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3.4 突然の再会②

「それ、絶対、ジルドって奴が悪い」


 炎の向こうで息巻く小柄な影、ルジェクに、サシャのエプロンのポケットの中で大きく頷く。


「俺だったらそのジルドって奴をもう一回星の湖(ほしのみずうみ)に突き落として……」


「もう溺れ死んでいる可能性の方が高いがな」


 ルジェクの言葉を途中で遮ったヴィリバルトの、冷静なのかそうでないのか分からない台詞に、トールはほっと胸を撫で下ろした。ヴィリバルトも、そしておそらくルジェクも、サシャの話を信用してくれている。


 辺りに狂信者達がいないことを確認した黒竜(こくりゅう)騎士団の一員、ルジェクが合流してから、炎の側で、サシャは全てをヴィリバルトに話した。北都(ほくと)で急に湧き起こったサシャに対する中傷のこと、その中傷から逃れるために寄宿先である修道院に戻ろうとした時に出会った、かつての師匠ジルドのこと、そして、『祈祷書』を、トールをジルドから取り戻すために、師匠であるジルドを湖に落としてしまったこと。


「しかし、中傷の方は収まってはいないだろうな」


 全てを話し、俯いたサシャの上から、ヴィリバルトの言葉が降ってくる。


「戻んなくて良いよ、そんなとこ」


 小さく震えたサシャの肩を、ルジェクの敏捷な腕が抱き寄せた。


帝華(ていか)に来なよ。黒竜騎士団はいつでも人手不足だし」


 サシャの顔を覗き込み、口の端を上げたルジェクが、ヴィリバルトの斜め後ろで口を利くことなく座って剣を磨いているエゴンを指差す。


「エゴンだって、『役に立たない』って東雲(しののめ)を追い出されて黒竜騎士団に来たんだけどさ、団長の護衛、エゴン以上に頼もしい奴はいないぜ」


「ルジェクにしては良い考えだ」


 意外に優しい動作でサシャの頭をぽんぽんと叩くように撫でたヴィリバルトに、サシャは顔を上げてルジェクを、そしてヴィリバルトを見た。


「俺も、歓迎する」


 ヴィリバルトの言葉にぽろぽろとこぼれ落ちたサシャの涙が、トールを濡らす。良かった。袖で目の下を拭くサシャに、トールは大きく微笑んでみせた。黒竜騎士団の本拠地は、帝華の都にある。うまくいけば、『母と同じように帝華の学校に行く』というサシャの願いが、叶う。本当に、良かった。思わず漏れた呻き声に、トールは慌てて口を押さえた。


北向(きたむく)の叔父上殿には、帝華内にある古代人の遺跡を全て調べ終わってからになるが、フェリクスに手紙を持たせよう」


 そのトールの上から、再び、黒竜騎士団の副隊長の名を挙げたヴィリバルトの言葉が降ってくる。狂信者達は、古代人が建設した遺跡を潜伏場所にしているらしい。ヴィリバルトの説明に、この遺跡で見つけたメモと、北都の東の森にある崖に穿たれた遺跡で見つけた羊皮紙を結びつける。


「あ、俺、行きたい」


 ヴィリバルトの言葉に右手を挙げたルジェクに、ヴィリバルトは笑って首を横に振った。


「ルジェクには、夏炉(かろ)に行ってもらわねば」


 ルジェクには、夏炉を本拠地とする狂信者達の動向を探る任務がある。冷静に戻ったヴィリバルトの言葉に、ルジェクは小さく唇を尖らせた。


「はーい」


 北都でジルドって奴を見つけて、湖に突き落としてやろうと思ったのに。素直な返事の後で小さく呟かれたルジェクの言葉に、「まだ言うか」と心の中でツッコミを入れる。しかしとにかく、ヴィリバルト達に逢えて、良かった。サシャのために、トールはほっと息を吐いた。


「もう遅い」


 星空を見たヴィリバルトが、ゆっくりと立ち上がる。


「寝るか。……エゴン、見張りを頼む」


「次が俺ね」


 用心深く辺りを見回したヴィリバルトに、ルジェクが明るい声を上げた。


「団長はしっかり寝てください」


「フェリクスと同じ言葉は聞きたくないが、頼んだぞ」


 サシャは、何処で眠る? ヴィリバルトの問いに、遺跡の地下をサシャは指差す。粉類や衣類などが置かれていた倉庫の横にある、比較的乾いている小さな暗がりが、一人と一冊の仮の寝場所。


「俺もそこで寝る」


 立ち上がったサシャに、ヴィリバルトが一人勝手に頷く。何故、サシャと一緒に寝ようとする? 一人と一冊の寝場所までサシャの側をぴったりとくっついて歩くヴィリバルトに、正直困惑する。強引さに、笑うしかない。エプロンからトールを取り出し、脱いだエプロンと上着の上にトールを置くサシャの横で、エゴンが差し出した毛布を敷くヴィリバルトに肩を竦めてから、トールは、借り物の毛布の間に身を横たえたサシャに小さく頷いてみせた。


 その時。サシャの横に横たわったと思ったヴィリバルトの腕が、サシャの肩を掴む。


[何、を]


 戸惑いで絶句したトールの横で、ヴィリバルトの大きめの身体がサシャに被さる。だが、サシャを抱き締めた次の瞬間には、ヴィリバルトは自分の毛布の中で寝息を立てていた。


「な、何?」


[た、多分、大丈夫]


 トールに目を移したサシャの、震える唇に、どうにかして心を落ち着かせる言葉を口にする。ヴィリバルトは、信頼できる人間、の、はず。変な言動も多いと、サシャのもう一人の師匠であり、ヴィリバルトの従兄でもあるらしいアランは言っていたが、それでも、アラン師匠は、サシャの前でヴィリバルトを否定してはいなかった。


 暗闇の中、サシャの腕が、トールを掴む。


 大丈夫。サシャよりも自分に言い聞かせるように、トールは首を横に振った。

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