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1.12 森の中の墓所

[ところで、サシャ]


 その日の、昼食後。


 森の中の「温泉」へ向かうサシャのエプロンの胸元に新しく付け加わったポケットの中で、サシャの胸板の薄さをあらためて確認しつつ、思いついたままに尋ねる。


[昼食、豆の煮汁だけだったっぽいけど、足りるのか]


「え? ……うん」


 トールの質問に虚を突かれたような表情をしたサシャは、しかしすぐに、こくんと頷いた。


 道が見当たらない、葉を落とした太い木々の間を歩くサシャの鼓動は、あくまで平静。これが、この森のように厳しい日々が、サシャの日常なんだ。週に一度の楽しみだった、こってりとしたハンバーガーの味を、トールはそっと飲み込んだ。どちらにせよ、『本』になってしまった今のトールでは、食べることも味わうことも叶わない。


[……『温泉』って、遠いのか?]


 自分が発した質問で落ち込んでしまった思考を励ますために、サシャに別の質問を投げる。


「近くはないよ。森の奥の方にあるから」


 しっかりとした足取りを見せていたサシャは、しかしトールにそう答えてすぐに立ち止まった。


「ちょっと、待っててね」


 下を向いて小さく呟いたサシャが、枝振りの良い樹の根元に膝をつく。そのサシャの膝の先にあったのは、サシャの頭ほどの大きさの石。


[これは……]


 墓石。石の前で頭を垂れ、両手を組むサシャに、それだけを理解する。この場所に葬られているのは、もしかすると。


「母上の、お墓」


 顔を上げ、袖で目元を拭いたサシャが、予想通りの言葉を呟く。何も、言えない。一陣の風が、サシャとトールの前を通り過ぎた。


[……おや?]


 立ち上がったサシャが踵を返す前に、トールは、見えたものについてサシャに尋ねる。


[サシャ。お母さんのお墓の隣にも、墓石があるように見えるけど]


「うん」


 父上の、お墓。通り過ぎた風の音よりも小さなサシャの呟きに、頷く。


[どんな人?]


「分からない」


 僕が生まれる前に亡くなってしまったから。更に小さくなってしまったサシャの言葉に、今度はトールも頷きを返すことができなかった。


「母上は、『お父様は立派な方だった』って仰ってたけど」


 サシャの父が葬られているという墓石の前に、サシャが片膝をつく。


「……母上、それだけしか、言わなかった、から」


 瞼をぎゅっと閉じ、そして袖で再び目元を拭いて立ち上がったサシャに、トールは首を横に振ることしかできなかった。


「この木の向こうに、お祖父様達が葬られているの」


 ゆっくりと、サシャの身体が大木を半周する。


 確かに、サシャの頭と同じくらいの石が、大木の根元に幾つか置かれているのが見える。大木から少し離れた場所にも。その、大木から離れた場所にある幾つかの墓石の上に落ちていた枯れ葉を、サシャは小さな手で優しく払い落とした。


「ここには、森で亡くなった人達が葬られているから、大切にしなさい、って、母上が」


 跪きはしなかったが、それでも両手をしっかりと組み合わせて俯くサシャを、見つめることしかできない。何故『本』なんかに転生してしまったのだろう? 何度目かの問いが、トールの胸を風のように通り過ぎていった。

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