3.6 暗闇を探る①
はっと、意識を取り戻す。
……『本』に、戻っている。一筋の光も見えない空間で、トールは小さく息を吐いた。母のことは、夢? いや、おそらく、トールが亡くなった後の、現実。目頭の熱さを覚え、トールは唇をきつく噛み締めた。
重い心を忘れるために、首を振って辺りを見回す。この、暗闇は。すやすやと眠るサシャの呼吸音と、トールを包むサシャの細いがしっかりとした腕を確かめ、トールは小さく唸った。この場所は、サシャとトールが隠れ家にしていた、あの、狂信者達が隠れ家にしていて打ち捨てた古代の遺跡とは、空気が違う。あの場所よりも乾いていて、少し冷たい。
首を傾げたトールの横で、目覚めたサシャが身を起こす。
「……?」
トールをぎゅっと抱き締めたサシャの、胸の震えに、トールの全身も大きく震えた。
[大丈夫]
それでも、殊更大きめに、元気づける言葉を背表紙に並べる。
「ここ、どこ……?」
[分からない]
床に座り直し、ぐるりと辺りを見回すサシャの気配に、トールも首を横に振った。とにかく、何故かは分からないが、あの古代の遺跡とは異なる場所にいる。分かるのは、それだけ。
「バルトさんもエゴンさんも、ルジェクも、いないよね」
[ああ]
この漆黒の空間にいるのは、サシャとトールだけ。その他の気配が無いことを、全身を目にして確かめる。何も見えないから、視覚以外の情報が頼り。あの遺跡のように、地下特有の湿った感覚は無い。顔を上げて上方を確かめても、何も見えない。天井が高い、広々とした空間に閉じ込められている、そんな感じがする。
[床、どうなってる?]
大学図書館の大きな机の上に伊藤が広げていた建築書を思い出しながら、サシャにそう、尋ねる。ここが『屋根のある、閉じた空間』ならば、どこかに必ず、屋根を支える『壁』があるはず。
「冷たい。けどつるっとしてる」
トールを左腕にしっかりと抱え、恐る恐る右腕を床に伸ばしたサシャの声は、落ち着きを取り戻していた。
「これ、石、なのかな? 煉瓦でもないみたい」
胸の震えも、止まっている。
「四角い石が、真っ直ぐ敷き詰められているみたい」
続くサシャの声に、ほっと息を吐く。敷き詰められている石の隙間を頼りに進めば、この部屋を支える『壁』に辿り着くことができる。
「……分かった」
トールの意見に頷いたサシャの、胸の鼓動を確認する。
「やってみる」
トールを抱えたまま四つん這いになったサシャの気配に、トールは大丈夫だというように頷いた。




