと思うようにされているとなると正直気持ち悪い。
面白いか否かで言えば、俺はたぶん面白くない人間に入る。
クラスで一番面白いのはたぶんお笑い芸人志望の木村であり、一番面白くないのはたぶん俺だ。
理由は簡単だ、木村と関わると多くの人間が笑顔になり、俺と関わっても笑顔になる奴はほとんどいない。もともと関わる人間の数がゼロに近いとは言え、他人を笑顔にできるのとできないのでは大差がある。
「本当上田君ってさ、実に気持ちいい人間よね~あ~空気がおいしい~」
俺に絡んで笑顔になってるのは三田川ぐらいのもんだ。
いずれこれまで俺に絡んでいた連中と同じように飽きるかと思ったが、こいつはまったく飽きる様子がない。
(ったく、もしかして変な征服欲でも抱いちまったのかね。この俺をひいひい泣かせれば自分の存在を示せるとか……面白くねえとわかれば普通はやめるもんだろ、普通は……)
俺を徹底的に食い尽くすまでやめないとしたら、とんでもない悪食だ。
何せ普通のいじめっ子が俺に絡むと、みんな一週間で飽きる。
何をしてもつまらないからだ。体操着を隠されてもぜんぜん悲しくならない。と言うか何をやられても数十秒の間に解決し、そして俺以上の間抜け面をした連中だけが残る。
こんな事続きのせいで三田川のような強者様に見込まれちまったとしたら、やっぱりぼっちってのは災難なんだろうな、うん……。




