8:会議
最新話です。クラスメートたちの描写が入ります。
「では、始めますわ。皆さん、よろしいですわね?」
小さな声音と共に、鐘山光里は集まった数人を見回した。アルカディア王城の小さな会議室。そこで生徒会を初めとした数人が会合を開いていた。生徒会長の確認には、誰もが頷きで応じる。
「異世界に召喚されてしまった、というこの異常事態。皆で意見を交わし、これからのことを決めていく必要がありますわ。この部屋はそのための場所として、ワタクシ達が手配しましたの。ただし、王国側にはお互いの見聞を交換する場として申請していますわ。注意してくださいませ」
王国に協力的、かつ勇者としての意欲がありそうな名目で用意してもらっている。本来の主題では疑いを招く恐れがあった。
「といっても、向こうも馬鹿じゃない。何をしているかは分かってるだろうな」
そう呟き、佐々倉絵恋が集合した生徒達の顔ぶれを確かめた。四十人全員はいない。会議室にいるのは、ある条件に基づいた十数人だけだった。
「だけど、上辺は取り繕わないとダメですからね~」
隣には一門由紀が座っている。その視線は指揮を執る生徒会長に固定されていた。
「……えーと、すいません。これからと言いますが、具体的には何の話を?」
呼ばれていた一人、2―Bクラス委員長の天王寺衛斗が挙手をした。
「王国に協力するか否か、ですわ」
「え……。それはもう昨日の内に」
「あんなの『イエス』しか選べないじゃないですのっ。決断を下すには、あまりにも情報が少なすぎますわ」
光里の話に衛斗が「なるほど」とこぼした。先日の承諾は、あくまでこの世界の情報を入手するまでの話だった。
彼女が求めているのは、その先。一定の情報と力を手にした後、どの様に振る舞っていくかを考えていた。
「でも、一日目で情報が集まっているわけないじゃないですか? 今日、ここで開いた意味ってあるんですか?」
衛斗と共に来ていた紗季が会長を見つめる。
「ええ。……ですが、現時点での意見も聞いていきたいと思っていましたの。皆さん、感じたところがありましたら、何でも言ってくださいまし」
「――だったら、また言わせてもらっていいですか?」
衛斗が再び手を挙げた。二度目の発言となってしまう為か、僅かに遠慮する態度が隠れていた。佐々倉絵恋から許可を出され、今度は席から立ちあがる。
「さっきの話なんですが……やはり俺達はこの国に『協力』すべきだと思います。将来的に不自由を強いられるかもしれませんが、その方が安全です」
「なぜですの?」
同等の話題を繰り返しているように思われたが、後半の断言が光里の気を引いた。
「今日の訓練、俺は騎士団の団長オーディアさんに指導してもらいました。そこで実感したんですけど、あのオーディアさんは異常な強さを持っています。説明しづらいんですけど、とにかくヤバイです」
「あー、2―Bの嶺井紗季です。私も天王寺君と同じグループで、同じオーディアさんに直接指導してもらいました。それで、ほぼ彼と同意見です」
二人の感想に、集まっていた全員が沈黙した。
「前に武道をかじったことがあるから分かるんです。今の俺達が全員でかかっても……五分ももたないでしょう。あの人は、そんな化け物じみたレベルなんです」
「もっと早いわ、衛斗。スキルとかも考えたら、おそらく一分以内で全滅するわ」
会議室の雰囲気が更に暗くなる。紗季の指摘は騎士団への畏怖を抱かせるのに十分過ぎるものだった。
「嶺井さん、だっけ? もしかして、初日のジークという人もそれぐらい強いのか? 直観的なものでいい。教えてくれ」
表情が固いままの絵恋が尋ねた。経験者である少女の瞳が僅かに伏せられる。
「……はい。あのオーディアさん並みに強いです。四十人で束になっても、傷一つつけられないと思います」
『…………』
静けさが息苦しさを誘う。衛斗と紗季を除けば、各々が固く閉口してしまっている。生徒会の面々さえ反応に困っていた。
「ま、まあ、そういうわけです。早い内に彼等を敵に回したら、確実にアウトです。それに一日だけですが、騎士団の人たちは親切な人が多いと感じました。個人的にも戦いは避けたいし、信頼したいです」
「……なるほど」
