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第八話 不法侵入



 売人からクスリの保管場所を聞き出した我々はそのまま休む事無く工業区へと急ぐ。工業区は大抵同じ業種で固まっているので繊維系の区画を探せば目的の紡績工場は比較的容易に見つかる。

 工業区は文字通り工場や工房が無数に立ち並ぶ区画である。日中は絶え間無く蒸気と排煙をまき散らす、シティで最も不健康かつ活気のある場所だったが、日付の変わる時間は正反対に静寂の支配する世界だ。発達した蒸気機関とガス灯によって太陽に依らぬ生活を手に入れた人間ではあっても、夜は眠るのが生活の基本である。それに幾ら居住区と離れていても騒音と排煙の問題は常に付いて回る問題だった。故に行政府は工場の稼働に時間制限を設けて24時間操業を規制した。もちろん破ればそれなりの罰則が科せられて、追徴課税と言う経営者にとって一番嫌な罰が与えられた。幾ら資本主義国家と言えども最低限度の良識を持ち合わせているのは大多数の人間にとって幸福に違いない。

 そのため午前一時現在、工業区は誰一人として見当たらず経費削減を理由にガス灯すら止められた道を、主は件の紡績工場を目指して足早に駆けていた。


「何か手掛かりはあると思うかね?」


「さてな。麻薬の集積所なら何かしら書類があってもいいはずだ。無くても倉庫に使ってるんだから工場の持ち主もまるっきり無関係じゃないだろし、麻薬を証拠に警察に介入させて相手の出方を見てもいい」


 やろうとしている事はまるっきり不法侵入だがあくまで犯罪の証拠を集める調査なので、ここは世間にはしばし目を瞑っていただこう。

 繊維業区画の工場を根気よく探すと、ほどなく目的の『トリノ紡績工場』の看板が掛けられた建物に突き当たる。

 外見はどこにでもある中規模の工場だったが中身までは見通せない。何が仕掛けられているのか分からない以上注意は必要だろう。

 正門は閉じているが、ただの工場でしかないので鉄製でもさして重厚な造りではないし壁も精々2メートル程度の高さしかない。飛び越えようと思えば容易いが、主はそれをせずに工場の裏側へぐるりと迂回する。

 工場の裏側も正面と同様に壁で囲まれているが、裏手は路地ではなく排水用の用水路だった。

 成程、紡績工場ならば原料の洗浄や染色後の洗浄で多量の水を使用する。そして使い終わった水は外へと排出せねばならない。排水管から侵入すれば比較的安全に中へ入り込めるだろう。

 排水管は人一人が屈めば入れる大きさであり、主もさほど窮屈な思いをせずに進んでいる。中は湿り気を帯びており、所々にネズミやゴキブリなどの不浄な生物も見かけるが、単に洗浄水を排出するだけの管なのでさほど不快ではない。とは言え主は仕事ならば平気で汚物に浸かるので大きな違いは無かった。

 どんどん奥へ進むと途中から配管に横穴が増えて上へと曲がり始めた。そして垂直になった配管の天井部からは僅かだが光が見える。おそらく天井はメンテナンス用ハッチの蓋だと思われる。

 主はそれを慎重に触れて持ち上げられるか試していると、何か話し声が聞こえた為に一旦中断して息をひそめた。


「―――――で、あのガキはもうすぐ虎の餌になるんだって?」


「らしいぜ。どうせ殺すなら生きた餌として役にたってもらうってロッコさんが言ってた。まあ死体の処理が楽だから良いけど」


「だな。賞金稼ぎなんてやってるなら殺される覚悟だってあるだろ。けどまあ、たまたまクスリを搬入する日に出くわすなんて運が良いのか悪いのか」


「どっちにせよドジ踏んで俺らに捕まる程度なんだから何も出来ずに死んでただろ。真っ当な仕事してれば死なずに済んだのになあ」


 気になる情報が幾つかある。一つはここは紡績工場であってそこに虎の必要性は皆無である。さらに生きた人を餌にするなどこの国では聞いた事が無い。そのような物騒な話を平然と行う工場労働者は世にそうそう居ない。そして話を聞くにそのガキとやらは賞金稼ぎだという。つまりここにその賞金稼ぎがまだ生きたまま居る可能性が高いという事だ。

 二つ目は上の二人が確かにクスリと口にした事だ。先ほどの売人のリンの話と照らし合わせると、この工場には麻薬が運び込まれており、そこから売人の手へと渡っている裏付けが取れたと言って良い。この工場がどこまで麻薬組織と繋がりがあるか分からないが、中々に手が込んでいる。


「おっと、そろそろ商品の搬入が終わる頃か。処分はここでするからガキを連れてこようぜ」


「ああ、ちょっとしたショーに期待しようか」


 足音が徐々に小さくなり、ついには無音となる。それを見計らった主は力一杯蓋を押し上げて身体を出せる程度まで隙間を広げた。

 顔を出して周囲を見渡すと、そこは予想通り蒸気機関式紡績機械が多数並ぶ工場内だった。すぐさま穴から這い出て蓋を戻してから機械の陰に隠れる。ここならば遮蔽物が多いので身を隠すには都合が良い。

