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ハズレと呼ばれた異世界召喚  作者: 華野宮緋来
第一章《異世界ルイン・オルト》
27/43

27ー①:迷宮の外側

10月に入ってしまいました。

遅くなって申し訳ありません。最新話です。地下迷宮、突入組から話が始まります。

「ねえ、衛斗。何だか周りの様子が変わってきてない?」


 嶺井紗季は前方を行く天王寺衛斗に尋ねた。対する彼は、同意の頷きを返す。


「ああ。俺もそう思ってた。さっきは白っぽい壁が続いてたのに……前に行くほど黒くなってきている。ここは本当に地下迷宮なのか?」


 足元を見下ろし、天王寺は首を傾げた。先程まで踏みしめていた地面は白かった筈なのだが、気付いた時には濁った闇色に成り代わっていた。薄暗さも同時に増しており、頭上に生えた輝く苔がどうにか光源として機能している。

 地下迷宮第九十層――と高度を同じくする岩肌の回廊。その道中を二十人余りの集団が通っていた。救出作戦に参加する各部隊だ。それぞれ割り当てられた隊長を先頭にして列を分けているが、目指す方向は一致していた。


「お教えしましょう」


 隣の隊を率いるクオル・イスカ―が二人の疑問に応じた。


「ばらつきはありますが、かつて各層の広さは全て同じ位だと考えられていました。……しかし、攻略が進む内に、その範囲を超えた長い通り道があると判明したのです。それこそが、我々が今通っている道なのです」

「抜け道って事ですか? 今いるのは地下だけど、地下迷宮の中と見なされていない?」

「その通りです、ミネイ様。遠回りになりますが、この道を利用することで第九十層の階層主と出会わずに下層へと行けます」


 なるほど、と説明を受けた嶺井が首を小刻みに振った。


「……ん? 層の周りにある通路を進んでいるのはいいとして、モンスターとかは出現したりしないんですか?」


 天王寺が気づいた事を口にした。通路は集団が十分に歩ける広さであったが、各層の空間には及ばない。余裕がない場所で戦いを強いられるのか、不安を覚えたのだ。


「いや、そもそもここは難易度が高い深層だ。攻略だって出来てないって聞いてる。じゃあ、どの道を進めばいいかも分からないんじゃ……」


 新たな疑問が段々と芽を出していく。作戦概要を事前に聞いていた筈だったが、実際の現場では想像してしまう事が多々あった。

 そんな天王寺の考えを前に、クオルは一瞬だけ口を閉じた。短い沈黙。次に開いた時には、冷淡な声音が回答を綴っていった。


「モンスターは残念ながら出現します。もちろん警戒は怠っておりません。……後者の質問については安心してください。道順は完全に把握しています。騎士団が過去に利用したことがありましたので」

「じゃあ、この層までは攻略できているってことですね?」


 確信を得る為に衛斗は尋ねたつもりだった。しかし、彼女が仮面の如く硬かった表情を曇らせる。問いに対して『いいえ』と答えたのも同然だ。加えて、この話題を避けたがっている事も察せられた。


「実は前例があるのです。攻略ではなく、深層での救出に」


 クオルの困窮に助け船を出した男が居た。クオルやケヴィンと同じく隊長を任されているベネイク・テラードだ。


「それは本当ですか、ベネイクさん!」


 槙永春奈が勢いよく食いついた。形を成していた列を崩してまで、痩せ細った男の傍に駆け寄っていった。

 ベネイクが骨ばった顔にそぐわない満面の笑みを作る。


「ええ。実は数年前も、この迷宮内で行方不明となった騎士達が居たのです。中級、上級で構成された十人前後の探索部隊でしたかね。出身が高名な貴族の者も居たので、すぐに救出作戦が実施されました。かく言う私も、その作戦に参加していた一人です」


 当時は魔王襲撃を予想させる異変もなかった為、迅速な対応と人材の確保が可能だったのだ。ニーロ・ドラグアント出現の際にオーディアが駆け付けた様に、本来の騎士団は颯爽とした行動が可能であった。


