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2.7 思いがけない再会②

「いつ、こちらへ?」


「さっきだ」


 アランを見上げたサシャの問いに、アランが微笑む。


北辺(ほくへん)の修道院の人員の件にけりがついたから、報告にな」


 陽はまだ高いが、もうそろそろ修道院に戻るのだろう? アランの問いに、サシャが頷く。


「じゃ、今日は俺が魚持ってく」


 何故か飛び跳ねているクリスを従えて、サシャとアランは修道院へと続く緩やかな登り坂の方へと足を向けた。


 歩きながら、ぽつぽつと話してくれるアランの言葉に、耳を傾ける。


 サシャが通っていた北辺の修道院には新しい修道院長が着任し、サシャを扱き使っていたジルド師匠は副修道院長のまま留任になったらしい。サシャの幼馴染みで一緒に勉強をしていた修道士ジャンは無事に『冬の国(ふゆのくに)』へ赴き、前修道院長も秋津(あきつ)で健康を取り戻しつつあると、これはサシャのもう一人の友人グイドからの手紙にあったという。新修道院長の許で人員が一新されたので、アラン自身は北都(ほくと)で暮らすことになるらしい。


「北都には医師が少ないからな。『暇なら手伝ってくれ』と友人から頼まれたし」


 普段通りの豪放なアランの笑みに、サシャが小さく笑みを返す。おそらく、リュカのことを聞きたいのだろう。思い切って聞いてみれば良いのに。浮かんだ思いに、トールはふっと笑った。引っ込み思案は、サシャの弱点であり、……美徳でもある。


「ああ、そうそう」


 そのサシャの焦燥を見抜いたかのように、アラン師匠はおもむろに腰のベルトに吊り下げた大きめのポーチに手を伸ばす。


「リュカから手紙を預かっている」


「あ、ありがとうございます!」


 アランが取り出した、薬草の匂いが移った蝋板を受け取ったサシャの、うわずった声を、トールは楽しく聞いていた。


 蝋板の封を外し、二つに折り畳まれた蝋板を開くサシャの震える手を眺めてから、蝋が塗られた面に目をこらす。刻まれた文字は、大きく、拙い。しかしきちんと文章になっている。


「……『約束』?」


 小さく呟かれたサシャの言葉に、トールは爆笑をようやく堪えた。


 そのサシャの横から、魚が入った籠を抱えたクリスが蝋板を覗き込む。


「何、それ? 何か面白いことでも書いてあるのか?」


 しかしすぐに、興味を失ったクリスはサシャから離れた。


「この、蝋板」


 確かめるようにもう一度文面に目を落とし、そして蝋板を閉じたサシャが、大柄なアラン師匠を見上げる。


「持っていて、構いませんか」


「ああ、良いよ」


 リュカへの返信は修道院にある予備の蝋板を使えば良い。アラン師匠の言葉に、はっとしてサシャを見上げる。蝋板は、蝋部分に書かれた文字を消すことができるので、何度も再利用される。羊皮紙が高価なこの世界では便利で経済的な筆記具だが、メッセージを残すには向いていない。アラン師匠も、薬草術や医術に関する大切な物事は、薬草を突っ込んだ腰の袋に入れて常に持ち歩いているアラン自身の祈祷書の空白部分に書き記していると、北辺でアラン師匠の祈祷書をサシャと共に見せてもらったときに聞いた。


 トールの世界で作っていた、植物から作る『紙』のことを、もう一度サシャに話してみよう。博物館で見た、戦国時代の武将が和紙に書いた読めない文字を思い出す。植物から作る紙ならば、蝋板の重さは無いし、上手く保存すれば長い間、大切なメッセージを保管することができる。夕日の中にようやく見えてきた、丘の上の修道院を守る頑丈な石壁に、トールは大きく頷いた。

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