第六話 神魔皇、魅了する
リドルの街にある冒険者ギルドの支部は、世界中に数ある支部の中でも比較的歴史のある建物を使用している。
かつての英雄、ファルタスが登録したのもこの支部だといわれている。
その伝説にあやかり、冒険者になりたい若者たちはこぞってこの支部で冒険者登録をするのだ。
ファルタスのおかげで今日もリドル支部は大忙しだ。
冒険者ギルドの職員の仕事は素材の買取や依頼の受発注業務に、新人冒険者の指導――と、多岐にわたる仕事内容なのだが、その中でも一番大変なのは受付嬢だろう。
「はぁ……」
冒険者の波が途切れたのを見計らって大きくため息を吐いた16歳の少女、リリーも受付嬢の一人だ。
いつも笑顔を絶やさずに業務にあたってきたリリーが浮かない顔をしていたので、もう一人の受付嬢がリリーに声をかけてきた。
「リリー、何かあったのかい? さっきの冒険者は粗相をしていなかったように思えたけど……ハゲてはいたけどね」
ハゲているとアメリアになにか不都合があるのか、とリリーは思うが突っ込む気力もなかった。
「アメリア……違うのよ……。確かにマイクさんはハゲてるけれど、それでため息を吐いた訳じゃないのよ」
リリーは声をかけてきたアメリアのほうへと向き直る。
二人は同期でなんでも話せる間柄だ。
「へぇ、ならどうしたんだい? ……ああ! またあのクソ上司にセクハラでも受けたんだろ。アタシがぶっ飛ばしてやろうか?」
アメリアが鼻息を荒くして腕まくりを始めたので、あわててリリーは撤回する。
アメリアはこう見えて銀級の冒険者だったことがある。
下から鉄、銅、銀、金、白銀、皇金……と冒険者ランクがあるのだが、銀級の腕っぷしは一般人を相手にするには十分すぎるのだ。
「違うわ。アメリアが一発ぶん殴ってくれたおかげで、もうジョンソンさんはおしりを触ってこなくなったもの」
じゃあどうしたんだい? といいたげな顔になったアメリアだったが、ほかに思い当たるものがないか思案顔になった。
また見当はずれなことを言われる前にリリーは気になっていることを言うことにした。
「リーエルさんのことが気になっているのよ……」
「……あの娘のことか。あれは本当にタイミングが悪すぎたね……アタシでもどうしようもなかった」
そう、三日ほど前にパーティーを探していた少女、リーエル。
「初心者を連れていけるパーティーがちょうどいなかったのもあるけれど、もっと私たちでどうにかできる案件だったはずよ。そうすれば彼女をあの危険な森に行くのを止められたかもしれない……」
初心者冒険者にたまにいるのだ。
功を焦って身の丈に合わない狩場にいく人間が。
それを止めるのが冒険者ギルドの受付嬢という存在のはずなのだ。
だが――彼女はとことん運が悪く、タイミングが悪かった。
初心者と組める冒険者たちはすでに四日間はかかるクエストに出払ってしまっており、リドルの町周辺の常駐冒険者は日銭をかせぐことで精いっぱいな者たちばかり。
せめてあと二日待ってくれれば手配できたかもしれかった。
「……ジョンさんがギルドが出した捜索依頼を受けてくれている。運が良ければ五体満足とはいかないかもしれないけど、命は助かるかもしれない。歯がゆいのはわかるけど……アタシたちにはそれしかできないんだよ」
「それは分かってはいるのよ……。でも――」
どうしても割り切れないものがある。
あの少女は特別にかわいい少女だった。妹に欲しいくらいの可愛い女の子だったのだ。
冒険者というのは楽な仕事でも、安全が保証されている仕事でもない。
強姦などの犯罪に巻き込まれて殺される――などということが珍しくないのだ。
いかにギルドカードが万能とは言え、抜け道は確かに存在する。
それを想うと、リリーは憂鬱でたまらなくなった。
再度ため息を吐いて下を向いた。
ちょうどその時、入り口のあたりが水を打ったように静まり返った。
「……ん? どうしたんだろう」
急激な空気の変化に、周囲の冒険者たちも入り口のあたりを食い入るように見つめていた。
静かになった人だかりの向こう側で声がした。
「ごめんなさい。道を開けてくださらないかしら?」
その一言で人の波が割れ、入り口から一直線にカウンターまでの道が開けた。
そして――リリーとアメリアもその二人の姿を見て息を飲んだ。
装飾が施された豪華でありつつもきわどい衣装に身を包んだ、この世のものとは思えない美貌を誇る美女。
そしてその横に並び立つは、蒼のドレスアーマーを着こなす可憐な獣人の少女。
持っている得物も相当のものだ。
魔法使いとは思えないほど大きな杖、そして先端にはめ込まれた宝石は溢れんばかりの力を放っている。
少女の剣もそうだ。纏っている魔力の量が尋常ではない。高位の冒険者でもまずお目にかかれない国宝級の代物だろう。
特に杖を持った美女の立ち居振る舞いがすでに冒険者ではなく、別の世界の住人のように上品だ。
王族や神と言われても信じてしまいそうなくらい。
(なんなの……? まさかギルド長の知り合いか何かだったり……)
そのリリーの想像は間違っていた。
二人が目の前に立つと、リリーは蒼いドレスアーマーの少女を見て驚きに目を丸くした。
なんと、件のリーエルだったのだ。
であれば隣に立つこの女性の目から見ても色っぽい女性は誰なのだろうか。
(綺麗すぎて目が離せない……というか、なんでリーエルさんがこんな女性と一緒にいるの? 見た限り、やんごとなき身分の方に見えるのだけれど……)
一体彼女になにがあったのだろうなどと考えて一瞬止まってしまったが、彼女は冒険者。
ならばこちらが対応する言葉はマニュアル通りに相違ないはずだ。
瞬時にリリーはそう判断し、ぎこちないながらも笑顔を作る。
「無事で何よりです冒険者様。今日はいかがナサイましょうカ?」
ものすごく緊張して声が少し裏返った。
「ふふっ、そんなに緊張しなくてもいいのよ受付嬢さん? 私は冒険者登録をしにきただけなのだから」
(冒険者登録!? 嘘でしょ、貴族みたいな人がこんなに危険な場所に来るなんて……!?)
