2.40 誹謗の果てに①
四日後。
「サシャ」
授業の後、一緒に勉強する約束をしていたカジミールと図書館の前で出会す。
「あれ、ヤンは?」
「来てないの?」
今日は、北都の城壁内にある修道院で修行する修練士ヤンとも一緒に勉強する約束をしていた。昨日の夕方、サシャと一緒に図書室の掃除をしたヤンの笑顔を思い出す。だが今日は、授業が終わってすぐ、ヤンは、同じ教授の許で修辞の勉強をしているサシャに声すらかけずに教室を去って行った。何か急な用事があったのだろうか。それならば、昨日の約束のことを何も言わずに去るのはおかしい。
「そうか……」
トールの懸念を上書きするように、カジミールが息を吐く。
「俺、朝、あいつに声をかけたんだけど、あいつ、聞こえてなかったのか、俺の方も見ずに行っちまったんだよなぁ」
どうしたんだろう? 首を傾げるカジミールに、トールも首を傾げる。
その時。
「サシャ。カジミールも居たか」
事務長ヘラルドの、いつになく憔悴した顔が、トールの視界に映った。
「残念だが」
サシャとカジミールの前に立ったヘラルドが、悲しそうに首を横に振る。
「老王への謁見が、中止になった」
ヘラルドの言葉に、サシャもカジミールも、そしてトールも、その場に立ち尽くした。
「な、……何故、ですか」
カジミールの口から当惑の言葉が漏れたのは、数瞬の後。
「それは……」
「盗人がいるぜ」
言い淀んだヘラルドの言葉は、サシャの背後から響いた侮蔑の言葉に掻き消された。
「働かせてもらってるのに、図書館に飾ってあった古代の像を盗んだんだってさ」
「本当だ! 盗人だ!」
振り向かずとも、真面目な学生をみると馬鹿にして虐める件の不良学生達の声だとすぐに分かる。
「嘘を言うな!」
サシャを指差し、サシャを貶める言葉を大声で投げつける学生達からサシャを守るように、動けないサシャの前に立ったカジミールが反撃の大声を上げた。
「あの像は、ある方が気に入って持っていったんだ」
事務長ヘラルドも、落ち着いた声でサシャを擁護する。
「図書館に入ったこともない輩が、戯れ言を!」
だが、サシャを蔑む不良学生達の声は留まるところを知らなかった。
「セルジュ王子を殺そうとしたのも、実はサシャだったらしいぜ」
「なっ!」
更なる嘘に、カジミールの頬が赤に染まる。
「この野郎!」
「ダメだ、カジミール!」
不良学生の一人の襟を掴みかけたカジミールを、ギリギリのところでヘラルドが羽交い締めにして止めた。
[サシャ!]
とにかく、この場からサシャを引き離さなければ。
[逃げよう!]
俯くサシャの青白い頬に、トールは言葉を並べた。
だがサシャの身体は、微動だにしない。
「サシャ!」
不意に、サシャの腕が図書館の方へと引っ張られる。
「こっち!」
いつになく青ざめたエルネストの顔が、トールの視界に映った。
「裏口から帰れば、誰にも見つからない」
動けないサシャを引っ張って図書館の廊下を縦断するエルネストに、頭を下げる。
[サシャ]
喧噪の無い図書館の裏口に立ち、ようやく息を吐いたサシャに、トールはほっと胸を撫で下ろした。