口元に手を当て、鐘山光里は衛斗達の意見について考えを巡らせた。
「騎士団を相手にするのは得策じゃない。それに、信頼ができそう。……ただ呆然と接するよりは、そうした事情が明白な方がいいですわね」
ふと、彼女が意見を述べてくれたクラス委員長に目を合わせる。
「ありがとうございます、天王寺さん。貴方が積極的に言ってくれたおかげで、騎士団との関わり方が分かってきましたわ」
「は、はい」
不意に浮かんだ微笑に、衛斗は一瞬だけ見入った。自分の主張はこれで終わりと、彼はそのまま腰を降ろそうとする。
「待った」
だが、それに異議を唱える者が現れた。
「あなたは?」
「千川原、満です。天王寺の主張にはほぼ同意ですが、少しだけ反対の意見も述べさせてもらいます」
「珍しい苗字ですわね。……かまいませんわ、どうぞ」
「あの騎士団に依存するのはマズイと思います」
座った後で衛斗は同級生の顔を眺めた。平然とした表情をしている。どんな考えがあるのか察するのは難しかった。
「王国って言うぐらいです。この国の政治体制は間違いなく君主制、民主主義じゃない。だから、あの騎士団も国王の命によって動く筈なんです。俺達への指導だって自主的なものとは考えにくい」
彼等が召喚されたのはアルカディア王国。謁見の間で顔を合わせた国王ガリウスが統治する国である。
淡々と並べられた言葉に、衛斗が静かに反応をした。
「……千川原君が言いたいのはあれか? この国の主導権を握っているのは、騎士団ではなくあくまで国王だと」
「ああ」
「それはさすがに私達も分かってるよ、千川原君」
槇永春奈も同様に理解を示す。しかし、明白すぎる事実を前に口を少しだけ尖らせていた。
「だからこそ、言っておきたいんだ。このまま騎士団と行動を共にしていれば、俺達は国王に逆らえなくなるんじゃないか? 下手をしたら、勇者なんて名目で兵士扱いになる」
手をテーブルから浮かして、彼は軽く握り締めた。
「……っ」
突き付けられた可能性に、光里の表情が険しくなった。
「騎士団を信用するのはいい。だが、過度な依存は危険なんだ。王女の話を考えると、力が身に着いたら、俺達はモンスターと戦うことになるだろう。その時、命をかけて戦えと言われたら――どうする?」
「それは……やらなきゃいけない、なら」
「何をもってその必要性を判断する? 俺達の身の危険じゃなくて、王国の危機だと言われたらやるのか? 騎士団も戦っていたらやるのか? 国王に命じられたらやるのか?」
「う……」
春奈は返答に詰まった。
「勇者と見なされていても、騎士団と同じ扱いをされたら困る。一部は違うようだが、大半は命をかけて戦いたくない。だが、王国の保護を、騎士団の指導を受ける限り――」
「意地が悪いよ、千川原」
会議に呼ばれていた一人の少女が制する。2―Bの生徒だった。眼鏡越しの瞳と声音が千川原に対して冷たくなっている。
「王国の保護による衣食住の成立。それは前提なのよ? 命を捨てろとは言わないけど、そこまで言ったらキリがない」
「ここはもう平和な日本じゃないんだ。戦闘の規模なんて不明だ。簡単に死ぬことだってあり得る。……最悪な事態はいつだって想定しなきゃいけない」
「そんなことばっかり考えてたら何もできない。机上の空論にしかなってない」
「そう言っている内に手遅れになるぞ。空論であっても、思考を止めるべきじゃない」
「思考? デメリットばかり考えて、足踏みしているだけでしょ?」
「ま、まあまあ。落ち着けって」
険悪な空気になる前に、クラス委員長である衛斗は二人を止めた。ついでに、命の危険を説いた男子生徒に顔を向ける。
「――千川原君。君の言ったことだけど……騎士団が負けそうになったら、どのみち俺達も危険に曝される。そうなる前に彼等と協力するのも一つの手じゃないか? そういう意味では、春奈の反応が一番まともだ。その時になるまで分かりはしないさ」
「……ふん」
「でも、あの騎士団が負けるような相手に、俺達が勝てるとは思わないんだけどさ」
「……ダメじゃん」
天王寺の弱気な補足に、春奈の隣に座っていた櫻谷樹が呆れる。
信頼を築いて、敵対すべきではない。
王国の手駒とならぬよう、依存してはいけない。
