1.32 思いがけない否定④
サシャが身体を洗ってから、アラン師匠と共に森の聖堂へと戻る。
「アラン師匠」
サシャの後ろに居たアランを見て、ユーグの顔は即座に色を失った。
「サシャと共に修道院に来てくれ、ユーグ」
絶句するユーグ叔父に、アラン師匠は簡潔な結論を示す。
このところずっと病気で伏せっていた修道院長の療養先が、北向の国の下流に位置する秋津の国の修道院に決まった。修道院長の甥のグイドは修道院長に付いて行くため、ただでさえ足りない修道院の人手が更に足りなくなってしまう。サシャとユーグを修道院に移したい理由を、アランは修飾語を交えることなく述べた。現在サシャとユーグが暮らしている森の聖堂は、春から『冬の国』に行く予定の、ドニの息子ジャンが、冬の国での孤独に慣れるために一人で管理することになったことも。
アランの言葉を、サシャと共に呆然と聞く。どうなるのだろう、不安からか、早くなったサシャの鼓動を、トールは自分のこととして聞いていた。
「君が森の外に出たくない理由は、理解しているつもりだ、ユーグ」
視線を下に落とし、義足であるユーグの右足を見つめたアランが、再び視線をユーグに戻す。
「しかし修道院には人手が必要だ」
そしてアランは、今度はサシャの方を見た。
「サシャには、母と同じ道を歩むための学習が必要」
「分かっています」
俯いたユーグが、サシャを見、そして再びアランを見る。
「修道会の決定に従います」
ユーグがアランに頷きを返すまで、長い時間が掛かった気がした。
「一つだけ、お願いがあります」
明らかにほっとした表情を見せたアランを、ユーグが真剣な瞳で見つめる。何を、頼むのだろうか? 思わず身構えたトールの耳に入ってきたのは、意外な言葉だった。
「サシャを、修道院から一歩も出さないでください」
「え?」
アランにも、ユーグの言葉は意外だったのだろう、先程までは滑らかに動いていた唇が、開いたままで止まる。
「分かった」
だがすぐに、アランはユーグに頷きを返した。
良かった。決まったことに、ほっとする。何はともあれ、これでサシャは、修道院で好きな勉強ができる。
定位置であるエプロンの胸ポケットからそっと、サシャの表情を確かめる。アランとユーグの決定を聞いたサシャの頬は、確かに、普段の色を取り戻していた。




