大川画伯
「これは何でありますか?」
「イヤミかよ坊さん、見りゃわかるだろ、教会だよ」
雪もすっかりなくなり風に暖かさを感じる所まで先導された俺らが真っ先に案内されたのは、掘っ立て小屋と言う言葉すら生ぬるく見えるような雨漏りが絶えないボロ家だった。
教会とか言うが教会を思わせるのは女神様の絵だけで、ミルミル村にあった青銅の女神像などありゃしない。
おまけにその絵と来たら非常に雑い。
「うちの親分はな、教会なんぞに金かけるぐらいならいい坊主を育てろって考えなんだよ」
「どうやってだよ」
「そりゃお前よ、あれだよ。親分が決めるんだよ」
乱暴な物言いだが、それでもさっきパスを見せたらすんなりと通してくれたほどに
は部下の教育ってのも行き届いているらしい。
そして確かに、どんなデカい教会でもまともに祈祷が行えなきゃただの箱だって事は常識であり、確かにその理屈では何も間違っちゃいない。
「まったく、女神様の絵ってどんななんだよ、赤井お前なら知ってるだろ」
「こちらの書籍にもきちんと記されているであります」
「どれどれ……ってあれ何時間かけて描いたんだ?」
「三分らしいぞ」
懐に入る程度の大きさしかない本なのに、女神像がずいぶんはっきりと描かれている。
その上で壁に貼り付けられた女神様の絵を見てみると、改めてひどい差だ。
「まったく、赤井君その本貸して」
「えっ」
「私がちゃんと描いてあげるから!書く物ない?」
大川は赤井から本をひったくると、さらに紙とペンを使って女神様の絵を描き出した。
大川が普段どれほどまでに信心深いかは知らない。だが柔道なんてそれこそ神経をすり減らすもんに青春を注ぎ込んでいる以上、精神の摩耗ってのはただならぬもんかもしれねえ。
それこそ時には神にもすがり込むかもしれねえほどに追い詰められ、あるいは逆に追い詰めさせちまったりするのかもしれねえ。
ましてやこんな状況だ、かつていたらしい同居人様がどれほどまでに信心深いのかは知らねえけど神さまにもすがりたくなるだろう。
そんな実に雑い扱いをされている神様の前で、本を持ってない赤井がゆっくりと壇上、と言うか薄汚れたテーブルの後ろに立った。
「確かに、良い神官が育てば豪奢な教会は不要であります。ですが豪奢とは行かずともそれなりの教会を建てねば人はまず来ないであります」
「何だよ黒髪坊主、金の無心か?」
「神が神としていられるのは、あくまでも我々の信仰心の賜物であります。苦しい時の神頼み、祭りは終わったさらば聖人と言う言葉が存在するのであります」
「なんだそりゃ」
「人々は神への信仰を忘れ、いざとなった時に初めて頼ろうとしてしまう物であります。そんな都合のいい願い事を神様が叶えてくれるのでありましょうか」
「だからよ、親分はそういう虚飾を嫌うんだよ」
「虚飾は悪であります、しかしあまりにも飾らなすぎるのもまた悪であります。神を大事にする姿勢を見せねば、神はその手を差し伸べようとしないであります。教会を建てる事もまた、神への供物のひとつと言う物でありましょう」
赤井の声は本当によく通る。これがもしチート異能のひとつだとしたら、本当にうらやましいこったね。
このあばら家の中の、俺と大川以外の人間全員が赤井の説法を聞いている。
大川は相変わらず女神様の絵の描写に一生懸命であり、俺は自分なりに必死になってこの場にいる人間を観察していた。
この町の人間だって言う二人の男は、いきなり現れた坊主に対して冷静に喧嘩を売っていた。だがそれは、あくまでも親分と呼ぶ人間のためにだ。
山道やミーサンカジノで見た山賊とは違う、芯からその親分とやらを信じている、その人のために何とかしてやろうと思っている。
セブンスは単純に感心し、市村は頼もしそうにパートナーを眺めている。オユキはと言うと少し眠そうにしながらもきちんと話を聞いている。
「あなた方の仰ぐ主は、無償で全てを提供してくれるような方でありましょうか?あなた方がその親分に何らかの形で奉公しているからこそ、そうして親分も尽くしてくれるのでありましょう。それだけの事です」
「でもな、俺に取っちゃ親分こそ神なんだ。だいたい、あんたはどうしてここまでしてわざわざ説法を吹っ掛けて来たんだ」
「仮にも僧侶でありますから。それに、一般論として、来訪者を第一に呼ぶような場所がこんな有様では軽蔑されるであります。それとも何ですか、これも親分様の方針であり、あるいは油断を誘おうと言う兵法でありますか」
「兵法だなんて大げさな、と言うかこいつ親分に喧嘩売ってるのか」
「確かに喧嘩を売っている事は認めるであります、とは言えあくまでもこうして出入り口に等しい施設をおろそかにしていては親分の鼎の軽重が問われると言う事を申し述べたいのであります」
ったく、実に頭がいい。もしこんな風に理屈をすらすらと並べて話せるもんなら、アニメって奴も実に有効かもしれない。
「と言うより他の教会はないのでありますか」
「あるよ、北の方に。っつーかその辺りは親分の本拠地だからな。アンタ、大した坊さんだな。会わせてやるよ」
会わせてやると言う言葉を聞いた途端、俺の肩が急に軽くなった。
この町において親分と言う存在が相当な力を持っている以上。その親分に嫌われたら非常にまずい。とりあえず会わない事には話の付けようもない。
(「っつーかまたとっとと抜けるような真似をするのも嫌だしな……」)
クチカケ村には一日しかいなかったせいか、ギルドと宿屋と鍛冶屋以外どんな施設があったのか俺は把握し損ねた。
あるいはもう一日滞在して村でも巡りたかったが、正直クラスメイトの誰とも出会えなかったせいで正直あまり滞在したい気分にはならなかった。
できればここでは出会いたい、出来得るならば味方として。
そのためにも、この町には数日滞在したかった。
「ありがとう、それじゃその親分さんの所に案内してくれる?」
「おいおい、俺らはその坊さんの」
「私の名前はハヤトであります、そして私のパーティのリーダーはこのユーイチであります」
「そうか、じゃああんたらも一緒に来いよ。おいそこのでかい姉ちゃんもさ、まだ絵を描いてるのかよ」
ようやく話がまとまった所で、ちょうど絵を描き終わったらしい大川もペンをテーブルに置き、幽霊みたいなもんが描かれた紙を持って来て立ち上がった。
「ところでこれは何という化け物でありますか?」
「……えっと、二本足で歩く狼ですか?」
「いや、幽霊だろ?」
「ちょっと、私はこんなに痩せてないわよ」
「姉ちゃん、こんな怪物はいねえぞ?あああんたら冒険者だから旅人だろ、どこかで見たのかこんなやつ?」
「失礼ね、女神様の絵よ!」
————俺はこの時、あるいはしまっておくべきだったかもしれねえ記憶を思い出しちまった。
大川は、こういう奴だったんだよな……。




