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ハズレと呼ばれた異世界召喚  作者: 華野宮緋来
第一章《異世界ルイン・オルト》
36/43

35:君には分からないよ

遅くなって申し訳ありません。最新話です。

優真視点から始まります。

『――いいか、ユウマ。あのアルクと対等に戦えたのを自分の実力だと思うなよ』

 ギールの言葉が、優真の脳裏をよぎる。

『響剣を食い止めてくれたケヴィンのおかげだ。俺も援護はしたが……奴がいなきゃ俺も正直危なかった』

 建物同士をつなぐ屋外の通路の上で、優真は反省の念に浸っていた。茶髪の少年を励ました後、各々が用意された居室へ戻ろうとした。その寸前、唐突に告げられたのである。引率していた騎士が、どれだけ命がけだったか。

『純粋な剣士じゃないんだろうだが、お前の……勇者の為に無茶をしたみたいだ。後で改めて礼を言っといた方がいい』

 《氷炎》があったアムの村への道中が思い返された。属性や魔法の話をケヴィンは喜々として語っていた。そうした魔法やスキルを組み込んだやり方に長けていると察せられた。


「俺が強かったら、ケヴィンさんの負担ももっと軽かったんだろうな……」


 優真は胸の内をこぼした後、組んでいた腕を解き、開いた掌を見下ろした。軽く握ると、剣を振るった感触が蘇ってきた。


「スキル《剣才》か。ようやく覚えたんだけど、何だか実感がわかないな」


 ステータスの枠から詳細が確認出来る。その事を思い出して、優真は人差し指を伸ばした。しかし、すぐに腕ごと降ろしてしまう。


「見たって変わんないか。どうせ《剛剣》しか使えないんだ」


 夜空に向けて苦笑を浮かべた。優真は速度に優れた《閃剣》、連撃を繰り出す《舞剣》を習得していない。剣に通ずるスキルに目覚めたからこそ、それらが不足している己の未熟さを自覚したのだ。


「でも、このままでいいのかな…………」


 ふと、不安が胸中を吹き抜けた。深夜の真中、優真は屋外に晒していた背中を少しだけ丸めた。剥き出しだった石造りの通路から、静けさに沈んだ城下を見渡していく。


「ん? あれは確か、木之本さんの」


 呆然と眺めていた矢先、視界の端を白い影が掠めた。見覚えがあり、かつ遅い時間帯である事が優真の気を引く。見失わないようにと、すぐに後を追いかけ始めた。


* * *


「こんな所でどうしたのですか? 迷ってしまったのですか?」

 

優真がそこへ辿り着いた頃には、白い影の他にもう一人増えていた。こちらも記憶にある顔だった。


「安心してください。私が案内してあげますからね。よしよし」


 白色の毛並みを携えた四つ足の狼が、頭部へと伸びた手を受け入れる。撫でる仕草に対し、二つの耳が前後に揺れ動く。

 王城から僅かに離れた茂みに、彼女等は居た。初めに優真が見かけたのは、前足と背筋を伸ばして整然と座っているモンスターだ。プレイト・ヴォルフという種族であり、同級生の木之本によってシロと名付けられている。


「ミリィちゃんとも違う触り心地……はぁ、ずっと撫でたくなっちゃいます」

「あの……マリア、さん?」


 腰を屈めてモンスターを愛でる少女に、優真がおずおずと声をかける。シロを愛でていたのは、かつて優真を治療してくれたマリア・フィン・エルイーナという少女だった。


「っ! ――ゆ、勇者様!?」


 緩やかな金髪を揺らしながら、驚いた表情で振り返った。皆月優真の姿を目の当たりにし、かしこまった態度を取ろうとしていた。


「申し訳ありません。こんなはしたない格好で……」


 マリアは少し顔を赤らめ、隠す様に前屈みになる。彼女が身にまとっているのは寝間着だった。普段の黒い正装とは真逆の、雪を彷彿させる色合いのワンピースである。その腋には就寝用らしき大きな枕も抱えられていた。


