間違いメール②
さて、《芸能人のメル友》といっても、マホさんは彼が《誰》なのか知らないし判らない。
ぶっちゃけ、知る気もない。
真宮さんから言わない限り、マホさんからは聞く気もない。
基本的に受け身のスタンスなのです。
自己紹介の後、『自分の事は好きに呼んで』と言われたので、マホさんは彼の事を《アキさん》、彼は《マホさん》とそれぞれ呼ぶ事にしました。
敬語も無し。タメ口OK。
どうやら、大元の間違いメールの時に『間違いですよ』と早めに返信したり、次の日も丁寧に対応したから興味を持ったらしい。
いや、最初のメールはたまたま返事が出せただけだし、次の日は丁寧どころか酒の肴だったのですが…
そして、彼に年齢まで告げられたマホさん、年齢差にビックリ。
こんなオバサンに引っかかってちゃダメだろう、若者よ…君のご両親の年齢の方が近いよ、コレ。
かくして《芸能人とパートのオバサン》という、何から何まで違う2人の交流が始まったのである。
『今日はこれからダンスの練習なんだよ~新しい振り付けだから覚える事いっぱいで大変!』
翌日から早速、マホさんのこれまでの人生には無かった華やかな単語が告げられます。
ダンスの練習!
『スゴい事してる~!』
アキさんはそれがお仕事なんだろうが、マホさんには真似すら出来ない別世界の話です。
新しい振り付けを覚えたからといっても、今までの物はもうやらない訳ではないでしょう。
マホさんだったら以前の物は忘れてしまいそうだし、新しい振り付けだって覚える事なんてなかなか出来そうもありません。
話を聞くだけで向こうは満足するだろうなんて考えていましたが、とんでもない。
マホさんの知らない世界をアキさんは見せてくれます。
対するマホさん、何の変哲もない日常です。
パート行って帰りにスーパー寄ってツマミを作って、現在晩酌中。
とりあえず………
『今日は鮭ハラスの塩焼きとキュウリとワカメの酢の物で晩酌~』
その日のツマミを書く事にしました。
うん、ソレって、ただの日記だと思います。
そしてアキさんも『美味しそう~』とか、マホさんが調子に乗るからやめときなさい。
『おはようマホさん!今日は一日中仕事漬けなんだ~返事が出来ないかも…』
マホさんは、例え旦那さんや親兄弟姉妹相手であっても、返信や返事が出来ない時は絶対しないのです。その代わり、マホさんの方から連絡をしてなかなか返事が来なくても文句を言わない。不満にも思わないし。
アキさんにも最初に《返信出来ない時があるけどそれでもよければ》と言ってメル友になったので、お仕事中や自分の都合によっては完全放置だったりする。だからアキさんも気にする必要はないのに、そんな事を言ってくる。
その上『マホさんとやり取りするのが新鮮で楽しい!』なんて事を言ってくれる。
この日は殊更暑い日で、彼の言う一日中がどれだけなのかは判らないけれど、そんなアキさんに、マホさんはなんだか心配になってきちゃいました。
『水分と塩分補給は忘れちゃダメだよ!喉が渇く前に飲むんだよ、《喉が渇いた》って思った時点で手遅れだからね!水分補給は常に優先順位の一番上だよ!』
勢い余ってアキさんと同じタイミングで連絡してきた母親にも同様な事を言って『それを言おうと思ってメールしたんだけど』と返される。結構ボンヤリなマホさん、こんな歳になっても母親に心配されております。
人の心配する前に自分もシッカリしようか。
次の日に『昨日はメール出来なくてゴメンね。心配メールありがとう』なんて、毎日連絡するなんて約束もしてないし、心配メールじゃなくて《オカンメール》になっていたというのに、いい子である。
『今度やるライブの全体練習だったんだけどさ、メンバーもみんな集中出来て実のある練習になったよ!』
………今度っていつだよというよりも、そもそもアキさんが誰だか知らないのに、いきなりメンバーとか、登場人物が増えた。
まあ、やっぱり、誰なのか知る気もないのですが。
しかし、皆が集中出来たという事は、そのライブに対する気持ちが一緒になったのであろう。
きっと最高のライブになるに違いありません。
マホさんは、小学生の頃から20代の終わりまで吹奏楽をやっていました。
中学校までは学校の部活動でしたが、高校からは、市の吹奏楽団に所属していたのです。
楽団では学校の部活動と違い、皆が集まる練習日は週に一度。何かの行事や演奏会、コンクール等、例え練習日でも本気でやらなくてはマホさん程度の才能では着いて行く事は出来ません。
本番はもちろん一番大事です。というか、本番の為に練習がある。
見る聴く側は本番しか知らない。それがグダグダだったらガッカリです。なので、練習は必要なのはマホさんには理解出来ます。
見た目華やかだけど、芸能界は、それの繰り返しなんだと思う。
アキさんとメンバーさん達は、最高のライブにする為に頑張っているのです。
そのライブを観るファンの人達は、幸せな人達なんだなぁ。
だって、何の関係も無いマホさんにですら、良い物にしようって気持ちが伝わるんだもの。
とにかくスゴい事だと言いたいのに、伝えきれないもどかしさ。
しかし、どんな時でもブレないマホさん
『絹揚げとシメジの煮物とオクラとツナの和え物をツマミに呑んでるお酒が更に旨い~!』
アキさんとメールのやり取りしながらの晩酌が楽しいし、彼らの頑張りが自分の励みにもなるし、あぁ、本当にお酒が旨い。
そして、人として何か終わってるマホさんのツマミ日記に『美味しそうなツマミの誘惑に負けそう』とか律義に反応するアキさん、マジイケメン。
顔知らないけど。