内心ひどく狼狽えてしまったが、すかさずアメリアがフォローに入る。
「では、わたくし、アメリアが登録を承りました。所属はリーエル様のパーティの一員としてということでしょうか?」
「ええ、そうなの。エルちゃんが可愛くてついナンパしちゃった☆」
「セ、セラさん! そういうのは後にして早く登録だけしちゃいましょう!」
リーエルもなぜかすごく狼狽えているが、リリーほどではない。
リリーはもう目の前の美女に魅了されたかの如く、棒立ちになって見つめることしかできなかった。
相方がダメだと瞬時に判断したアメリアはセラと呼ばれた美女の対応を最後まですることにした。
「で、では、登録に際し魔力量などを計測いたします。こちらの水晶に手を――」
冒険者ギルドの登録は簡単だ。
実技試験などはない。
ただ単にステータスを読み取るために水晶に手をかざしてもらうだけだ。
透明なガラス玉を取り出して美女の目の前に置く。
「ふぅん……なるほど、面白いものを考えたんだねぇ。……こうすれば大丈夫かな」
美女は独り言のように小さく何事か呟きながら手をかざした。
すると――推奨が淡く光り輝き、測定をすんなりと終えた。
登録は滞りなく行えたようだ。
アメリアは水晶がはめ込まれている魔道具から発行された冒険者証を確認した。
――――――――――
名前:セラ
種族:魔法使い
年齢:非公開
体力 F-
魔力 測定不能
物理 F-
魔法攻撃 測定不能
魔法耐性 測定不能
敏捷 F-
――――――――――
今まで見たこともないほど怪しい冒険者証がそこにはあった。
アメリアはわけも分からず一瞬顔を顰めたが、出てきてしまったものは仕方がない。
明らかに「異常」な冒険者証なのだが、水晶が認めてしまった以上、受付嬢であるアメリアがどうこうすることはできないのだ。
「セラ様。こちらが冒険者証です。お受取りください」
「ありがとう。ふふっ、エルちゃん。これで私も正式に冒険者よ!」
満面の笑みで怪しい冒険者証を受け取ったセラはリーエルを思い切り抱きしめた。
むにゅん、と顔がおっぱいに埋まるリーエル。
「おめでとうございまふぅぅぅ///」
そんな二人の姿を少し引きながら見ていたアメリアだったが、まだ説明事項が残っているので話を続ける。
「ランクは鉄、銅、銀、金、白銀、皇金とございますが、初めは鉄級からとなります。ランクの基準は、依頼を受けた数とその相当ランク、そして依頼の達成率でギルドが判断します」
その他諸々の注意事項を話すと、素直に頷くセラ。
アメリアは安堵していた。厄介ごとの匂いがしていたが、平和に終わりそうだからだ。
「ふぅん……エルちゃんの言っていたのと同じね。大体分かったわ」
「それは何よりでございます。他にわからないことはありませんか?」
「大丈夫よ。アメリアちゃん丁寧にありがとう。また明日よろしくね☆」
セラがウィンクをキメた。
その瞬間、隣に並んでいたリリーがあまりの胸キュンで倒れ伏し、アメリアは深くにも頬が熱くなってしまった。
相手は同じ女性なのに、なぜこうも胸が高鳴るのか。アメリアとリリーは同じ疑問を抱いた。
そうしてセラたちが外に出ようとした時、冒険者のパーティーが入り口から入ってきた。
中堅冒険者、マックスのパーティーだ。
アメリアは嫌な予感を覚えた。マックスのパーティーは腕は立つのだが、気性の荒いものが多いのだ。
そんなアメリアの嫌な予感は――的中する。
「おぉ? 鉄級ってことは初心者だな嬢ちゃんたち? どうだ、俺達の女にならねぇか。なに、悪いようにはしねぇよ。報酬だって分けてやるよ」
マックスのパーティーの中で一番若い男、ゲレスがセラとリーエルの前に躍り出たのだった。