「もう夜遅くだから仕方ないですよ。マリアさんも、この子を見かけてここに?」


 優真は特に気にする素振りも見せず、頭に手を乗せられた状態のシロを覗き込む。鋭い瞳が一瞬だけ優真を見つめ返してきたが、すぐに正面へと戻った。


「え、ええ。そんなところ……ですかね」


 目を逸らしながら、マリアが言葉を濁す。しばらくして、暖を求めるかの如くその手が目前の白い毛並みへと伸びていった。

 そうした仕草を間近にして、優真の口が固く引き締められた。頭の中で、晴れる気配もない思考が延々と駆け巡っていたのだ。


「――――何かお悩みなのですか?」

「え」


 頭を上げたマリアに尋ねられていた。優真は一瞬だけ呆ける。


「違ったらごめんなさい。ただ、勇者様が難しい顔をしていたので」

「……そんなに顔に出ていたかな。まあ、悩みか。マリアさんの言う通り、確かに悩んでるのかもしれません」

「勇者様のお力になれるかは分かりませんが、私で良ければお聞きしますよ。治癒士よりそっちが本職ですから」


 普段は黒い神官服を羽織る彼女が、膝を伸ばして立ち上がる。

「さあ、話してみてください」


 優真の胸元までしかない背丈であり、歳もほぼ差はない。だが、齢にそぐわない落ち着きがそこにはあった。堂々巡りの考えで詰まっていた口も自然と滑っていく。


「実を言うと、俺は…………多分勇者なんて器じゃないんです」


 こぼれた言葉が重荷を減らす。優真の強張っていた表情が少しだけ緩んだ。


「敵を傷つけたいとか全然思えないんです。シロみたいなモンスターだっているんだ。戦いなんてしないで、話し合いで全て解決したい。……そう思っちゃうんですよ」


 横へ視線を傾け、優真はその存在をより深く意識する。シロは静かな息遣いのまま、律義に座り続けていた。暴れる素振りは皆無。彩華の使い魔でなかったとしても、討伐する気には到底なれなかった。


