4:アルカディア王国
国王が出てきます。説明が少し長くなった感があります。
「……まじで異世界だ……!」
晴天広がる青空の下。霧島晶弘が上を仰ぎながら呟いた。
高空で軽やかに飛翔している巨大な影があった。青色の鱗に覆われ、背中から蝙蝠に似た翼を生やしている。頭部も蜥蜴を連想さる形状だった。鋭利に伸びた角が異形の造形を強く主張する。
「竜ってやつか」
口を開けた松峰が更に瞳を細くする。
「祭、見ろ。あれ……人が乗ってないか?」
「ホントだ!」
仲が良い空条飛鳥と黒伏祭の二人組がそろって呆然とした。
ファンタジーに必然のモンスターとそれを駆る存在。二つの要素が勇者と呼ばれた彼等の半信半疑を取り除いていく。異世界である、という事実を疑うのはもう厳しかった。
「さあ、こちらです」
王女フィルトがこちらを振り返り、微笑と共に手招く。前方にそびえていたのは巨大な王城だった。外観は中世ヨーロッパを連想させる。単なる居城とは一線を画す、荘厳な雰囲気を兼ね備えていたのだ。
「アルカディア王国ってことは……さしずめアルカディア城ってところかな?」
「単純すぎねえか、衛斗?」
「だって他に思いつかないだろ?」
天王寺衛斗とその友人である菅野源太が会話を交わす。
帯剣した護衛と王女が城の中へと足を踏み入れていった。建物に見とれている暇は与えられない。遅れないように四十人も後を追った。
魔法陣が描かれた石の空間で、彼女が名乗りを上げた後。彼等は外へと連れ出されていた。より詳しい話は王城で行うと言われたのだ。日が当たらない場所よりはましだと過半数が判断し、大人しく従っていた。
「この先が謁見の間になります。お父……国王様が皆様をお待ちになっております」
案内された先にあった巨大な扉がゆっくりと開いていく。ギギギ、と鈍い音が勇者達の耳を掠める。
「――うわ」
光に飲み込まれて十数分。既に幾度も驚きに直面していたが、待ち構えていた景色に誰かがまた声を漏らした。
長く敷かれた赤い敷物の果てに一つの玉座があった。そこに王冠を被った初老の男性が座っている。その横にはまた四人の男性が控えていた。立ち振る舞いが王女の傍に居た集団に似ている。
だが、放っている威圧感は桁違いだった。顔どころか同じ空気を吸うだけでも押し潰されそうなのだ。既に数人は緊張の汗もかいている。
「国王様。勇者様達をお連れしました」
「うむ。……よくやったな、フィルト」
王女に返答し、国王と呼ばれた玉座の男性が立ち上がる。
着ていたのは目にも鮮やかな赤いマントと金色の細工が目立つ豪勢なローブだった。髪の色もフィルトと同じ輝く様な黄色をしている。王女の父親にして、国の頂点に位置する身分。それらの特徴と威厳が、全身に深く反映されていた。
「私は、アルカディア王国第四十五代目国王――ガリウス・オル・アルカディアだ。今回の召喚は私が指示した。四十名もの勇者が集ってくれたこと、嬉しく思う」
貫禄のある低い声音だった。ガリウス・オル・アルカディアのその表情は、綻びのない険しい物となっている。
「四十名……? あれ?」
皆月優真が国王の言葉に首を傾げた。確認として周囲を見回すが、その間にも話が進んでいく。
「君達にはこれから《勇者》として《魔王軍》との戦いに参加してもらいたい」
「――っ。ちょっと待ってください!」
改めて告げられた言葉に、担任の藤原綾子が反応した。集団の中から一歩踏み出し、最前列にて異論を唱える。
「さっき話は聞きました。まだ、色々と信じられませんけど…………これだけは言わせてもらいます。この子達に、生徒達に危険な真似はさせられません。戦いに参加させるつもりは一切ありません! これで話は終わりです。――早く、私達を元の世界に返してくれませんか!?」
召喚された集団の中で彼女が最年長だった。普段は新米教師で頼りない所が多いが、今だけは違った。見知らぬ世界で生徒だけは守ろうと、必死になって国王に向き合っている。
「……。貴女が彼等の代表か? 名は?」
「は、はい。私は藤原、藤原綾子と申します」
「フジワラ・アヤコ。私は勇者には敬意をもって接するつもりだ。だからこそ、正直に言わせてもらおう。…………残念ながら、貴女達を現段階で元の世界へ帰還させるのは不可能なのだ」
「えっ?」
藤原綾子の顔が一瞬で蒼白になった。
「嘘……でしょ?」「召喚ができるならその逆もできるのが普通だろっ?」「夢なら早く覚めてくれ……!」「現段階?」「うわ……テンプレ」
様々な声音が背後でも入り乱れていく。元の世界が前触れもなく遠ざかった。失望に落ち込むのは当然だった。
「フィルトから滅びを司る《魔神》の存在を聞いたはずだ。その《魔神》が世界に大きな負荷をかけているのだ。《ルイン・オルト》と別世界をつなげる、などという超高度な魔法はおいそれと使えなくなっている。……そもそも、発動させることすら難しいだろう」
