2.35 冬至祭と柔星祭の間
幸いなことに、肺炎をこじらせることなく、サシャの身体は冬至祭の頃までには回復する。
冬至祭から柔星祭までは、何事も無く過ぎていった。
『星読み』の館の養い子であるカジミールと、人々の日々を教え導く修道会の修練士であるヤンとは、図書館の閲覧室で一緒に勉強したり、教室や学生用酒場での議論に一緒に参加したりしている。討論の場で、サシャが壁際に下がってしまうことも少なくなった。良い友達ができて良かった。心の底で、トールはカジミールとヤンに感謝していた。
クリスに教えてもらい、夏に採取した『紙』試作用の蔓草は、サシャの怪我や病気でゴタゴタしている間にすっかり乾いてしまっている。季節は冬だし、紙を作るには色々なことが丁度良いかもしれないが、自由七科の資格を取るために苦手な人付き合いを頑張っているサシャを、今は応援したい。紙作りは、それからで良い。算術と幾何の助手エルネストからカジミール経由で戻ってきた『冬の国』に関する伝説の本を寄宿する修道院の図書室で紐解くサシャの、冬の柔らかい陽に照らされた青白い横顔に、トールは小さく頷いた。
そう言えば。エルネストの顔を思い出すと同時に、サシャのもう一つの懸念である『詩作』のことが脳裏を過る。同時に過った、サシャと一緒に湖に落ちた時に見えたifを、トールは首を強く振ることで思考から追い出した。エルネストがサシャに貸してくれた湖の伝説に関する資料を読みながら、時折、サシャは蝋板に何かをメモしている。時には、『本』であるトールの、空白部分に、小さな文字で何かを書き記すこともある。トール自身に書かれていることは、トールには読めない。だからサシャが何を書いているのかは分からない。しかし大切なことを書いていることは、ペンを動かすサシャの真剣な表情から、分かる。この世界では貴重な『紙』に書くのだから、どうしても残したいことなのだろう。トールを捲るサシャの小さな指に時折覚えるくすぐったさが背中を走ったように感じ、トールは慌てて居住まいを正した。雪が降っていない日に、サシャは、トールを抱き締めて湖岸に佇むこともある。詩が、できそうでできない。その不安からだろう、湖を見つめながら吐くサシャの息は、トールには冷たいと感じてしまう。
[頑張れ]
何か重要なことを見つけたのだろう、蝋板用の筆記具である尖筆を手にしたサシャの小さな手に向かって、トールの表紙に文字を躍らせる。トールにできることは、サシャにエールを送ることだけ。
そう、サシャは、……頑張っている。死者を悼む冬至祭の日に、北辺の森の中にある母の墓に参ることができないことを悲しんでいたサシャの青白い横顔が、トールの心を掻き乱す。冬至祭の時も、サシャは、『星読み』達の仕事を手伝った。北辺を守る配偶者セレスタンの許へ向かった『星読み』博士ヒルベルトからは、北辺で仲良くなったヒルベルトの息子リュカも元気にしていると、手紙で教えてもらっている。もうすぐ来る、春を呼び寄せる柔星祭の前にも『星読み』の手伝いをしてくれたら嬉しいと手紙で言ってくれた『星読み』博士ヒルベルトの、ゴールキーパーなら頼もしい背中を思い出し、トールは一心不乱に何かを書き写すサシャの横顔に大きく頷いて見せた。