「だけど、それじゃ強くなれない。このままではダメだ」


 モンスターを倒す事が、最も効率の良いレベルの上げ方だ。その事実は皆月優真も充分に承知している。


「傷つけて、倒して、強くならなきゃいけない」


 優真は顔を伏せて、聖剣を掴んだ掌を見下ろした。


「……それを分かっているのに、どうしても躊躇ってしまう。剣を、振るう事を。……こんなのって、勇者らしくないですよね」


 懺悔の如く一通り打ち明けた後、優真の手がシロへと伸びた。ふわり、と暖かな毛並みに指が沈んでいく。ギールの娘リリィやマリアが好んで触れていく気持ちを理解した。


「クゥン」


 一際高い鳴き声を弾ませ、モンスターである狼が背の高い少年へ頭を押し付ける。


「なんか……忠犬って感じだな。狼っぽくはないかも」


 機嫌を損ねたのか、シロは咄嗟に身を引いてしまった。優真は寂しそうに眉を下げる。


「やはり、ミナツキ様はとても優しいのですね」


 小さな唇から、温和な声音が紡がれた。

 敵を倒せないと嘆く勇者へ、柔らかな微笑が向けられている。神官の名を背負う彼女に相手を責めようとする気配は見られなかった。寧ろ、尊敬に近い念を瞳に込めている。

 マリアの反応に、優真は返す言葉を忘れてしまう。完全に予想外だったからだ。


「私、知ってるんですよ。貴方が皆様の仲を取り持つ為にどれだけの苦労をしてきたのか。自分が傷付いてでも、勇者や私達を守ろうとしてくれましたよね?」


 指摘された本人が「それは」と戸惑い、口を締める。


「アルクと勇者様の決闘でも、今回の作戦でもそうです。貴方は決して無傷で場を収めた訳じゃなかった」


 スキルで興奮状態と化した霧島晶弘や、響剣に乗っ取られたアルクと戦いはした。前者では魔力切れでの気絶、後者では響剣による負傷を引き起こしている。


「自分が傷付くと知っていても、相手を傷つけたくはない。そう言えるのは本当に凄いことですよ」


 優真には全く自覚が無かった。「そうですかね」と言っては、首を小さく傾げた。


「私は戦闘職ではありませんから、ステータスとかレベルに関してはっきりと言う事はできません。だけど、これだけは言えます」


 マリアが力強く、その喉を震わせる。


「貴方は決して弱くはありません」

「……っ」


 放たれた言葉が、深い闇夜を吹き飛ばす。優真の目は思わず開かれていた。胸の奥で驚嘆を覚えていたからだ。

(ああ、そうだ。俺もアルクに同じ様な事を言ったじゃないか)

 異世界の少女が口にしたのは、奇しくも地下迷宮で異世界の少年へと投げかけた思いと酷似していた。

短くも長くもない半生。その価値をアルクに見出しながら、今になって自分も評価された事に優真は苦笑する。


「私はミナツキ様が居てくれて良かったと思っています」


 敵を倒せない聖剣遣いは、視野の上澄みに白んだ眩さを覚える。夜が明けようとしていたのだろう。朝日の存在を間近に感じた。


「……本当に、ありがとうございます」


 更に、緩やかに波打った長い金髪が揺れる。マリアが頭を下げていたのだ。


「あ、頭を上げてください。どうしてマリアさんが言うんですか? お礼を言うなら、治療してもらっている俺達の方ですよ」


 夜空から背くかの如く、彼女の頭は地面と平行に向き合っていた。優真からは表情も見えない。ただ、傍で座っていたシロだけが無言で見上げていた。


「いえ、私が、私達が常に言うべきなんです。ミナツキ様はこの世界の為に戦ってくれいますから」


 ――それに、とマリアの声は続こうとした。突然の感謝に困惑していた優真も、聞き漏らさぬよう耳を澄ました。

 ドォ……ン!

 夜明け間際の冴えた時間だった。

 鈍い轟音が、風に乗ってやってきた。両耳を垂直に張ったシロが発信源の方を見つめる。一拍遅れて、マリアと優真も同じ方角へと顔をやる。


「何だ、今の音は? 爆発!?」

「ヴルルル!」


 口を突いて出た呟きに、白い狼が荒々しく同意する。優真が先程まで登っていた通路の向こう側から、細い黒煙が立ち上がっていた。


「あそこは確か……格納庫だ! 響剣もあの辺りにしまったんだ。でも、どうして!?」

「ミナツキ様! 避難しましょう! 何が起こったかはまだ分かりませんが、まずは安全を確保すべきです。私が案内します!」


 戸惑うばかりだった優真に反して、マリアは迅速な判断を下していた。すかさず二人はその場から離れ出す。シロも後に続いた。

 夜の静謐は一瞬にて崩壊した。優真達が通過した各所で、騎士や王城で働く従者が右往左往している。


「ひとまず、勇者様が泊っている宿舎に戻ります! あそこなら、護衛の騎士が常に滞在している筈です!」


 微かに息切れた声色が飛んできた。騎士とは異なり、マリアは決して足が速い方ではなかった。優真でも十分に追いつける程であり、四本足であるシロには既に抜かされている。


「はいっ」


 そう応じながら、優真は視界を黒煙が映る方角に合わせた。


「あの爆音――――まさか、魔王が襲撃したって言うの?」


 極度の不安を孕んだ小声も前方から滑り込んできた。魔王。その単語に込められた恐怖は、耳にしただけの者にも深く感染する。優真は喉を鳴らし、顔を強張らせた。

(あの宰相さんも魔王を怯えていた。一体、どんな怪物だっていうんだ?)