実際、この二つの意見は両立が可能であった。だが、中間の位置を維持するのがかなり難しい。天王寺と千川原の様に、どちらかに寄ってしまう傾向にある。
「情報が少ない、という時点で分かっていましたけど……。やっぱり一つにはまとまりませんわね」
「そんなものだよ、光里。……だけど、ある意味うれしいことだ。思慮深い人間が多いほど、解決策は見つかりやすくなる」
「そこまで引っ張るのが、大変なのですわ」
「頑張れ、生徒会長」
佐々倉絵恋の味気ない励ましを受け、光里は顔を上げた。
「……皆さん。騎士団と王国に対しては、現状の距離間を維持してくださいまし。今回は意見を聞くだけ。結論はまだ先ですわ」
会議の目的が改めて告げられる。言い争いになりかけた千川原と眼鏡をかけた女子生徒は既に口を閉ざしていた。落ち着いた様子で生徒会長の方に耳を傾けている。
「しかし、情報が少ないと言って何もしないのもいけませんわ。……だから、ワタクシ達で情報を集めましょう」
「情報って言われても」
範囲が広すぎる。種類を絞って欲しいと樹は思った。文化や歴史、国外にまで及べば幾千もの情報が存在する。どれが勇者達の今後を左右するかは分からない。だからこそ集めるのだが、全てを知るには時間がかかりすぎる。
そうした語られざる胸中を知っての事か。生徒会長が情報の種類についてすかさず補足を加える。
「集めるべき情報は――先代以前の勇者がどうなっていたか、ですわ」
「えっ?」
「そうですね。それが一番ですね」
天王寺が率直に首肯する。嶺井紗季や槇永春奈も納得している様だった。それどころか、樹を除いた全員が疑問も持たずに同意している。
「ええ!?」
「どうしたの、櫻谷君?」
隣席での反応に春奈が首を傾げた。
「え、いや……先代以前の勇者って……。僕たちの前にも異世界から勇者が召喚されていたってこと? この国の人たち、そんなこと全く……」
「気づいてなかったのか、櫻谷?」
分かっていて当然と言いたげに、天王寺が目を細める。
「王女様が、『習慣』とか『前例』とか言っていただろ。明言した訳じゃないけど、おそらく以前にも俺達のような勇者がいたんだ。前例って言い方なら、前の一回だけとは考えにくい。少なくとも過去に二回以上の召喚が行われたんだ」
「……」
「付け加えるなら、過去の勇者がおとぎ話みたいになってる可能性があることね。オーディアさん、人伝てみたいにスキルのこと知っていたし」
「ええ……何この人達……」
天王寺に加えて、嶺井まで推測を容易く披露した。傍に座っている槇永も理解を示している。会議に集まった者達の優秀さに樹は言葉を失う。
「……続けてよろしくて?」
機をうかがって光里は話を再開する。そこからの会議は順調なものだった。生徒会長が指示を出し、全員が異議も無く了承していった。基本は情報の収集。騎士団や給仕に尋ねたり、書物から読み解いたりして欲しいと彼女は頼んだ。
場違い感を自覚し始めていた樹も、槇永達と協力することで役不足から脱せられた。
「では、一週間後に。また、この部屋で会いましょう」
その言葉と細やかな微笑によって、会議は締められた。
集まっていた生徒達が次々と退室していく。後は真っ直ぐ部屋に帰るだけだった。何人かは堪えていた眠気を欠伸で吐き出している。高校生にとって就寝には早い時間帯であるが、訓練の影響で睡魔が濃くなっていたのだ。
「……あれ、先生?」
扉を抜けた矢先で、槇永や櫻谷が藤原綾子の存在に気づいた。息を切らしながら、その場で立ち尽くしている。
「ご、ごめんなさい。遅くなってしまいました。やっぱり会議はもう終わっちゃいましたよね……?」
息遣いがかなり荒かった。大量の汗もかいている。急いでここまで走ってきたらしかった。そんな苦労をねぎらう様に、生徒会長が扉の方へ歩み寄る。
「大丈夫ですわ。そこまで複雑な話にはなりませんでしたし、書類にまとめたので後で確認できますわ」
「ありがとうございます、鐘山さん。……でも本来なら、私が取り仕切らなきゃいけないのに……すみません」
「そう自分を責めないでくださいまし。今まで不安になっている生徒のケアをしていらしたのでしょう? それで時間がとられてしまうのは仕方ありませんわ。年が近いワタクシでは、そういうのは出来ませんし……」
