第十二話 繁栄の残滓
「ここは営業してる?」
「見ての通りだ。客が来れば相手をする。メシが欲しければカウンターに座れ。買い物なら商品を持ってこい」
店に入って来た我が主に、パイプを吹かした頑固そうな店主らしき齢70を過ぎた老人がぶっきらぼうに投げかける。それに特に気分を害した様子もなく、主はカウンターに座って「美味い物」とだけ注文を伝えると、店主は無言で材料を準備し始めた。時々思うが我が主は他者に対して冷淡な所があり、いずれはここの店主のように寡黙で頑固な老人になるのではと思えてならない。
主は店の周囲を見渡す。カウンターの反対側は様々な商品が並ぶ陳列棚が配置されている。多くは日用雑貨や缶詰のような長期保存可能な食品群ばかりである。他にも酒類や簡単な医療品も揃っており、田舎によくある総合雑貨商を営んでいるのだろう。
この店はシティと≪天使の指先≫が潜む鉱山跡を繋ぐ街道沿いの集落にある。木造の外観から察するに元は鉱山がゴールドラッシュに湧いた百年前に建てられた老舗なのだろう。カウンターに付けられた無数の細かい傷や、長い年月が経過した木材の古めかしさが過ぎ去った日々を思い起こさせ哀愁を感じさせる。
「出来たぞ。パンのお替りが欲しかったら言え」
「ああ、ありがとう」
出て来た料理はパンとサラダ、それとメインのポークチョップだった。この国ではよく食べられるメニューである。
胡椒とハーブがふんだんに使われた豚肉を一口頬張り、良く味わって飲み込む。そしてただ一言、「美味い」とだけ漏らす。
「何を言ってる、美味い物を出せと言ったのは坊やだろうが。不味い物を出す飯屋があるか」
全く以てその通りである。わざわざ客に不味い物を出す飲食店など、そうそうお目に掛かる機会は無い。店主の言葉に主も苦笑して、実に嬉しそうに肉やパンを口に運び続けた。
料理を半分程度平げ、パンのお替りを一つ貰った主に、暇を持て余した店主が何気なく主に話しかける。
「お前さんシティから来たんだろうが、この辺りに何か用でもあるのか?」
「仕事で物探しをしているよ。ところでここは随分寂れてるな。せっかく美味い料理を出してるのに惜しい事だ」
「昔はもっと繁盛してたさ。南の金山がまだ稼働してた頃はひっきりなしに客が来ていた。それが鉱山の閉鎖に伴ってぱったりと客足が途絶えた。今じゃ、ここら辺の畜産農家とその関係業者ぐらいしか客が居ない。この店はそいつらの雑貨屋か集会場みたいなものだ」
かつての在りし日を思い出しながら語る店主の眼差しは随分と寂しそうである。現在は午後二時を回っており、昼時は過ぎているが、それを差し引いても主を除いて客が一人も居ない状況は盛況だった時代を知る店主にとっては酷い寂しさを感じてしまうのだろう。
この集落に残っている住民の大半は家畜農家であり、かつての鉱山労働者を相手にしていた住民の多くは鉱山の閉鎖を機に、生活が出来ずに街を出て行ってしまったそうだ。多少残っている住民の中にも家業を畳んで仕事のあるシティへと流れてしまい、今では最盛期の二十分の一程度の人口になってしまったと老店主は語る。
せめて水利が良く、農業も盛んであればまた違っただろうが、この辺りはさほど土が肥えているわけでもなく、牛や羊の放牧か豚の飼育ぐらいしか産業が成り立たない。これでは人は寄り付かず、衰退の一歩を辿る他ない。
「寂しいが時代の流れはどうしようもない。儂みたいに道楽で続けている老人も何人か居るが、いずれは店を畳まねばならんな。おっと、お前さんのような余所もんには関係の無い話だったな」
「確かに街に住んでいる俺にはあまり縁の無い話だが、じゃあ業者以外で俺みたいな若い人間はこの辺りには来ないのか?」
「全く来ないな。ここの街道は南の鉱山と街を繋ぐために使われているだけで、他の道に繋がっているわけじゃない。その肝心の鉱山が閉鎖されたとなったら寄り付く理由が無い」
店主の言う通り、別の街や資源採掘施設も無いのに人が訪れる道理は無い。そしてこの事実は鉱山に巣食う麻薬組織がこの集落を訪れずに別の道を使って街に薬を運び込んでいるという証拠でもある。でなければ頻繁に鉱山とシティを往復する集団は必ずこの集落の人間に知られてしまう。
そこを主も理解し、もう少し踏み込んだ質問をする。
「ならここ最近家畜業者以外でここを訪れた人間は居ないと?」
「儂の記憶が確かなら、一年前ぐらいに鉱山を管理している会社の人間と地質学者を名乗った男が鉱山に向かったぐらいだな。何でも枯れた鉱山でもまだ金が出るかもしれないから、調べたいと言われて連れて来たと言っておったな。その学者が北のトマ人だったからよく覚えているよ」
