1.15 村からの来訪者②
「ああ、そうだそうだ」
聖堂の扉から身を離したドニが、掌二つ分くらいの大きさの分厚い板を懐から取り出し、扉から目を離したサシャに手渡す。
「一昨日、息子のジャンから届いたんだが、読んでくれ」
「はい」
少し重そうな板をドニから受け取ったサシャの短い指が、板に巻かれている紐を留めている赤い封蝋を丁寧に剥がす。二枚が重なっている板を開き、内側の板に塗られている蝋に刻まれた線に目を落としたサシャはしかしすぐに、輝きを増した瞳をドニに向けた。
「ジャン、帰ってくるって!」
「なんと!」
擦れたサシャの声に、サシャの後ろからユーグの驚いた声が響く。
「『冬の国』に行く許可が出たって!」
「本当か!」
文字すら知らない自分の息子、ジャンが、まさか三年で勉学を終えて、異教の国である『冬の国』に神の教えを説きに行けるようになるとは。ドニの髭が、大きく揺れる。五年は掛かると、エリゼは言っていたのに。サシャの母の名を出して笑うドニに、サシャは小さく俯いた。
「いやぁ、めでたい」
つい最近まで、七つ下のサシャと、森の中にある小さな村の大木の下にエリゼが作った青空教室で、エリゼが出した問題をどちらが解くかで争っていたのに。大きな声を出してサシャの背を叩くドニに微笑むサシャの、赤みを増した頬に、違和感を覚える。サシャは、年上の友人であるらしいジャンが勉学を終えて戻ってくることが嬉しくないのだろうか? いや、これは、『嬉しい』とはベクトルが少しだけ異なる感情。トールが、……小野寺のことで、友人である伊藤に対して小さく感じたものと、同じ、もの。そのことに気付き、トールはサシャを励ますように小さく首を横に振った。
「良かったですね、ドニさん」
ユーグの言葉に頷いたサシャが、畳んだ板をドニに返す。
頬を上気させた二つの影が聖堂から出てきたのは、丁度その時。
「ああ、そうだ」
幸せそうに寄り添う二つの影に髭を揺らしたドニが、サシャの白い髪を撫でる。
「猪の肉をユーグに預けておいたから、焼いてもらえ」
この細い身体に肉を付けないとな。そう言って再び、ドニがサシャの背を叩く。もう少し力を加減してくれ。ドニの手の下で蹌踉めいてしまったサシャの、揺れるエプロンのポケットの中で、トールはドニには聞こえない文句を言った。
「今年は猪が多すぎて、村だけじゃ消費できん」
「燻製で保存しようにも、塩が足りなくて」
唇をへの字に曲げるドニの横で、サシャと同じ名前の背の高い影が溜息をつく。
「そう言えば、今年の夏は冬の国からの岩塩売りが来ませんでしたね」
「薪はあるが、秋津国の海塩は高すぎて使えぬしな」
首を傾げたユーグに、仕方が無いと呟いたドニの声がトールの耳に響いた。
「とにかく、今度は乾いた木材と一緒に肉を持ってくるから、冬の間に新しい籠と行李を頼む、ユーグ」
「分かりました」
赤みを増した空の方へと、ドニが踵を返す。
森の中に消える三つの影を、トールはサシャと共に見送った。