 周りで加速する喧噪によって空気が張り詰めていく。魔物を生み出す力を持った個体が居るとは優真も聞いていた。ここ数日の警戒態勢も、その危険な能力が原因である。

 ――ザザッ。

 急いでいた足が、不意に止まる。


「ま、待ってください! 私……そんなに早く走れませんよ!」

「バゥ!」


 彩華の使い魔であるシロやマリアは変わらず宿舎を目指していた。周囲の騒がしさが勝っていたのか。何かに気付いた様子は一切ない。


「…………何だ?」


 優真だけが耳にしていた。異世界に召喚されてから初めて経験する、違和感を。

 ザ、ザ、ザザ……!

 確かに聞こえてくる、雑音。時間が経つにつれて、胸がかき乱されていくのを優真は実感した。首を回し、音源が潜んでいるのであろう箇所を探す。


「あっちか」


 見当はすぐについた。それは、黒煙が立ち上る格納庫とは真逆の方角だった。


* * *


「……神園くん?」


 自然と口は動いていた。幾つかの壁を越えた先で、城壁の上で縮こまる同級生の姿を優真は目撃した。

神園健兎は無理矢理に膨らんだリュックを背負っていた。全身で月光を浴びており、丸みを帯びた巨大な影を優真へと落としている。一際高い縁に立っていたせいか、芝居めいた不自然さも際立っていた。


「何をやっているんだ、そんな所で?」

「――――っ? ど、どうしてここに!!?」


 神園が地面に立っている優真に気付く。両目を剥いて、激しく動揺していた。


「危ないよ、神園くん。早くこっちに降りてくるんだ!」


 城壁に手を突いている少年は、唇を震わせたまま何も答えない。


「さっきのが聞こえなかったのか? そこも爆発するかもしれない! 早くこっちに来て、安全な場所へ一緒に避難しようよ!」


 本心から身を案じたからこそ、優真はそう口にしていた。それにも関わらず、2―Bでも特に小柄な勇者は顔を青ざめさせていく。目線を慌ただしく動かし、城壁の外側と内側を交互に見比べた。

降りられないのか、と疑問が優真の脳裏によぎった。一歩、前へ出る。


「ば、爆発しないよ。あそこにしか仕掛けてないから」


 近づこうとしていた足が止まる。


「………………何で君がそんな事を知っているんだ?」


 呟いた健兎はしばらくの間、答えようとはしなかった。「だって」「言われたから」「これしか」と小声で何度も繰り返す。顔中には大量の汗をかいていた。平静とは言い難い状態なのは明らかだ。