「で、でも――召喚はしたんじゃないですか? 別世界の住人の私達は、確かにここに来ました! 成功しているじゃないですか!」
「最後の一回だったのだ」
懸命に足掻こうとする担任の期待は、無残にも砕かれる。国王は正直に回答すると口にしていた。故に、淡い夢物語にすら残酷な真実は突きつけられた。
「……召喚の期限を何度も計算した。同盟国からの要望も何度も引き延ばした。戦力の増強も何度も検討した。しかし、どうしようもないところまで我々は追い詰められてしまったのだよ」
「そんな……」
今回を逃せば、《魔王軍》との戦いに敗北してしまう。そう暗喩された言葉に彼女が顔を歪めていく。瞳には小さな涙もじんわりと浮かんでいた。
「えーと、ちょっといい? 質問あんだけど」
生徒の一人が気兼ねなく手を挙げる。最高の権力を持つのであろう国王を前に、ごく自然体で問いを重ねる。
「あんた、さっき『現段階』って言ったよな? それって、今じゃなければいつかは元の世界に帰れるってこと?」
暗い雰囲気を物ともせず、霧島晶弘はガリウスに問い詰めた。
「――貴様! 国王の前だぞ! その態度はなんだっ!?」
「よい、バーカム。……少年、質問はそれだけか?」
少し離れた壁際で中年の男性が彼の身振りに噛みついたが、当の国王によってなだめられる。立て続けに追及は再開された。
「じゃ、もっと踏み込んだ質問をするぜ。あんたの話から推測するに、あんたらは俺達を返す方法を知らないわけじゃないんだろ? でも、世界に負荷がかかってるから現段階では使えない。だったら、その負荷をかけている《魔神》とやらをぶっ倒せば――」
「……元の世界に帰るための魔法が使える……!?」
「そういうこった、椿」
正解、と言いたげに霧島は笑みを浮かべた。
「そう……か! だったら、元の世界に帰る事は決して不可能じゃないのか!」
突如として至った希望だった。話を耳にしていた同級生の数人が表情を明るくする。
「推測の通りだ、少年。復活間近の魔神さえ打ち滅ぼせば、君達は無事に元の世界へ帰れるはずだ」
ガリウスが表情を変えずに首肯した。
「で、でも……私も含めて、みんな、平日には学校へ通うだけの普通の人間です。彼等のような訓練なんてほとんどしたことがないんですよ?」
そう言った後、藤原綾子は目尻の滴を指で拭い去った。僅かに赤みがかかった瞳で鎧を纏った男達を垣間見ている。
「心配する必要はない。異世界から召喚された勇者は、この《ルイン・オルト》の住人よりレベルが上がりやすいのだ。最初はレベル1から始まるだろうが、鍛えればすぐに中級・上級のランクまで届くだろう」
「は、はぁ」
綾子は苦い破顔を張り付けるだけだった。語られた内容を深く理解できずにいたのだ。一方、背後に並んでいた少年達の反応は違った。レベル・ランクという単語に胸を躍らせている。
「レベルってことは……ステータスもあんのかな?」「ステータスとか見れるパターンだ……っ」「無双とかも夢じゃない系?」
ガリウスの説明はゲームのありふれたシステムを彷彿させた。現状を楽観視している生徒にとってはそちらの方が興味深かった。
「…………喜ばしい状況とは言いがたいですわね」
「私も同意見だ」
生徒会長の鐘山光里が放った評価に、同じ生徒会役員の佐々倉が応じる。
「…………。何がっすか?」
二人の密談を聞いていた竜野宮が尋ねた。
「今に分かりますわ」
鐘山が視線を国王達の方へ戻す。案の定、彼女の予想はすぐに現実となった。
「――勇者諸君。聞いての通りだ。君達には魔神や魔王と戦う理由が、戦いを可能とする能力がある。勇者として戦ってくれるというならば、もちろん我がアルカディア王国も全力で支援しよう」
国王の提案は魅力に溢れていた。利点だけが前に出ている。アルカディア王国に協力する、という選択肢が現状として有効なのは明白だった。
「見る限り、君達はまだ子供だ。無理強いはしない。……しかし」
威厳に満ちた顔が深く下げられた。
突然の出来事だった。生徒や教師が驚きで声を失う。霧島の身振りに青筋を立てたバーカムや王女フィルトも目を丸くしていた。
「この通りだ。……頼む。どうか、この世界を救う為に戦ってくれ」
短い間だったが、ガリウスの身分や権威はほぼ全員が把握していた。そんな男が王としての体面を捨ててまで、少年少女に協力を乞うてきたのだ。各々の持っていた思考が波立っていく。不安に支配されていた感情が、逡巡と入れ替わっていった。
見知らぬ場所での奇妙な話であるのは変わっていない。レベルやステータスの真偽は未だに不確定だ。だが、数人の良心ははっきりと揺れていた。
「これじゃ『協力』以外の選択肢がないじゃないですの。メリットと善意につけこんだ誘導ですわね。……あまり気に入りませんわ」
「確かに良心に訴えかけてるっぽいなぁ。ただでさえ小国だし、他国に行かないようにしてるんでしょうね。しかも――」
