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3.7 暗闇を探る②

 時折立ち止まり、前方の気配を確かめながら、這うように、一人と一冊は進む。


 しかしトールが予想していたよりも、この空間は広かったらしい。どんなに進んでも、空間の端に辿り着いた気配は無い。この空間に『出口』は、もしかしたら『壁』も『屋根』も無いのかもしれない。ネガティブな危惧に、トールが首を横に振った、丁度その時。


「……あ」


[大丈夫か?]


 サシャの左腕経由で感じた衝撃に、気遣う言葉を背表紙に並べる。だが、何かにぶつかったということは。


[怪我は?]


「うん。少し、痛いだけ」


 腕から滑り落ちそうになったトールを支え直したサシャが、慎重に、目の前の闇に右腕を伸ばす。


「何か、ある」


 安堵が迸るサシャの声に、トールもほっと胸を撫で下ろした。『壁』は、あった。あとは『出口』さえ、見つけることができれば。


「丸、い?」


 目の前にある物体に沿って腕を伸ばしたサシャが、首を傾げる。


「でも、上の方は平たい」


 何だろう? 疑問を口にするサシャの声に、トールも思わず首を傾げた。


「岩、かな?」


 続いて出てきたサシャの言葉に、期待が急速にしぼむ。一人と一冊は『空間の端』に辿り着いたわけではなかった。


 だが。


「あ」


 一音上がったサシャの声に、希望が戻る。


「これ、壁?」


 滑らかな『岩』らしきものに身体を預けるようにしてゆっくりと進んでいたサシャの、確かめるように上下に動く右腕に、トールは身を引き締めて闇を見据えた。漆黒の闇の中だから、当然、何も見えない。しかし『壁』があるのであれば、どこかに『扉』もあるはず。その『扉』を探すように、トールは首を斜めに向けた。


 その時。


「うわっ!」


 『岩』に凭れ掛かっていたサシャの身体が、急激に傾く。


[なっ!]


 予想外の衝撃が、トールの全身を貫いた。


「トール!」


 しかしすぐに、サシャの細い腕が、床に落ちたトールを拾い上げる。


「大丈夫?」


[ああ]


 『本』だから。泣きそうなほどに歪んだサシャの青白い顔に、トールはしっかりとした笑顔を作った。


〈……え?〉


 もう一度、サシャを見直す。まだうすぼんやりとしているが、サシャの顔の輪郭が、確かに判別できる。と、いうことは。


「トール!」


 サシャが指差す方向に、目を移す。


 サシャが凭れていた『岩』なのだろう、サンダルを履いた足のように見える岩の向こうに見えたのは、ぼんやりと輝く、それでも確かに『光』と呼べるものだった。


 ここから、出られる。トールを抱き締めるサシャを見上げ、ゆっくりと微笑む。同時に見えた、サシャの上方に佇む大きな石像に、トールは目を瞬かせた。円盤を掲げているようにみえる石像は、古代の遺跡を模した北都(ほくと)の図書館の廊下の隙間の一つに飾られていたものと同じもの。ここは、古代人の神殿、なのか? トールと同じように石像を見上げ、言葉を失ったサシャの震えに、トールははっと我に返った。とにかく、今は。


[サシャ]


 大きめの文字を、背表紙に並べる。


[ここ、出よう]


「う、うん」


 トールに向かって躊躇うように頷くと、サシャは石像を見上げ、そしてぼんやりとした光の方へ歩を進めた。

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