 優真は嫌な予感を覚え、すぐに思い過ごしではなかった事を悟る。


「あれは僕が仕掛けたんだ」

「なっ!?」


 目を背けながら、神園が告白した。


「それは本当なのか!? どうしてそんな事を!? あそこは格納庫で、騎士の人達が使う大切な武具が……!」

「知ってるよ。だからこそ、騒ぎを起こして、向こうに奴等を集めようとしたんだ。その隙に、警備が手薄になったこっち側から出ていくつもりだった。……なのに、君が」


 施設として重要度が高い場所だからこそ、狙って爆弾をしかけた。騎士の注意をそちらへ引き付け、反対側の城壁から逃げる予定だった。

そう述懐する神園の話を聞いていく内に、優真の表情も歪んでいった。荒い呼吸に苛まれつつ、脳内で次々と溢れ出す疑問の一つを辛うじて投げかける。


「出ていくって……この国を?」


 無言の返答。否定は、ない。

顔中に浮かぶ焦燥の中で、双眸だけが唯一冷めていた。それが沈黙の意図を確かなものとする。

 優真は耐え切れず、大声で問い詰めた。


「事情があるんだろ!? こんな騒ぎを起こさなきゃならない、事情が! 教えてくれ、神園くん! まだ間に合う! 騎士団の人達も……きっと君の事を分かってくれる!!」

「――――」


 呼びかけられた少年が、一瞬だけ呆気に取られる。

 両目を鋭く細め、唇を弱々しく噛み締める。今にも泣き崩れそうな程に、表情を酷くしかめていた。

 そして、自分を見上げている優真に向けて言い放つ。



「君には分からないよ。僕の気持ちなんて」



 それから健兎は壁の向こうへと身を投げていった。背中にある大きな荷物ごと、積み重なった土色の煉瓦から落ちていく。

 数秒。全く動けずにいた優真の目に、細い光明の柱が映る。明星を待ち侘びた夜空を裂くかの如く、儚く駆け上がった。


* * *


 そこは純粋な暗闇だけが漂う空間の筈だった。けれども、今の時点では人の輪郭がくっきりと浮かんでいた。七つ、ある。どれもが年頃の少女に近い外形だった。誰もが、銀髪という特徴を共有していた。

 彼女達は又もや集まり、一つの巨大な盤と中空に浮かぶ大きな水晶を囲んでいた。


「さあ、皆。もういいわね? お待ちかねの……駒の発表の時間よ!」


 パチン、と指を鳴らしたのもまた銀色の髪をした少女だった。三つ編みのお下げが外見を区別する最大の要素だ。ジェネシア、という名を持っている。

 彼女の合図を皮切りに、盤上に複数の光り輝く塊が出現した。その数も七つあった。指先で摘まめる程の大きさである。

 しばらくしてから、外側を覆っていた眩い殻が剥がれた。黒曜に近い色合いが露わになる。姿を晒した七つ全てが別個に独創的な形をしていた。まさしく、駒である。


 右腕に数十の魔法陣を備えた魔導士。

 フードで全身を隠す冒険者。

 異形の肉体を持った怪物。

 二本の剣を腰に差した剣士。

 銃を手にしながら棒立ちする銃士。

 両足が無く、影に近い質感の悪霊。

 左右の手に短剣を構えた暗殺者。


 それぞれが陣を描く様に配置されていた。奇数故に互いの視線は交錯し合わない。しかし、真っすぐ突き進めばどれかと衝突し合うのは確実だった。


「どの駒がどの勇者で……誰の担当なのか。ふむ、実に興味深い面々だ」


 後頭部に髪をまとめているフィータが円状に並んだ駒を見比べていく。


「ふふっ。私のは教えてあげないけど、これだけは断言してあげる。――私の駒は歴代最強よ。誰も勝てないんだからっ」


 ジェネシアが胸を張った。だが、その隣から鼻で笑われた。呆れたと言わんばかりにセミロングの銀髪を揺らしたのは、プラウセンと呼ばれる存在だった。


「アンタ、前もそう言って負けたじゃない。……ていうか、私はそれよりももっと気になる事があるんだけど」

「ん? 何かあったか?」


 長く波打つお下げを垂らしたプレメットが小さく首を傾げる。プラウセンはすかさず目前の盤上を両手で叩いた。甲高い声が張り上げられる。


「あの崩落よ! あれは、一体誰が起こしたのよっ?」

『…………』

 

