1.39 砦に潜む想い①
柔らかいベッドに埋もれたサシャの、少し荒いがそれでも規則正しい寝息にほっと息を吐く。
あの卑劣漢テオから受けた深手に気を失ったサシャを、砦の中のこの小さな部屋に運び込んでくれたのは、砦の隊長、リュカの母セレスタン。そのセレスタン隊長が迅速に呼び出したアラン師匠の、バッサリと斬られたサシャの背の傷を破れた布のように縫い止めるという、トールには乱暴としか思えなかった手当が良かったのか、サシャはちゃんと寝息を立てて、……生きている。そのことに、サシャが眠るベッド側の腰棚に置かれたトールはほっと胸を撫で下ろした。
同時に、自責の念が胸を過る。あの時、リュカを砦に送っていくよう、気安く言わなければ、サシャはこんなひどい怪我をせずに済んだ。怪我をさせたのはあの卑劣漢だとしても、サシャが今、苦しんでいるのは、……トールの所為。
「痛み止めが、きちんと効いているようだな」
後悔に沈むトールの耳に、サシャが眠るこの小さな部屋に入って来たアランの声が静かに響く。アランの声に、アランと共に砦に来、今はサシャの側に座ってサシャを見守っていたサシャの叔父ユーグの首が、薄暗がりにゆらりと動いた。
「あのテオの奴は、明日、足の腱を切った上で森に放逐になるそうだ」
ユーグの青白い顔を見下ろしたアランが、鼻を鳴らしてにやりと笑う。
「ま、狼に食われるか、寒さですぐにくたばるだろうさ」
とりあえず、サシャに対する脅威は去った。アランの言葉に背筋の震えを覚えながらも、ほっと安堵の息を吐く。しかしそのトールの横で、再び眠るサシャを見下ろしたユーグの瞳は、憂色を崩していなかった。
「隣に部屋を用意させた。少し休め、ユーグ」
アランの言葉に、ユーグはサシャを見つめたまま首を横に振る。そして。
「あの、アラン師匠」
再び顔を上げ、アランの方を向いたユーグの口から漏れたのは、トールには思いがけない言葉だった。
「サシャを、修道院に戻すことは……」
「今は無理だな」
サシャの傷口は、縫っただけ。塞がっているわけではない。ユーグの言葉に目を大きく見開いたアランが、大きく首を横に振る。
「ここの方が暖かいし、食事も旨い。人手もあるから手厚く看病できる」
トールも思考した言葉を紡ぐアランに、今度はユーグが、小さく首を横に振って俯いた。
何か心配なことでもあるのだろうか? サシャの叔父ユーグの暗い顔色に、身震いを覚える。
「少し落ち着いた方が良い」
一方、トールと、トールの側で眠り続けるサシャと、そのサシャを見つめ続けているユーグを見下ろしたアランは、唇を引き結んでユーグから一歩離れた。
「何か、温かい飲み物でも、もらってこよう」
その言葉を残し、アランが部屋から出て行く。
その後に残った、どこか冷え冷えとした暗い空間に違和感を覚え、トールは全身を大きく震わせた。




