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1.41 砦に潜む想い③

 再びの、扉が軋む音に、顔を上げる。


 いつの間にか薄明るくなっていた空間に居たのは、怒りと共に去ったはずの影。その影の持ち主、この砦の隊長であるセレスタンは、トールの側に持っていたランタンを置くと、再びサシャが眠るベッドの脇に突っ伏していたユーグの肩を優しく揺すった。


「あ……」


 目を擦るユーグの横に、セレスタンとは違う恰幅の良い影が並ぶ。


「セレスタン様。……アラン師匠」


「ユーグ殿」


 新たに入ってきた影、アランを確かめてから、セレスタンはユーグに頭を下げた。


「疲れているところ済まない。だが」


 アランが処方した薬が効いているのか、あれだけの騒ぎがあっても、そして今も、サシャはこんこんと眠り続けている。そのサシャの、汗の浮いた額に張り付いた白い髪を見やってから、セレスタンは小さく口を開いた。


「サシャのことで、アラン殿にも聞いてほしい話がある。サシャの父親のことを、アラン殿に話しても構わないか、ユーグ殿」


「はい」


 躊躇いなく頷きを返すユーグに微笑んだセレスタンが、今度はアランの方を向く。


「セレスタン隊長」


 形式的に軽く頭を下げたアランが顔を上げると同時に、セレスタンは、先程のユーグの告白を掻い摘まんでアランに説明した。


「私には、従兄のオーレリアンの面影を、この者に見ることはできなかった」


 話し終え、眠るサシャを再び見下ろしたセレスタンの口から、小さな言葉が漏れる。


「しかしウスターシュには見えたのだろうな、……自分の罪が」


「でしょうね」


 セレスタンの言葉に、アランが大きく頷くのが見えた。


 だが。


「サシャが、オーレリアンの息子なら」


 言葉を切ったセレスタンの、唇の震えに、かつて感じたトール自身の震えを思い出す。セレスタンの顔色は、……トールを殴った時の、サッカー部の先輩が見せた表情に、酷似していた。


「私は、リュカが神帝(じんてい)候補に選ばれたことを誇りに思っている。……『他に適任者がいる』と『星読(ほしよ)み』が言っていても、候補に選ばれたのはリュカだ」


 悪い予感に震えるトールの前で、言葉を切ったセレスタンが再び、アラン師匠の方を向く。


「アラン。この者を、北都(ほくと)の学校にやってくれぬか」


 セレスタンの表情は、見えない。しかし思いがけない言葉に驚くユーグの顔は、はっきりと見えた。


「費用は全て私が持つ。だから、……できるだけ早く」


「分かりました」


「あの、……良いのですか?」


 セレスタンの言葉に微笑んだアランの声に、戸惑いを含んだユーグの声が混ざる。


「ああ」


 ユーグの方を見たセレスタンの顔色は、トールの震えを止めるには十分な明るさを持っていた。


「ありがとうございます」


 思わぬ展開に考えがまとまらなくなってしまったトールの耳に、明るくなったユーグの声が響く。


「サシャは、喜ぶと思います」


「なら良い」


 頭を下げるユーグに頷くセレスタンの動作も、どこか明るい。


「では、明日出立できるよう、準備いたします」


 そう言うと同時に、アランが部屋を出る。そのアランと、やはり微笑んで部屋を出るセレスタンの後ろ姿に、トールの頭の中は疑問符でいっぱいになっていた。何が何だか分からない。だが。……『もっと勉強したい』という、サシャの願いは、多分、叶っている。その点は良かったと、心から思う。眠り続けるサシャを見つめ、トールは大きく微笑んだ。

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