 だが、どれだけ待っても答える者は現れなかった。全員が沈黙した。プラウセンの鋭利な視線は空を泳ぎ、やがて駒が並んだ領域へと戻っていった。追及を諦めたのだ。


「もう既にゲームは始まっていますからね。誰も簡単に打ち明けはしませんよ」

「はん! そういうアンタが干渉したんじゃないの? ティリィ」


 プレメットの強気な語勢が突き刺さる。サイドから髪を括った彼女は、向けられた疑惑を敬語で軽々と受け流した。


「私じゃありませんよ。私は、迷宮を壊すなんて危険な真似は絶対にしません」

「……そうですね。ティリィさんは、あんなことはしませんからね」


 同意を示したのは、二つの髪を後頭部で結んだツインテールのキャティスだった。もごもごと唇を動かしながら、肯定をしつこく重ねる。


「にゃはは! どっちでもいいよ! あれのおかげで面白い事になったんだし!」

「――もしかして櫻谷樹は、魔導士(、、、)は君の駒かい?」

「にゃははは!」


 ホーピアは陽気な笑い声で問いを掻き消した。投げかけたフィータもそれ以上の情報を引き出そうとはしなかった。


「気になるといえば…………私は彼だね」

「彼?」


 団欒の雰囲気に紛れてフィータも口を滑らせていた。呟きを拾ったサイドテールのティリィが反応する。


「皆月優真さ。彼はこの七人の中に入っているだろうか」

「――――はぁ!?」


 又もやプラウセンが声高に叫んだ。


「あんなクソ雑魚選ぶなんてありえないんですけど! あいつは現実見ない甘ちゃん野郎よ! 勇者として扱うのもおこがましいっての!」

「にゃはは。すっごい嫌ってるねー」

「そうよ。あいつの甘っちょろい言葉聞くだけで鳥肌たってくるもの! なーにが『まだ終わっちゃいない』よ! あんな奴、すぐに殺されるのがオチよ!」


 銀髪のセミロングごとプラウセンは全身を震わせた。過剰な拒絶に、周囲に居た存在達が苦笑を漏らしていく。


「ま、まあ、君程じゃないけど私もほぼ同意見だね。彼は……あまりにも弱すぎる。どれだけ成長しようが、ハズレの足元にも及ばないだろう」


 目前に来ていた怪物の駒を人差し指で突きながら、フィータは語った。


「自分の駒さえ無事なら他なんてどうでもいいじゃない」


 ジェネシアが更に口を挟んだ。無関心を意図する言葉の端々には甘い香りが染みついていた。茶色の焦げ目がついた焼き菓子を頬張っていたのだ。指先を汚す白い粉砂糖を舌で舐め取り、目を細める。


「というか、駒にもなれず、あの国に残った勇者の末路は同じでしょ? あいつ等は――」


 濡れた指が水晶に向けられ、その平面にある風景が映し出される。それは、広い会議室に集まった勇者達の様子だった。話題に上がった優真を含めた数十人が揃っている。

 ジェネシアは残された彼等を見つめながら、告げた。




「――どうせ、みんな死ぬ」




* * *


 ゾブッ。

 鋭い切っ先が胸を貫いた。

「は?」

 男は、自分の心臓から真っすぐ生えた刀身を見て唖然とする。しばらくしてから、それが己を貫通した剣だと気付いた。

「貴……様!? 私を、謀ったのか……!!」

 薄暗い路地裏での密会だった。お互いの表情は暗闇に紛れてしまっているが、お互いの正体を知ってはいた。だからこそ、致命的な一撃を男は避けられなかったのだ。

「指示された通りに動いたんだぞ! それなのに、何故……が!」

 細身の男は引きつった顔で叫んだ。喉は十分に震えず、掠れた声だけがこぼれる。胸の辺りに滲んだ出血と共に、生気が流れていっているのは明白だ。

 けれども、直後に片腕が持ち上がった。反撃の余裕はなく、己を貫通する剣が抜ければ倒れてしまう状態だと悟っていた。身体を動かせたのは、上級騎士としての誇りが何とか残っていたからである。

