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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

救世主の正体

作者: 竜馬光児

 僕は、人間に生まれてからずっと愛する女がいる。

 最初に目蓋を開いた時、初めて目にしたその女が泣きそうな笑顔で見下ろしていたのを、

 今もハッキリと覚えている。

 母が何故泣いているかのかは、その時は分からなかった。

 僕の家庭は父と母の三人暮らし。

 美味しそうな母。

 見ていると啜りたくなる艶めいた黒髪。

 宝石のような丸い眼球は、ずっと口の中で転がしていたいし、

 そばを通った時、微かな香しい汗の香りが鼻から脳を刺激してくる。

 しっとりとした肌は舐め回し、脂の乗った柔らかな肉を満足いくまで咀嚼して、旨味のある骨をしゃぶりたいと何度考えただろう。

 それが表情に出ていたのか、父は僕を母から遠ざけようとした。

 その日から僕にとって父は邪魔者になった。

 母と目が合った十年後。

 僕は父の脳を弄って記憶を改竄し母と離婚させた。

 勿論、母は離婚の本当の理由を知らないし、本当の事を教える気もない。

 父がいなくなってからも、母と僕は以前にも増して一緒にいる時間が長くなった。

 もしかしたら寂しさや辛さを僕と一緒にいる事で癒していたのかもしれない。

 母と同じ空間で同じ空気を吸い時間を共有するという暖かく居心地が良い毎日。

 だが、それに浸ってはいられない。着実に終わりの時が近づいているからだ。

 四季が何度も繰り返される中、僕はどうすれば母と生き延びる事ができるか、そればかりを考えていた。

 母と目が合った二十年後。

 実家で、母の誕生日を一緒祝う。

 初めて酒という液体を飲んだが全身が一瞬熱くなっただけだった。

 こんなものより母の唾液を味わえたらどれほど良かっただろう。

 誰かの誕生日を祝っても何も実感が湧かなかったが、

 母の誕生を祝すこの日は、心から祝福する事が出来た。

 そして今日限りで世界が一変する事を母は知らないのだと思うと、胸のあたりが握り潰されそうな感覚に襲われた。

 始まりは隣の部屋から聞こえた物音だった。

 何か重いものが床に倒れる音。

 僕は何が起こっているか分かっているが、顔の赤い母は酔いが一瞬にして冷めたようだ。

 物音は一度ではなく辺り一面から聞こえて来る。

 窓の外ではガラスが割れる音や車が速度を緩めずに激突した音。

 怯えるように吠え始めた犬が短い断末魔の声を上げる。

 絹を裂くような音はヒトの悲鳴だろう。

 そんな鼓膜が破裂しそうな音が四方八方から聞こえてきた。

 僕は何ともない。

 が、母は手で耳を押さえたままテーブルに蹲っている。

 この地獄のような時間が早く終わる事を願っているのだろうか。

 だがそれは無理な話だ。

 少なくとも僕が流した情報は活用されていない。今からでは上手くいっても数年はかかる。

 僕は今できる事をする為に立ち上がり、震える母を抱きしめた。

 ずっと舐めていたい眼球が僕を見つめる。

 僕がこの状況に動じてない事を知り、怪物を見ているかのような瞳だった。

 母を落ち着かせると、窓に鍵をかけカーテンを閉める。

 奴等からしたら目眩しにもならない事は分かっているだろうが

 母の精神衛生上必要だったのだ。

 そしてタンスやソファーで窓にバリケードを作る。

 相変わらず母が怯えた視線を向けてくるが、無視してドアにも同じ作業を施した。

 僕は用意していた耳栓を母に渡し、有無を言わさず付けさせた。

 これで視覚と聴覚で外の様子を知る事はない。もう少し母と一緒にいられる。

 災害用に備蓄していた非常食で空腹と喉の渇きを満たす。

 母は何が起きたか分からないのが苦痛らしく、食欲がかなり落ちていた。

 外の様子を知ろうとするが、僕は頑なに許さない。

 窓の外では度々銃声が聞こえていたが、それも聞こえなくなった。

 鳥の囀りさえ聞こえなくなったある日。

 朝食をとっていると、不意に玄関のドアがノックされた。

 助けが来たと思ったのだろう。

 母は飛び上がって玄関に向かおうとするが、それを制して僕が代わりに向かう。

 外にいたのは案の定奴らだった。

 母も顔見知りの僕の親友と幼馴染が、玄関の前で声を上げる。

 僕に外に出てこいと言ってきた。

 僕は適当な言い訳でごまかしながら、バリケードを開けるフリをして、彼らの脳を破壊する。

 不意打ちに対応できずに、二人とも頭部を破裂させながら崩れ落ちた。

 脳から身体のどこかに逃げた可能性もあるので、二つの死体を徹底的に溶かし尽くした。

 後ろから悲鳴が上がる。母に見られてしまった。

 これで僕の正体は知られてしまった。

 逃げようとする母を捕まえて、最低限の荷物と共に家から逃げ出す。

 もう安全なところなどなかった。

 追手を殺し隠れる日々が続き、遂に食料も底をついた。

 母は何も口にせず逃げ続けていたため、痩せて生気がなくなっているように感じられた。

 そんな母がため息をつくように一言発する。

 家に帰りたい。と。

 僕は母を連れてドアが無くなった我が家に帰ってきた。

 奴らはいないが、じきに追いつかれるだろう。

 母はリビングに座り込み動く気配はなかった。

 まるで道路に転がっている石ころのようになっている。

 僕は母の前にしゃがみ込む。

 こちらを向いた母の顔はやつれ、今にも死にそうだった。

 このままでは、ここで衰弱死するか奴らに奪われる。

 そうだ。誰かに食われるくらいなら僕が食べればいい。

 母の顔を両手で挟んで固定して告白する。

 僕は産まれた時からあなたを食べたかった。

 母の唇を奪う。

 驚いて目を見開いた母は、僕を受け入れてくれたかのように全身の力を抜いた。

 僕は目を閉じ、母の唾液を吸い込む。

 舌の上を滑る甘露な液体。

 これが欲しかった。これをずっと味わいたかった。

 真っ暗な視界の中、次第に母が細くなっていくと同時に甘い蜜もその量が少なくなっていく。

 自分の唾液を流し込み、蕩けた母の体内の全てを吸い尽くす。

 一滴も零さず飲み終えた時、腕の中の母は枯れ枝ほどの大きさしかなかった。

嬉しいからだろうか、瞼の隙間から水が流れてくる。

 直後、後頭部に何十本の注射針が突き刺さったような痛みに襲わ――


『死亡を確認。ここまでの記憶を送信……送信……送信完了』

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