「あの……作戦はどうなったんですか? 成功したんですか?」


 思わず皆月優真も口を挟んでいた。ケヴィンが率いる隊に並んで歩いていたが、両目は壮年の騎士だけを見つめている。

 焦らすかの如く時間を空け、ベネイクは結論に優真と春奈の意識を強く引き付けた。


「……無事、成功ましたよ」


 彼が口にした言葉に二人の勇者が明るい希望を抱く。春奈は泣きそうになりながら破顔を浮かべ、優真は口元を小さく吊り上げた。


「私が知る限り、救出された者は重傷を負っていました。しかし、何とか一命を取り留め、今でも王国の為にその身を尽くして働いています。惜しくも……騎士としての前線復帰は叶いませんでしたがね」

「でも、命が助かったことに代わりはありません……! やったね、槙永さん。助かった前例があるんだ。きっと樹くんも」


 優真の励ましに春奈が同意した。張りのある声で、大切な少年の生存を期待する。


「うん! 生きてるよ……きっと!」


 嬉しさの余り、彼女は一粒の涙を流した。彼等の周りには希望に満ち溢れた明るい空気が漂っていた。


「……流石にえげつないな」


 一方、先頭を行くケヴィンは少女が喜ぶ様子に心を痛めた。ベネイクは虚飾を交えた発言はしていない。優真達が想像した可能性も皆無ではない。だが、あえて遠ざけられている事実があったのだ。

 聡い数人の勇者も自ずと気付いていた。


「ふうん。体の一部を失ったあの男だけが、生き残ったってわけか」


 地下迷宮の真相で消息を絶ったのは十人程度。

 ベネイクが語ったのは生還者の一例。

 それ以外の騎士は、地上へ戻れたのかどうか。全ての答えを物語っているのが、クオルの暗い顔やケヴィンの吐いた呟きだった。


* * *


《Side:櫻谷樹》

 酷く心地が良かった。暖かな湯船に全身が浸かっているかの様だ。凝り固まった肉体が安らいでいくのが分かる。頭さえ、うたた寝に似た微熱に溶けかかっている。このまま眠り続けたい。永遠の眠りを強く願う自分が居た。

(もうずっと夢の中で――)

 そう考えた途端に、世界は冷めた。


「起きた?」


 見開いた瞳の先には、首を傾けて覗き込む少女――ティオの顔があった。灰色の長髪が目を惹く。また、双眸がそれぞれ異なる色をしていた事にも気づく。右目が鮮やかな青、左目が淡い虹色に輝いている。


「俺は……」


 ぽつりと声を漏らす。いつから眠っていたのか記憶にない。覚えているのは、《風の駆剣》でモンスターを貫いた所までだった。

 続いて、樹は彼女が羽織っていた服に目を向けた。見慣れた物だった。地べたに横たわった全身が感じる寒気も、その予想を裏付けている。


「ああ。貴方の上着、借りたわよ」


 両膝を地面に下ろしたまま、ティオは堂々と告げた。倒れた人間から服を剥ぐ行為である。樹も思わず眉をしかめた。だが、裸の状態よりはましだと考えを改める。


「敵は、どうなった」


 目を覚ましてから最も気になっていた事を尋ねる。攻撃した記憶はあるが、倒しきった光景を思い出せないのだ。


「もう消滅したわよ。相手の耐久が低かったのが幸いしたわね」

「そう……か」


 彼女の口からそう教えられ、心が軽くなった。

 遭遇しては逃げ回るしか出来なかったモンスターを撃退した。その事実が安堵を覚えさせる。もう怯える必要はない。左手を顔の上に被せ、自然と浮かぶ笑みを少女から隠した。

 ふと上半身を起こし、ティオから目線を外したまま口を再び開く。


「どうして俺は気絶した?」


 冷たい声音がすぐに返る。


「魔力の使い過ぎね。言うのも何だけど、あなたレベルが低過ぎて魔力総量が少ないのよ。これじゃ、私の能力を使う度に昏倒するわね」

「それは……あの魔法を強化する力のことか?」


 流し目で見た彼女の顔が、こくりと縦に振られた。


「私の能力の名は《虚刃》。正確には魔法構築そのものに干渉するんだけど……まあ、魔法強化って考えていいわ」

「《虚刃》……魔法、強化……」


 耳にした単語を樹が反芻していく。説明は単純だが、恐ろしい程に強力な能力だと直感していた。初級の魔法でさえ、深層モンスターに通用する威力まで引き上げるのだ。魔法使いにとっては有難い力である。