 刺された男、ベネイク・テラードは、余力を振り絞って相手の顔へ掌を向けた。

「――――」

 ズルリ、と刃が滑らかに取り出された。剣先から血の雫が垂れており、振り払われると、その勢いで地表に赤い点線を描いた。

 ベネイクの身体が後方へと傾く。そのまま、鈍い音を立てて仰向けに横たわった。

「リネ……ッタ…………」

 上級騎士が、最後に少女の名を呼ぶ。

直後、ベネイクの瞳から完全に光が消え失せた。転がった地面箇所を中心に血の池が広がっていく。

「…………」

 上級騎士を殺した相手はすぐに立ち去ろうと足を引いた。だが、すぐに止まってベネイクの死体をまじまじと眺める。短い間、その場で立ち尽くしていた。

 やがて、剣を持たない側の手が伸びた。先程のベネイクを真似るかのような仕草だった。

 眩い明かりが路地裏を照らす。炎が舞っていたのだ。闇を含んだ空気を振り払う様に燃え盛っている。めらめらと火の粉を散らしては、降り注いだ。

横たわった、死体の上へ。

 騎士の制服が焦げ、肉が焼けていく。剣を握った男は、ベネイクの遺体が損壊していくのをしばらく見守った。


* * *


 眠気が頂点にまで達していた。


「つ、疲れた……!」


 皆月優真は与えられた自室へと戻り、すぐにベッドの上へ倒れ込んだ。ボスン、と大柄な背丈に合わせて空気が抜ける。


「今日だけで色々あり過ぎだ」


 救出作戦が始まり、暴走したアルクを三人がかりで制した。

 王城へ帰還し、霧島の逃亡を知った。

 それから真夜中にはマリアと再会し、爆発騒ぎに慌てた。その挙句、神園健兎が逃げる場面に遭遇したのだ。幸いにも事態はすぐに収拾し、城に残っていた勇者達も無事を確認されただけで解放された。

 だが、あくまでその時に限って見逃されただけに過ぎない。健兎の不在は発覚した筈だったが、騎士や政務官は目立った動きを見せなかったのだ。優真はそれが不可解だった。


「…………何でこんなことに、なってしまったんだ?」


 原因を求めて頭を回そうとする。だが、すぐに優真の眉間に深い皺が刻まれた。


「駄目だ。もう起きてられない」


 体力と気力の両方が限界だった。身体を翻し、天井を視野に納める。せめて毛布の下へもぐろうとしたが、優真の記憶はそこで途切れてしまった。




 初めに覚えたのは、眩しいという感触だった。次に、昨夜はカーテンを閉めるのを忘れていたと優真は反省する。


「朝……か」


 細めを開けて、沈んだ声色を漏らした。気分は良いとは言えなかった。眠気は全く取れていない上、昨夜までに起こった出来事が即座に思い返されたからだ。

 酷い気怠さを抱えたまま、優真は身体を起こそうとする。


「ん?」


 不意に、懐の辺りで違和感を持った。目線を下げ、半身の方をぼんやりと眺める。


「――えっ!?」


 こびりついていた睡魔が瞬時にして消え去った。飛び込んできたのは、理解を超えた驚きの光景だった。

 真横に居たのは、一糸纏わぬ幼い少女。

 人形の如く綺麗な肌をしていた。十代より下と思われる小さな顔立ちだ。当然ながら、驚愕で固まっている優真には全く覚えのない面でもある。


「ん~?」


 目を覚ましたのか。少女はか細い声を長く鳴らして、目をこすった。そして目を見開いた優真を見上げては、顔を華やかに崩す。


「おはようなのじゃ、ユウマ!」


 裸体を晒した少女が満面の笑みを向ける。窓から差し込む朝日が、長い灰色の髪を輝かせる様に照らしていた。


ここで一気にキャラが動いてきました。特に7人娘は今後もかなりストーリーに深く関わっていきます。

詳細はネタバレになるので語れませんが、把握しやすいように7人娘、駒の簡単な表を記します。

《7人娘》

①ティリィ :真面目なサイドテール。

②プラウセン:ツンツンなセミロング。

③ジェネシア:見栄っ張りな三つ編み。

④ホーピア :「にゃはは」と笑うショートカット。

⑤フィータ :冷酷なアップヘアー。

⑥キャティス:「~ね。~ね」と内気でしつこいツインテール。

⑦プレメット:気分屋なポニーテール。

《駒》

1.魔導士

2.冒険者

3.怪物

4.剣士

5.悪霊

6.銃士

7.暗殺者


 この7人娘と駒が一体何なのか。それが、今後の肝となっていきます。

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