「トマ人の学者か。確かに珍しいな」
トマとは現在我がいるハス共和国の北にある隣国である。現在は国交を結んで出入りも自由だが、ほんの十年前には国境沿いの炭鉱を巡って戦争寸前にまで関係が悪化した準敵対国家と言ってもよい国だ。故に今でもこの国の人間はトマ人に敵愾心は持たずとも、やや排他的な感情を抱いている。そんな仮想敵のトマ人が寂れた店を訪れれば覚えているのも納得出来る。
「ただ、結局今も鉱山が再稼働してないのを見ると、金は出てこなかったんだろうな」
「まあそういう事だ。そんなに世の中上手く行ったら今もここは繁盛しておるよ。あるいは仮に金が出ても割に合わないとなったら誰も掘らん。せめて鉄か蒸気機関の燃料になる石炭でも出れば良かったんだがのう」
店主が首を振って寂れていく一方になる故郷の現状を憂う。既にいつ死ぬか分からぬ老人にとって自分と同様に年々老いて行く故郷をただ見守らねばならぬ行為は耐え難い苦痛なのかもしれない。まだ若い主や朽ちる事の無い我には共感し得ない故に、かけるべき言葉が見つからなかった。
結局食事を終えた主が飲み物を所望する事で沈んだ空気は霧散した。出されたコーヒーの匂いを楽しみ、じっくりと苦みとコクを味わってから店を後にした。ただ、店を出る前に主がコーヒーをこの店のようだと評していたのが印象的だった。
店の外に停めてある荷台付き蒸気自動車に乗り込み、しばらく南へと走らせてから主は我に話しかける。
「あの集落は≪天使の指先≫とは無関係だな」
主の言葉はおそらく正しい。麻薬組織も人目を嫌ってこの街道は使わずに別のルートから麻薬をシティに運び込んでいるだろう。その証拠にあの集落は老主人の店を含めてどこも経済的に裕福とは言い難い。もし麻薬組織とつながりがあれば相応に金が流れており、羽振りが良いはずである。新築の家屋も新しい蒸気自動車も一切見当たらない集落の経済状況を鑑みれば確かな証拠となる。特に蒸気自動車は高額であり、安くとも五万アウルムはする。今我々が使用している車も金を払って借りた物であり、当然借用期間中に破損ないし盗難にあえば借主が弁償しなければならない。そのような高価な家具を農作業用か中古の安物しか所有していない集落と金になる麻薬とを結びつけるのは現実的とは言えまい。
「これでこちらの情報は向こうに知られない。まだツキがこちらに傾いている証拠だ」
「然り。そして一年前にやって来たというトマ人が麻薬組織に関係していると見て良いだろう。仮想敵国人が自国で麻薬流通を担うとなると、いやはや、この国の為政者は穏やかではいられないであろうな」
我の言葉に主も頷く。単なる流れ者が営利目的で麻薬を扱っているだけならこの国の法で裁くだけで済むが、仮にトマ国の紐が付いたまま、それも政府の命令で麻薬を流していれば、間違いなく国際問題となる。下手をすればそのトマ人の祖国での身分如何では開戦の大義名分にもなりうる非常に高度な政治判断が問われるだろう。
ここで主がふと、ボロンゴ刑事がこの件について言葉を濁していたのを思い出して、この事を以前から知っていたのではないのかと懐疑的な口調で呟いた。
成程、それなら公的権力が一切介入せずに、半アウトローの賞金稼ぎギルドに依頼を持ち込む理由になる。この国の上からすれば直接公的権力たる警察機構を動かせば、それだけ内情が公的文書に残される可能性が高まる。そしてそれが外部に漏れてしまえば、現在も燻ぶる反トマ感情が再燃して、最悪開戦への流れが一気に作られかねない。それを忌避してあくまで懸賞金目当てのハンターをけしかけるのは妙手である。但し、確実性に欠けるという点を除けばの話だが。
そこに主のような金に執着しない、腕利きのハンターを送り込めば不安要素は大分軽減される。とは言えバウンティハンターの社会的地位などゴロツキとさほど変わらぬ現実を鑑みれば吹聴したところで誰も信じはしないだろう。そしてギルドマスターもどれだけ真相を知っているやら。
「生きて帰ったらマスタージョルジュに問い質しても良いのでは?」
「決定的な証拠でもあれば相応の値段で買い取ってもらうさ。取り敢えず今は組織のボスと残る護衛の一人の首を取る事を優先させよう」
至極もっともである。国がどうこうよりも今の我々にとって重要なのは悪である賞金首を捕らえるか殺害して生還する事。そして今一度待ち続ける女の元へと帰る事こそ主の望みだった。