「え……? 小国?」
「あ、いえ! ……お、王女がわざわざ説明しているあたり、人手不足じゃないかと」
「なるほど! その発想はありませんでしたわ」
他の生徒とは異なり、二人は国王の懇願を正直には受け止めていなかった。幾らかの建前が混じっていると読み取っていたのだ。言葉をかみ砕き、冷静に考慮していた。
「――俺は、やります」
ついに、一人の男子生徒が名乗りを上げた。
「み、皆月君……!?」
「すいません、先生。……でも、困ってる人はやっぱり放っておけないんです」
柔和な顔に微笑を浮かべながら、皆月優真が前に歩み出た。担任の横に並び、更に一歩だけ進む。
「皆月、優真です。えと…………国王様。俺自身、勇者なんて自覚や自信は全くありません。……それでも良ければ、俺は貴方達に協力しようと思います」
ガリウスの固い表情が僅かな間だけ緩む。すぐに張り詰めたものに戻った。そして、真っ先に立候補した少年にその意識が向けられる。
「感謝する。ミナツキ・ユウ――」
「代わりに、一つだけお願いを聞いてもらえませんか?」
国王、その背後に控えていた男達、バーカムと呼ばれた男性が一斉に眉根を動かす。
「戦いに協力しない人も、この国で保護してください」
謁見の間に並んだ全員を見据え、皆月優真は更に言葉を続けていった。
「俺達はこの国やこの世界のことを全く知りません。衣食住のアテだってない。皆さんの支援が無ければ、生きていくことはできないでしょう。……さっき言ったことが本当なら、勇者としてふるまう限りその心配はいらないと思います。でも、それ以外の人はどうするおつもりなんですか?」
「…………」
国王は沈黙したまま、皆月を凝視する。
「俺は、俺一人だけでもちゃんとこの国に協力します。だから、それと引き換えに皆への保護を保証してほしいんです!」
個人的な協力の成立を条件に、四十名もの生活が左右されようとしていた。背後に控えていた数人は無謀だと評していた。言い出した本人も厳しいと思い始めていた。
「……ふむ」
ガリウスの判断は未だに下されなかった。淡々とした顔色に変化はないが、どこか怪訝な様子が滲んでいた。
「――――待てよ。俺も協力するぞ」
皆月優真に続いて、名乗りを上げる生徒が現れた。
「て、天王寺君?」
「君だけに任せるわけにはいかないさ。俺だってクラス委員長だ。それぐらいの責任は背負ってみせる」
「へっ、お前が言うなら……俺もやってやる!」
天王寺衛斗、菅野源太が前へ進み出た。彼等が協力の意志を表明したことにより、一人きりの勇者ではなくなった。
「天王寺君が言うなら、私も協力します」
「ゆ、優真なんかに借りは作らない! 私もやる!」
「祭? ……ああ、そうか。なら、私も」
女子生徒にも影響が現れていく。様々な思いが交差していたが、王国への協力は確かなものであった。やがて、その雰囲気がクラス中の全員に広がっていく。教師を含めた数人を除き、殆どの人間が勇者としての活動を容認した。
ただし、鐘山光里や櫻谷樹などの数人は苦い顔を作っていた。特に皆月優真への視線は酷く鋭いものとなっている。
「み、皆さん? もう少し考えてください! 先生はゲームとかしないから、よく分からないんですけど……。でも、戦いを強いられるんですよ! 戦争なんですよ! 死ぬ危険だってあるんですよ!?」
レベルやランクなどと言われても実感は掴めない。それは藤原綾子だけではなく、過半数の生徒も同じだった。ただ、皆月優真を発端とした空気に飲み込まれつつあるのだ。平静を失いつつある現状を彼女は恐れた。
「フジワラ・アヤコ」
「っ」
生徒達を振り返り叫んだ矢先、国王の声が聞こえた。淡々とした声色の裏側には威圧感が隠れていた。綾子の額にうっすらと冷や汗が滲む。一方で、開けていた唇が段々と渇いていく。
「……わ、分かりました。皆さんがそう言うなら、私も、協力します…………」
首が小さく縦に振られた。浮かべた汗はまだ消えていない。
「本当ですか、先生!?」
皆月優真が純真な笑顔で彼女の判断を迎える。続けて、回答を遅らせていた生徒も決断を下した。結果として、王国への協力に反対する者は居なかった。
ガリウスが異世界から召喚された四十名を見渡す。
「これで、全員か。……諸君等の決心には、最大の謝辞と誠意で報いよう。我がアルカディア王国での待遇は神に懸けて保証する」
「では」と言葉を区切り、国王は視線を横へやった。
「――皆さま、ここからの説明は再び私が引き継ぎます」
控えていた王女フィルトが前方へ進み出た。正面を勇者達に向け、安堵交じりの微笑を見せつける。
「勇者としての協力を決意してくださり、誠にありがとうございます。お疲れとは思いますが、あと少しだけ私達の話に付き合っていただきます。……この世界にとって重要な概念、《ステータス》について今から説明いたします」
次はステータスについてです。