WANTED!
俺たち五人と二人のエスタ市住民は、失笑をこらえながら教会を出た。
言うまでもなくその幽霊、じゃなかった女神様の絵は教会に飾られる事はなく、銅貨二十枚で案内役の男に買われた。
「大きい体して愛嬌のある女じゃねえか」
「うるさい……!」
「まあ親分はこのお方様一筋だけどな、強そうな上にこんな事まできるような女を求める奴は多いぜ、気を付けな」
雑な石畳に雑草、それからやたら背の低い小屋。一歩道を踏み外せば何があるかわかりゃしないような文字通りのスラム街。
そんな中でも町専用パスを見せつけながら、先導役の男たちは歩く。
「ってうわぁ……そんなに寒かったの?」
「ある程度予備知識があったとしてもでありますな……」
立ちションしてる子どももいる。一〇八歳とか言うけどそれこそ雪の洞窟に籠りっぱなしだったオユキがひるみ、慣れてそうな赤井でもウッとなっちまう現実がここにはある。
「親分はその手の事もやってるんだけどな、俺らが出したもんを東の農村に運んで金をもらう役目の奴もいるし」
「ありがとうございます」
「はあ?」
「いや、この東が農村だなんて知らなくって」
「お前さんたち本当に何も知らねえんだな、っつーか農村でもあり漁村でもあるぜ」
で、セブンスが素直に感心したようにこの東にあるのが農村および漁村だなんてまったく知らなかった。ましてやいわゆる堆肥と言う文化がこの世界にもあると言う事に感心し、同時に大川の目の輝きにも感心した。
「おいでかい姉ちゃん、あんたまさか魚が好きなのか?」
「すごく大好き!」
「そうかいそうかい、でも魚ってのはすぐ傷むからな、親分ですら年に数度しか食った事ないって言うぜ」
ニホンジンだからなのか知らねえけど、結局俺らは食には貪欲だ。
俺だってこの世界でいつも同じもんばっか食ってて飽きる事もなくなっちまったが、それでもやっぱり別のもんをたまには食いたいと言う願望はある。
「まあこの辺りの連中は気が荒いからな、その気になれば斬りかかって来るような奴は多いぜ。とくにそこの金髪のお嬢ちゃん」
「……ああはい」
「ああそっか、みんな黒い頭だから金髪が目立っちゃうんだね、そりゃ驚き!」
子どもも大人もおねーさんも、じゃねえけど本当に金髪ばっかりの世界で俺らは黒髪四人と銀髪一人、そして黒髪一人。
ある意味妙なパーティだ。ったく何が目立って何が目立たないかわからないもんだね。
「危ない!」
とか余計な事を考えていた俺に向かって、いきなり右側の路地からナイフが出て来た。
とっさに剣を抜いてそのナイフを弾き飛ばすと、ナイフを握っていた手がすっと引いて足音も立てないまま消えた。
「何だあれは!」
「あ、暗殺者でありますか!」
「暗殺?」
「暗殺?と言われましても、あんな手際は……!!」
本当の本当に、俺でなければ危なかったかもしれない手際の攻撃。
一瞬にして俺たちの背筋を伸ばさせたこの攻撃を前にして、なんとなく弛緩していた空気が一気に引き締まった。
「あのな、暗殺だなんて体裁の悪い事親分がする訳ねえだろ。親分はきちんと会った上でその人物を見極めるようなお方だよ。あんな事テストでもしねえよ」
「じゃああれは何!?」
「お前さんたち、話によれば二人の悪党を懲らしめたんだろ?その残党じゃねえか?」
「うーむ……どうしても冒険を進めるとそんな存在は出て来てしまうでありますな……」
ああ、厄介だ。
確かにミーサンの山賊たちはとりあえず殺しまくったとは言え、まだ全滅かどうかは確認できていない。
そしてロキシーのやり方に期待していた連中からしてみれば、俺はそれこそそのロキシーをぶち壊した存在でもある。
「その連中って」
「ああ、親分とやらの支配下にあるのか非常に疑わしいな」
「おいおい、親分を疑うのか!」
「疑っちゃいない、けどその全員を親分とやらに会わせたのか?」
「いやそりゃその……」
銀貨一枚で発行される証明書の価値は、銀貨一枚分しかない。それこそ非常に入りやすく寛容な町だとも言えるが、同時に素性怪しき奴らが入りやすいとも言える。
まあ、この町自体がそういう人間の集まりかもしれねえが、だとしてもこうなるとは思わなかった。
俺たちが少し非難がましい目を案内役の男に向けてやると、視界の端っこに嫌に目新しいポスターが映った。
「何だよこれは!」
そして俺より先に、市村がそのポスターに駆け寄った。
「WANTED ウエダ・ユーイチ
DEAD 金貨十五枚 ALIVE 金貨十八枚」
何だこれ、西部劇の指名手配ポスターじゃねえか!写真こそねえけどはっきりと俺のフルネームが書かれ、その上賞金までかけられてる!