 そしてただここで待っているのも時間の浪費と考えた主は周囲を見渡し、何か利用出来そうな物が無いか調べ始める。現在工場内は全ての機械が運転を停止しているので蒸気は通っていないが、天井部の無数のガス灯は機能している。あれは工場内のボンベから可燃性ガスを供給しているので元栓を閉めるか配管を壊せば照明は消えるだろう。

 他にも機械の傍には繊維を染める為の染料や洗浄水に混ぜる薬品を貯蔵するタンクが所々に配置されている。上手く使えば目くらまし程度には仕えるかもしれない。


「相手が入って来た瞬間照明を消して混乱させてから襲撃しては如何か?」


「人間はそれで済むが虎は誤魔化せない。ネコ科の暗闇での視力は人と比較にならん。却下だ」


 確かに主の言う通りネコ科の暗視能力は人間のそれを大きく上回る。となればもしこちらに襲い掛かって来た場合、一方的に嬲られる可能性も否めない。我々は闇夜に潜む狩人であるが、森林に潜む天然自然の狩人には大きく及ばない。


「そういえばこんな街中に虎が居る事自体おかしい。サーカスみたいに調教したのを連れている可能性もあるが、もしかしたらアーティファクトで操っている可能性もあるか」


 それならば存外の幸運だろう。よくよく思い返せばボロンゴ刑事はアーティファクト使いの護衛は売人の為に出張ってこないと言っていたが麻薬の搬入には触れていない。生産地か仕入れ元から護衛してきた可能性も考えれば是非とも情報源として生かして捕らえたい所である。


 しばらく工場内の把握に努めていると、十人ほどの集団が中に入って来た。あれが麻薬の運び屋だろう。多くは顔を目出し帽で隠し、そのうち何人かはライフル銃を携行している。そして先ほどの二人が話していたように本物の虎が二頭居る事と見慣れない奇妙な金属の装具を額に取り付けた壮年の男も目を引くが、前情報もあってそこにさほど衝撃は無い。主が最も関心を抱いたのはその中に場違いな顔見知りが居た事である。

 銃で背中を小突かれながら歩かされているのは主の同業者であり、一方的にライバル視して絡んでくる『欲しがり』の二つ名を持つアッシュだった。顔に所々出血痕がある以外は歩行に支障が無い所を見ると、捕まった後に多少殴られたのだろう。数日前に主に対抗意識を燃やして、同様に麻薬組織の情報を掴んでここに入り込んだは良いがあえなく捕まり、今まさに虎の餌になろうとしていた。身の程を知らぬ駆け出しの末路としては順当と言える。

 運び屋達に囲まれ蹴飛ばされたアッシュが転び、半身のまま敵意の視線を向けるが返って来たのは虎の咆哮だった。それに肝を潰した様子に哄笑が工場内に響き渡る。


「さて、主はどうするのかね?このまま見過ごしても我々にはさほど関係無い相手だが」


「――――かと言ってこのまま見捨てるのも気分が悪い。余力があれば助けるのもやぶさかじゃないんだが。もう少し様子を見た方が良いか」


 特に友人でもない相手だが、かと言って犯罪者ではないので見捨てるにはそれなりに抵抗があるのだろう。仮に主の目の届かない場所で勝手に果てていたのであればさほど気に留めないが、流石に目の前で生きたまま虎の餌になるのを見過ごすほど主は薄情ではない。それになんだかんだ言っても同年代かつギルド内で疎まれている主に無遠慮に絡んでくるのは主も嫌いではないのだ。世間ではそうした素直になれない態度を取る者をツンデレと称するらしい。

 我が愚にもつかぬ事を考えていると、あちらではいよいよ血生臭い残虐なショーが始まろうとしていた。


「おう、お前達。いつも家畜の肉ばかりで物足りんだろう?今日は奮発してイキの良い生餌を用意してやったからたっぷり腹を満たすんだぞ」


「ふざけんな!俺は畜生の餌になんかならねえぞ!!」


「ぎゃはははっ!この期に及んで何言ってやがる。お前みたいな馬鹿は文字通り肉扱いなんだよ。むしろロッコさんのペットの血肉になれるのをありがたく思いやがれ」


 口々にアッシュを馬鹿にして囃し立てる男達。その中でも一番尊大な振る舞いの目立つ男がロッコなる虎達の主に違いない。鎖も付けず鞭などの調教具を手にしていない事、額に付いている見慣れない装具が仮にアーティファクトだとすると、あれこそが虎達を使役する権能の可能性が高い。

 さて、我が主がこれよりどのような手を以って絶体絶命の同僚の窮地を救うのか。



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