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魔王の娘はダンジョンマスターです  作者: ゆき
いち、魔王だと知ったのは娘になった後です
1/21

プロローグ

とても殺風景な部屋で、その女は眠っていた。


十五畳程の部屋。そこにはソファーとテーブル、他に目につく家具は無いと言ってもいいくらいには物が無い。


唯一、ソファの下に散らばっている本だけが、生活感を少しだけ表している程度。


「…………朝か」


白いカーテンから漏れた光でその女は目を覚ます。それはいつもの習慣であり、目覚ましなど一切掛ける必要が無いくらいには、女には習慣付いているもの。


女性の平均身長より少しだけ高く、漆黒といっても過言で無い長い髪、気だるげに薄目を開けているところから覗ける瞳もまた、黒い。そしてそれを更に際立たせる一因として、その女の整った容姿。


髪とは一転して白い肌、すらりと伸びた手足に控え目と言うのには少し語弊が生まれる胸部、極め付きはその、顔立ち。


はっきりした二重瞼から、すっと通った鼻筋を駆けて落ちていけば薄い顎、その中間にある唇は薄く、健康的に血色感を宿す。


何処か人間離れしたその容姿は否応なしに人目を惹き、当然妬みの対象である。もし彼女が昔から年相応に幼く、愛嬌があればまた結果は違ったのかもしれないが、彼女にはそんなもの一切存在しなかった。


寧ろ、何故自分より劣る存在に媚びへつらわなければならないのかとさえ、思っていたのだから。


「二十五の誕生日ね。誰も祝ってくれる人間なんていないけれど、一応おめでとう私」


テーブルの上に置かれたカレンダーを手に取り、そういえばそうだった、と思い出した風に自分を祝った。


折角なら夕方、仕事終わりにケーキでも買って帰ろう、と彼女は思いつつ。



しかしそれが叶うことは無かったと彼女が知るのは、その夕方のことである。




雨が降っていた。結構な勢いで。


朝、天気予報を見たときには雨が降るとは言っていなかったから、彼女は傘を持っていなかった。会社を出てコンビニ行ったらケーキと一緒に買おう、そう思って、彼女は会社から帰路に就こうとしていた。


「天野」


さぁ行こう、と会社から出ようとしたその時、余り聞きたくない声が彼女を呼び止める。一応上司に当たる人間を無視する訳には行かず渋々、と彼女は振り返った。



「おまえがわるいんだ」



どすっ、と、腹部に強烈な衝撃。


なんだろう、と思って腹部に手を当てれば、ぬめりとした感触。


次いでやってくる感じたことの無い鋭い痛みに、ああ、刺されたのか、と実感する女。


「お前が悪いんだ!ぼ、僕の誘いを断るから!!」


流石に膝が折れて地面に倒れても、女を刺した男はその様子を目に映していなかった。あるのはただ自分が見下されたときに感じた感情そのままに、女を刺してやった、自分は悪くないという自己肯定だけ。



雨が降っていた。


それは身体に宿す血を体内から地面へ、そして何処か遠い場所へ流す、船みたいだった。


死ぬことを悲しいとは思わず、刺されたことを恨む訳でも無く、ただ女は自分を刺した相手を見上げていた。


警備員に取り押さえられ、喚く豚…………いや、豚に失礼か、と女は霞掛かってきた頭で考える。


ああ、死ぬんだな、ケーキ、食べれなかったな、そうやってどうでもいいことを考え付くした結果、女の意識は不意に闇に沈んでいった。







「…………はて、ここは何処だろう?」


女は再び目を覚ます。 


それは本人にしては決して望んだことでな無いのだが、瀕死だった女は再びこの世に生を得た。が、どうも見覚えの無い部屋だった。


やけに豪奢で、精緻で、素人目に見ても相当高い家具。自分が寝かされていたベッドだってふかふかで、でも沈み過ぎないという適度な弾力を保つ。


故に、女は戸惑っていたのだ。


しかし、女を戸惑わせた原因はそれだけで無い。


先程自分が発したと思われる声が、やけに高かった気がするのだ。まるで、子供のように。


まさか、と恐る恐る自分の手に視線を落とした。


ふっくらと、白くて、大人のそれとはまるで違う柔い手。握れば折れそうで、けれども拳を作ろうとしてみれば思ったことをそのまま反映する。


そう、それは紛れもなく、自分の手だった。


「起きたか?」


微かに震える身体に、ふわりと毛布のような何かが掛かる。


なんだろう、と思って顔を上げれば、生前の自分でさえ隣に並べば劣るだろう、そう思う程に人外染みた男がいた。


「ええ、っと、ごめんなさい、どちら様ですか?」

「ノアールだ」

「ノアールさん、あの、ここって何処ですか?」

「魔王領にある魔王城だ」


ノアール、と名乗った男は齢五つ程の娘が話す言葉に軽く驚きながら、問い掛けられた質問に答えていく。


一方女…………というよりは幼女になってしまった女は、ここは昔ネット小説で見たファンタジーか何かなのか、と卒倒しそうになる。しかも自分がいるのは魔王城、明らかに人間側では無い。


「さて、小娘。お前の質問には答えてやった、故に、お前にも答えてもらおう………………お前、どうやってここに来た?」

「知りません」


剣呑な眼差し幼女に向け、ノアールは問い掛けた。


しかし女がそれに怯むことは無く、ただ一言返した。その答がノアールの予想していたモノとは丸っきり違った為、その場には沈黙が流れる。


「知らない、とは?転移魔法か何かで来た訳では無いと?」

「さっぱりわかりません、知りません、気付いたらベッドにいました」


嘘ではない。


ここに来たプロセスは知らないし、かといって昔は成人女性で死にかけてここに来ました、と言っても到底信じてもらえないのはわかっていた。


だからこそ、女は子供の幼稚さで知らぬ存ぜぬを突き通すことにした。


「黒髪、赤目……察するに村の連中が忌み子が生まれたと贄に出してきたか?にして賢すぎるような気もするが……?」


ほら、勝手に勘違いした、と幼女が内心ほくそ笑んでいると、聞き捨てならないことを耳にした。


()()()()の忌み子。


生前は純日本人らしい黒髪黒目だった。それが、何故赤目に変化するのだ。


「ふむ、まぁ、魔王領の庭でぶっ倒れてたんだ、何かの縁だろう」


幼女の思考が目の色に侵食されているとき、ノアールは幼女も想像していなかったことを口にした。



「お前、俺の娘になれ」

「…………よろしくお願いします、おとうさん」


一瞬思考は止まったものの、何も知らないこの身体で外に出るのは危険すぎる、という極普通の判断から、ノアールの言葉を飲んだ。


「ん、名前が必要だな、俺的には愛を込めてイミゴと呼んでも構わないが、キュロス辺りがうるさいだろうからな…………お前の赤は、綺麗だから、アカネ。朱色の音で、アカネ。お前が俺と会ったことで明るい道に進めるかは分からないが、アカネ。そう名乗れ」

「アカネ……大切に、頂きますね。」


名を貰って、漸くアカネに笑顔が浮かぶ。

ふわりと、それは花が咲いたように可愛らしく、ノアールも釣られて笑みを湛える。


仮初めでも構わないとアカネは笑う。どうせ誰かの気紛れで手に入れた望まぬ人生でも、娘になれと言った人がいる。


ならばその人の為に生きてみようとアカネは決めた。 


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