1.37 夕刻の襲撃①
その日の、夕刻。
「お迎え、来ないですね」
トールはサシャと共に、修道院の玄関で、砦から現れるはずのリュカを迎えに来る兵士を待っていた。
「雪、降るかな?」
リュカの言葉に、サシャと共に空を見上げる。風に煽られた厚い雲が、次々と空を横切っている。今は曇りのままだが、風が強いから、雪が降ると吹雪く可能性がある。この世界に来てから何度も見た、トールが暮らしていた場所より細かく乾いた雪を思い出し、トールの全身は大きく震えた。あの雪が吹雪いたら、どうなるのだろう? ニュースで見た『ホワイトアウト』のようになるのだろうか?
「お迎え、来ないねぇ」
震えを覚えたトールの横で、リュカの、のんびりとした声が響く。
砦の中は、母の従兄だという人以外はいつもせかせかとしているらしい。リュカの言葉に、トールは首を傾げつつ頷いた。そういえば、リュカの母の砦への赴任は急に決まったと、今は療養中の修道院長と共に秋津の国に赴いているグイドも言っていた。その件に関するごたごたが、一月以上経った今も片付いていないのだろう。
「ねえ、サシャ」
不意に、サシャと同じように空を見上げたリュカが、サシャの方を向いて笑みを浮かべる。
「一緒に、砦に来て!」
「えっ?」
良い提案だとにっこりするリュカの言葉に、サシャの鼓動は一瞬だけ、止まった。
「お母様にも、サシャのこと、紹介したいし」
「で、ですが……」
リュカの提案は、良いかもしれない。戸惑いを見せるサシャに、昼間見た二人の師匠の諍いを思い出す。特にジルドには、サシャを逢わせたくない。しかし問題は、二つ。
「叔父上から、修道院から出てはいけない、と、言われて」
「テオ、っていう人のことでしょ」
サシャの躊躇いに、リュカがにっこりと笑う。おそらくアラン師匠辺りから事情を聞いているのであろう。トールはそう、見当を付けた。
「大丈夫。お母様は強いもん。サシャのこと、ちゃんと守ってくれる」
万が一、吹雪で砦に泊まることになっても、砦の隊長であるリュカの母の庇護下にあれば、リュカの母の部下であるテオはサシャを襲うことができない。途方に暮れた紅い瞳でトールを見たサシャに、一言で返す。ユーグ叔父の言いつけを破ることを気にするのであれば、リュカを砦まで送って行った後すぐに、リュカの母に頼んで兵士を一人付けてもらって帰ってくれば、サシャが外に出たことをユーグには知られずに済む。
[とにかく、リュカ一人で砦に帰らせるわけにはいかないんだろう?]
背中を押すトールの言葉に、サシャがこくんと頷く。
「分かりました」
リュカに向かって、サシャは小さく、頷いた。
「私が、送っていきます」
「やったぁ!」
サシャの言葉に、リュカがぴょんと飛び上がる。
風に飛ばされそうになっていたリュカのマントとフードを直すと、サシャはリュカの小さな手をそっと掴んだ。




