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2.21 秋分祭の日のこと②

「サシャじゃないか」


 人でごった返す北都(ほくと)の大通りで、大柄な人物に声を掛けられる。


「カジミール。……セルジュも」


 サシャに声を掛けた人物の後ろにセルジュを見かけ、サシャはほっとした表情を見せた。


「久しぶり」


 そう言えば、『星読(ほしよ)み』の家に居候しているカジミールには、『星読み』の仕事を手伝う時に会っているが、下町での伝染病騒動以来、セルジュには会っていなかった。サシャのエプロンのポケットの中から、そっと辺りを確かめる。セルジュには、護衛は付いていないようだ。王族を狙う暗殺者がいるかもしれないのに、大丈夫かな。心に生じた暗雲に、トールは小さく唸った。とにかく、今は、サシャを守る最善の策を考えなければ。


 あの遺跡を調査した後すぐ、黒竜騎士団のあの三人は、何か別の用件があるとかで北都を離れた。しかしながら、あの全てを見透かす蒼い瞳を持った黒竜騎士団長ヴィリバルトが強く言ったのだろう、祭に浮かれる人々の間に見える、灰色の鎧を着た騎士らしき影は、普段よりも多く見える。


「やっぱり人、多いな」


 トールが考え込んでいる間に、秋分祭(しゅうぶんのまつり)のメインイベントが行われるらしい北都の広場へと向かう人達を避けるために大通りの端へとサシャとセルジュを引っ張ったカジミールが、辺りを見回して息を吐く。


「この人混みだと、『星読み』の宿舎の屋上から眺めた方が、祭、よく見えるな」


「宿舎?」


 カジミールの言葉に反応したのは、小さくなって人混みを上手に避けていたクリス。


「北都の東側にあるんだ」


「それくらい知ってる」


 追加されたカジミールの言葉に、湖で獲れた魚を街に配達する仕事も請け負っているクリスが鼻白む。


 『星読み』の宿舎なら、『星読み』の手伝いをしているサシャも夜遅くなってしまったときには一泊することがあるから、トールもよく知っている。八都中を移動する『星読み』達が寝泊まりする、城壁と区別が付かない堅牢な石造りの建物が、北都の北東部、広場から通りを二つほど隔てた場所にある。その建物には、ちょっとした天体観測に用いる太めの塔が付属している。その塔から祭を眺めようというのが、カジミールの提案。


「広場からちょっと遠くないか?」


「だから穴場なんだよ」


 クリスの問いに、カジミールがにやりと笑う。


「行っても良いぜ」


 その笑顔に釣られたのか、クリスの日焼けした頬も上方に動いた。


「生意気な奴だな」


 そのクリスの笑みに、カジミールが吹き出す。


 クリスとカジミールは、良い仲間になりそうだ。風に揺れるカジミールの、サシャを助けてくれた『冬の国(ふゆのくに)』の人タトゥに似た薄い金色の髪と、汗に濡れたクリスの、北都の人々の中では珍しくない濃い色の前髪に、トールも小さく微笑んだ。


「セルジュも、良いよな」


「ああ」


 首だけを横に向けたカジミールに、セルジュが濃い金色の髪を揺らす。


「サシャも」


「はい」


 もちろん、トールにも異論はない。


 人混みを避けるために細い道を選ぶカジミールに、トールはサシャと共に黙って従った。

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