「おいこれは何だ!」
「俺も、俺も知らん!本当に知らん!」
「やっぱりあの残党が……」
俺がDEADとALIVEで賞金が違うんだなとか現実逃避そのもののことを考えていると市村と赤井が案内役の男に突っかかり、その目前でいきなりポスターが破かれた。
「ったくもう、困ったでやんす、誰がこんなもんを勝手に、ってああ噂の!」
案内役よりかなり小柄な男は破いたポスターを丸めると手の中で炎を起こし、あっという間に灰にした。
「炎魔法?」
「ああそうでやんす、まったくご迷惑をおかけしたでやんす……」
「おいアビカポ、お前あと頼むわ、俺門番に戻んなきゃならないんで」
アビカポって名前の小柄な出っ歯の魔導士らしき奴は見知らぬ人間の前でペコペコと頭を下げながら、必死に揉み手をしている。
「ああすんません皆さん、これからはあっしが案内するでやんす」
「大丈夫かな……」
「大丈夫ですよ、親分は耳がお早いお方でやんすから、皆様方のご高名も既にご存知でやんすよ。あのおっそろしいゴーレムをやっつけたとか」
「そうですか」
「ああ、あっしは親分様の小間使いでアビカポって言うんでやんす」
アビカポって奴は小ずるそうな顔をしながら、あっちこっちをちらちら見ては安全確認に務めあげ、その上でしっかりと足を運んでいる。
ホームタウンのはずなのにどことなく落ち着きがなく、本当に腰が引けている感じだ。
「大丈夫かなあ」
「大丈夫でやんすよお嬢さん!」
「そうじゃなくてあの手配書!」
「ああ……実は最近、親分に反発してるやつらが出てるんでやんす……ああこれはここだけの話って事で」
わざとらしく声を小さくしたけど、やっぱ一枚岩じゃなかったのかよ!それこそ親分とやらの鼎の軽重が問われる話じゃねえか!
「実はその……最近変な女が出て来たんでやんす、それが親分の元腹心だった奴と、それからでっかい兜をかぶった奴と一緒になって大親分のシマを荒らしてるんでやんす……」
「あるいは昨日今日なだれ込んで来た連中を味方に付けてでありますか」
「そうだと思うでやんす、んでそのデカい兜をかぶった奴が恐ろしく強くて、このままじゃ親分すら危ないってんで戦々恐々なんでやんす」
「って事は近々衝突があるかもしれないと」
「ですからその、あっしとしてはどうか親分様にお会いしたらすぐさまお別れした方がいいと思うでやんす、これはあくまでも、その……って言うかお客人様たちはどうしてこのエスタに?」
アビカポは汗をかき足を乱しながら、この町に起こった異変を話している。相当に恐ろしい男であり、相当に強い奴だったらしい。
とは言え、第一の目的を忘れる事はできない。
「実は、こんな色の頭をしている人間を探しているんだ」
俺が自分の頭を指すと、アビカポはあに濁点の付いた音を出しながらもつれて転んだ。
これまでの案内で見て来たはずなのに。
「そ、そ、そ、それでやんす!確か兜の下から覗いてた髪はそんな色だったでやんす!もしかしてお客人様も!」
「まあ、知ってるんでしょう私たちがそれなりの冒険者だって事は」
「それはもちろん、でも……」
「でも?」
「いやその、親分様も気に入るはずでやんす、どうか付いてくるでやんす……」
腰を抜かしたアビカポに市村がかっこよく肩を貸しながら歩き、俺たちは道からの攻撃に目を配る。山下りの時よりもさらに遅いスピードで、それこそ戦場を歩くように歩かなきゃなんねえ。
にしても、この調子だとまたクラスメイトとの衝突かよ……やんなるな本当。
————————ある意味平和だった学校生活が懐かしくなっちまったぜ。