数は少ないものの、情緒不安定に陥った生徒は居る。藤原綾子はそうした子供達の面倒を見ていたのだ。
「だからこそ、鐘山さんも無茶はしないでくださいね。辛い時は私が支えますからっ」
「え、ええ……」
走った影響で顔を真っ赤にしている教師に、光里は小さな苦笑を浮かべた。
* * *
「おい、松峰」
「何だ、千川原満」
ふらふらと王城の廊下を彷徨っていた夜中。松峰紅郎は奇遇にも同級生と遭遇した。そして、顔を合わせた途端に不機嫌な表情を作られる。
「何だ、じゃない。お前どうして会議に来なかった?」
「任意参加だ。強制じゃない」
千川原は会議が終わって部屋へと戻る所だった。眠気と、好き勝手に動く松峰の姿から若干の苛立ちを抱いている。
「……お前は俺より頭がいい。参加すべきだった」
「成績はお前の方が上だろ?」
「そういう意味じゃ――って、待て。お前、この時間にこんな所で何をしていた?」
場所の不自然さに彼は気づいた。会議室の途中にあるのだが、宿泊用の館とは離れている。時刻としても深夜が近い。特別な目的でもない限り、ここを訪れることはありえなかった。
「あー。探索。道に迷ってた」
「こんな夜遅くに、一人で、か?」
疑念の根が芽生えていた。千川原の詮索は簡単に打ち切れそうにない。松峰は自分の不幸な偶然を呪った。
「はぁ。書庫室の方に行ってたんだよ」
「情報収集か? でも、どうしてこんな夜に」
「当たり前だが、あそこには司書……見張りがいる。そいつに監視されたくなかった」
「知られたくないことを調べようとしたのか? それとも、調べていることを知られたくなかったのか?」
「両方」
秘匿された情報の入手か、隠密に行う調査か。松峰はどちらを主軸に置いているか明かさなかった。両方と答えていたが、本音をごまかす為の言葉だと千川原は判断した。
「……やっぱりお前も会議に参加すべきだった」
「ん? どうせ大した話はしなかったんじゃないか? 情報不足とかで――」
「俺達より前の勇者がどうなったか。どう強くなったか、どう帰還したのかを調べてくれと生徒会長は言った」
「…………へえ」
松峰の双眼が鋭利さを増した。同級生の話に口元が緩まった。生徒会長、鐘山光里の指示に興味を抱いたのだ。
「以前の勇者について調べれば、強くなった過程が自然と分かる。それは王国にとっても悪い印象にはならないはずだ。ついでに過去の勇者が最終的にどうなったか、それを調べられれば」
次に続く言葉は、容易に当てられる。
「元の世界への帰還方法が分かるかもしれない、か。なるほど、カリスマ生徒会長の名は伊達じゃないな」
鐘山光里の采配にいささかの感服を抱く。現段階の会議に意味はないと彼は決めつけていたが、情報の目安を与えるという点は予想外だった。
「会議にも成績が上位の奴が集められていたぞ。先生にでも聞いたんだろ。……櫻谷とかは意外だったな」
「……槇永春奈だな。まあ、勉強や調べ物が得意な生徒を集めたかったんだろう」
ふむ、と松峰は口に手を当てて熟考を始めた。思考が小声となって時折こぼれた。光源の少ない廊下。掠れるような声音は二人の周りにある暗闇へと溶け込んでいく。
「次の会議は一週間後だぞ」
心変わりを察知し、千川原が次の時期を伝える。
「そうか。参加は……考えておく」
案の定、見込みのある返事であった。
「面白くなってきそうだ」
道の先を埋め尽くす暗がりに対して、鋭く剣呑な笑みが突きつけられる。それは邪悪な表情と評しても過言ではなかった。多少の接点がある千川原ですら、一粒の冷や汗を浮かべている。
「……お前、そんな風に笑うんだな」
「まあな」
――まずは一週間後。
そう言い残し、松峰が自室への帰路を再び歩き始める。残された同級生もやがて静かに後を追った。先の長い通路へ、彼等は黙々と進んでいく。
様々な思惑と未知が交錯する現状。その打開策を見つける為の会議は、生徒達にとって希望となり得る存在である。
しかし、それが無事に開かれる事は、もう二度となかった。
何もかもが一筋縄でいかない。そんな中で頑張っていくお話を書いていきたいと思います。