ツヴァイの課題
「…………ゆうしゃ?」
「はい、魔王様が負ける可能性はありませんが、城が破壊されたりするのでアカネ様には危ないのです」
なのでお部屋に戻りますよ、と手を引かれる。
名残惜しげにビニールハウスを見てから大人しくツヴァイに手を引かれ城に戻るアカネ。
「魔法で戻らないの?」
「僧侶の類いがいると思われるので無闇に力を使うと場所が知られてしまうのですよ」
「へえ、仮にも勇者パーティーなんだね」
そんな呑気に相槌を打ったアカネを、ツヴァイはなんとも言えぬ表情で見下ろした。
それに気付いたのか否かアカネがツヴァイを見上げれば、ツヴァイはいつも通り笑顔でアカネを見ていた。
「………………ツヴァイ?」
のも、束の間で。
感情を含まぬ顔でツヴァイは手を解き、アカネの問い掛けに反応せず、その場から消え去った。
「ううん……?」
嫌われたのだろうか、と首を傾げた。
先程まで普通な感じだったのに、ふと目を離したらいなくなったのだ。一人で部屋まで戻れるとはいえ、勇者パーティーが来てるらしい中を一人で歩きたくない。
「勇者様!あそこに幼い子が!!」
どうしよう、と思案していたアカネの耳が拾ったのは少し耳障りな高い声。
いつフラグを立てたっけ、とアカネは遠い目でこれから来るであろう災難を想像する。
吐き気がした。
「キミ、こんなところにどうしたの?お父さんとお母さんは?」
爽やかな、声音。
鮮やかな金と、一寸の曇りも帯びない澄んだ青い眼差し。
ああ、勇者だな、とアカネは悟る。
そしてこの世で一番嫌いな系統の人間だとも。
「…………お父さんも、お母さんも、いなくなった」
「なんだって!?」
明確に冴えていく頭で、アカネは一つ面白いことを思い付く。
舞台に花を添えるように、この勇者を私がノアールの元へ連れていけば、余興くらいにはなるかと。
「むらが、おそわれたの。そしたら、ここにいた」
「くそっ!こんな小さい子まで!!」
びくっとあからさまに肩を跳ね上げ、潤む赤目で勇者を見つめるアカネと、何か決意したような色を灯す勇者。
脳内は正反対のことを考えていても表に出すのは如何にもないたいけな幼子の姿。
同じ立場なのに、天野りつとは全てが違う彼女を思い浮かべて、思い出して、庇護欲をそそる笑みを作る。
「勇者様が、助けてくれるの?」
天使のように清らかで、どす黒くて、けれども美しいその微笑みに勇者は陥落し、勿論だよ、とアカネの頭を撫でた。
触らないで、と言いそうになった自分の口を閉じ、ありがとう、と代わりの言葉を吐いて。
「ごめんね、本当は直ぐにでも帰してあげたいんだけど……」
「ううん、勇者様の役に立てるならわたし頑張るよ」
「ああ、なんて可愛いのリンちゃん!!」
「こんなに良い子に何をしようとしていたんだ……!」
「リン、これも食え」
「…………」
アカネの魔王がいる所を知ってる、その一言で勇者パーティーに着いていくことになった。
そして現在、申し訳なさそうな勇者、天使を被るアカネ(偽名でリンと名乗った)、アカネを崇める変態な僧侶、憤る女戦士、何故かお菓子ばかり与えてくる武道家、無口なシスターという構成で屋敷を歩いている。
「それにしても、魔族が一匹も出てこねえな」
「そうだね…………少し変だ」
餌付けする女戦士は歩き出して数十分、けれども一向に魔族が出てこない様を訝しみ、周りはそれに同調。
それは私のお陰だと思います、とは言えないアカネは無邪気にお菓子を食べる幼女を演じる。
「ここだよ」
そうして暫く、アカネは一つのドアの前で立ち止まった。それは以前、ツヴァイに教えられた取っ手で判断しただけのホールだが、なんかノアールの気配がするからここだろう、とアカネは踏んでいた。
「ここが……!みんな、行くよ、いい!?」
「はい!」
「ああ!」
「おう!」
「…………」
勇者が声を上げ、士気を高めた所で女戦士と武道家が扉を開けた。
「………………え?」
困惑、だろうか。
それもそうか、とアカネは一人納得し、一瞬で頭と胴体がおさらばした二つの身体を眺める。
「う、うあああああ!!」
「勇者様!!」
愚かな、と、聞こえた気がした。
けれども、勇者は殺さず僧侶だけ殺めている所だけ性格が悪い。
「アカネ、散歩は楽しかったか?」
「ん、いや、つまらなかった」
げし、と先程まで可愛がってくれていた二つの身体を踏みつけ、蹴飛ばし、答えた。
「りん、ちゃん……?」
「特に勇者はくそほどつまらなかった」
天使など脱ぎ捨て、悪魔に堕ちるように、ただ嗤うアカネ。
魔王よりも先に目の前の幼子を殺めんと剣に手を伸ばすが、その行動は叶わない。
「ああああああっ!!」
利き手は見事な切り口で、おさらば。
最初に見たときの面影さえ無いその濁った眼差しを、私に向ける勇者。
「私は悪くないわ。だって、力も無いのに魔王に挑んだ貴方が悪いのだもの。空気なシスターが死んだのも、変態な僧侶が死んだのも、餌付けする武道家が死んだのも、優しい女戦士が死んだのも、ぜんぶぜんぶ、貴方のせい。
力が無いから、弱いから、貴方の大切なモノは無くなっていくのよ?」
慟哭。
言葉にならない咆哮がして、私に迫る光輝く剣。
そうか、これが聖剣ってやつか、と呑気には感心するものの、一切殺されるはと思わない。
「あっ……?」
「娘に手を出すのはあの世に行ってからにしろ、勇者」
後ろには、パパがいるのだから。
行ければな、と、我が父ノアールは再び勇者の腕を切り飛ばす。
聖剣を握ると腕が復活するのかあ、と、その様子を見て思う。
「覚醒した勇者か……久々に、楽しめるか?」
黒炎を纏って、綺麗な顔を歪ませて楽しむ姿は、一方的な蹂躙。
聖剣を握って回復する勇者を殺さない程度に殺して、立ち向かって来る度に殺すノアールと勇者の戦いを、そう言わずしてなんと言うのだろうか。