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1.25 眠る日々

 サシャの熱がすっかり下がるのに、八日ほど掛かる。


 その間に、冬至祭(とうじのまつり)の日はさらりと過ぎ去っていった。


「『冬至祭』の方は、滞りなく終わったさ」


 サシャがきちんと準備してくれたおかげでね。毎日のように見舞いに来たグイドの、軽口じみた報告に、ほっと胸を撫で下ろす。


「伯父上……じゃなかった、院長先生の具合も、ジルドの奴が大げさに騒いでるだけだし、サシャはゆっくり休んでれば良いさ」


 サシャが眠るベッドの側で話される、あくまで明るく響くグイドの言葉と、その言葉に頷くユーグに、トールはサシャの代わりに頷いた。


「アラン師匠も、サシャの熱は酷くなることはないだろうって言ってたし」


 続いてのグイドの言葉に、少しだけ、首を捻る。医術と薬術を嗜むアラン師匠は、サシャが熱を出した次の日の午後、慌てた様子で来てくれた。おそらくその日の朝にユーグが作成した細工物を取りに来たグイドがサシャのことをアランに伝えてくれたのであろう。その時は「また来る」と言っていたが、その日から顔を見ていない。


「でも、なんかいきなり砦の隊長さんが変わったんで、アラン師匠もジルド師匠もそっちのほうでばたばたしてるし、サシャはしばらく修道院に行かない方が、面倒が無くて良いんじゃないかなぁ」


 トールの疑問を解いたのは、グイドの言葉。


「砦の隊長が、変わるのですか?」


 グイドの言葉に、ユーグの声が懸念を帯びる。おそらく、サシャにつきまとうテオのことを憂慮しているのだろう。サシャの方に視線を移したユーグの、唇の震えを、サシャが眠るベッド横の腰棚から見上げる。今は膝から下が無い、ユーグの右足は、昔、修道院へ通う途中に砦の兵士達によって叩き折られた結果であるらしい。サシャが前に話してくれたことを、まざまざと思い出す。何もしていないユーグの足を、兵士達は笑いながら叩き折った。その事件の後からずっと、ユーグは森に引き籠もっていることも。


「修道院に挨拶に来たの見たけど、若い人、だったな」


 サシャの言葉を思い出すトールの耳に、グイドの軽い声が響く。


「前の隊長さんの息子さんだって」


「前隊長は、北向の老王の第三王子でしたね」


「そう。その人の、息子さん」


 蛮族と認識されている『冬の国(ふゆのくに)』から、この北向(きたむく)の国を含む『八都(はちと)』を守るためにある『北の砦』の隊長には、北向の王族が任命される。修道院にあった地理の本にはそう、書かれていた。北向の老王の三人いる王子の内、第一王子は、老王を補佐する若王の地位にいる。第三王子の前は、今は亡き第二王子が砦の隊長を務めていたと、トールが読んだ本にはやけに詳しく書かれていた。


「若いけど、責任感が強そうな人だったから、あのテオのことも何とかしてくれるんじゃないかなぁ」


 そうだと、嬉しい。グイドの言葉に強く頷く。


「あ、あと、その隊長さん、まだ小さい息子さんがいるんだけど、その息子さんを修道院に通わせたいって」


「修道士にするためですか?」


 続いてのグイドの言葉に、ユーグが首を傾げた。


「『神帝(じんてい)候補』だから、しっかり勉強させたいって」


「勉強させたいのであれば、都の方が良いのでは?」


 疑問符を口にするユーグに、同意する。


「そこらへん、俺もよく分かんないんだけど」


 普通は一緒に赴任し、仕事を分担するはずの隊長の配偶者も、北都での仕事が忙しいということで砦には来ていないらしい。不意に小さくなったグイドの言葉に、疑問が募る。二人の内どちらが子供を孕むかが分からないため、この世界では同じ能力あるいは地位の人々で『契り』を結ぶことが多い。森の樵であるドニが連れてきた若いカップルが『契り』を結ぶ場面を見せてもらった時にサシャがしてくれた説明を、思い返す。


「噂によると、その息子さん、この間の冬至祭の少し前に『神帝候補』に選ばれたんだけど、その時に、『星読(ほしよ)み』に何か言われたっぽい」


「そういえば、『神帝候補』の選定も、普段より遅れていたそうですね」


 七つの王国をまとめる『神帝』の地位には、七つの王国より選ばれた候補が順番に就く。地理の本には、そのことも書かれていた。その『神帝候補』は、それぞれの王国出身の神帝が亡くなった時に新たに選出されると、これもトールが読んだ本に書かれていた。北向では、星の観測から様々なことを予言する『星読み』と呼ばれる者達が、神帝候補を選出する。サシャと同じ名前の神帝が亡くなったのは、今年の夏だったはず。今は冬。冬至祭の少し前に選ばれたというグイドの言葉が正しいのであれば、確かに、ユーグの言う通り、かなり遅い気がする。サシャとの関係は無いかもしれないが、『神帝候補』となっている少年が修道院で勉強しているということは、サシャが元気になったら一緒に勉強することになるということ。サシャに少しでも関係がありそうなことは、しっかりと記憶しておきたい。それが、トールの偽らざる心。


「もうそろそろ帰らないと、ジルド師匠の雷が落ちるのではないですか?」


 まだ話したそうなグイドに、ユーグが帰宅を促す。


「あ、じゃあ、また」


 サシャが治る前に、修道院の倉庫から新しいマントを探して持ってくる。石壁に穿たれた窓から太陽の高さを見たグイドは、その言葉を残し、眠るサシャを確かめてからすぐに部屋を出て行った。


「さて」


 静かになった部屋で、ユーグがサシャの髪を撫でる。


 普段はユーグが一人で使っているこの部屋は、元々は二人用の部屋であったらしく、細長いベッドが二つ、人一人が通れるくらいの間隔を開けて並んでいる。小さな工具と細工物が並ぶ大きめの机もあるから、部屋はかなり窮屈な状態だ。その、普段は使われていないベッドにあぐらをかき、ユーグは、桶に入った麻を績む仕事に取りかかった。


 時折サシャを見やるユーグの、穏やかな瞳は、トールの心も穏やかにする。


 ユーグの仕事は、修道院から預かっている鶏と蜂の世話、麻と蕎麦と豆の栽培、そして聖堂の管理と清掃。トールに教えてくれたサシャの優しい声を、思い返す。裂いた麻を繋いで一本の糸にするユーグの長い指は、トールの母方の祖父と同じくらい荒れている。修道院の仕事を真面目にこなすサシャの短い指と、同じくらい。身動きを示したサシャの、治りかけている指のささくれに、トールは小さく息を吐いた。

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