 ただし、欠点も同時に見つかった、ティオが指摘した魔力の不足。こればかりは己自身の課題と言える。


【裏技、教えてあげよっか?】


 頭の中に言葉が響いた。どこか人を小馬鹿にした、面白半分の態度が滲む例の声だ。


「あるのか? 魔力を、ステータスを上げる方法が」

「は? 知らないわよ」


 すがる思いで尋ねた樹に反応したのは、隣に居たティオだった。怪訝な眼差しも向けている。彼女にとっては脈絡もない問いかけだ。突き放した態度も当然である。


「とにかく、動けるようになったんでしょ? だったら移動するわよ、イツキ。いつ新手の敵が襲ってきてもおかしくないんだから」

「ああ。…………ん?」


 ティオが立ち上がる。樹も後に続こうと、地面に右手を突いた。だが、その途中で先の提案に対して首を傾げる。


「どうして俺の名前が分かった? まだ教えていないぞ」


 名乗る前に意識を失ったのだ。ティオは櫻谷樹について何も知らない筈だった。


「私と貴方の間には、幾つか共有しているものがあるの。そういった話も含めて、移動中に教えてあげるわ。……その右腕の事についてもね」


 横顔だけ振り返り、少女は虹彩の瞳を細めてみせた。知識や経験を得る為にも従うしかない。扱う筈の武器に逆らえない現状は癪に障ったが、歩き出す後ろ姿を樹はおずおずと追い始めていった。

 目的地は樹がヘルベントに襲われた場所だった。戻る際に敵と出会ってしまう恐れもあったが、二人は相談してリュックの回収を優先した。中に入っている魔力回復のポーションを利用すれば、《虚刃》発動にも耐えられると考えられたからだ。

 道中の案内にも困る事はなかった。ヘルベントによる痕跡が目印の役割を果たした。故に、求めていた情報の交換に自然と熱が入っていく。


「私は人型のコアとして、肉体を持って歩きまわる事ができるの。イツキの右腕もその肉体構築を応用して作ったわ」

「だが、お前の腕ではないな? 指の太さが男性のものだ。かといって、俺の右手とも少し違う」

「……知ってる腕の構造を参考にしたのよ。変な感じだろうけど、我慢して」


 初めに受けたのは、新たに生えてきた片腕についての説明だった。

 先刻からしっくりこない感覚が続いていたが、ティオの話を聞いて曖昧に納得する。下地が他人の手だ。残った手足より熱くなっているのもそれが原因だろう。そう考え、樹は次の話に意識を切り替えた。

 ――特殊なスキルを持つ者だけが使える《聖剣》。ティオリースは己がその中でも特別な種類だと明かした。通常ならば樹には触れる権利もない。しかし、コアである自分が認めたから能力と共に振るえた。それこそが特殊とされる由来だと彼女は自慢げに語った。

 新しい右腕とティオの正体。

 ここまでを知った上で、今度は樹が情報を開示する番となった。ただし、先の二つに肩を並べる衝撃的な知識をハズレ勇者は持ち合わせていなかった。アルカディア王国による召喚を口火に、懐かしいとすら思える身の上をただ淡々と口にしていく。


「待って。本当なの、それ……!」


 意外にもティオは大きな動揺を示していた。薄っすらと顔を青ざめさせ、歩みを遅くする。その横を通り抜け、樹は抜け道から迷宮の階層へ先に足を踏み入れた。周りを囲む白色の壁面が懐かしく感じられた。


「魔神の復活が……何度も繰り返されてるなんて」


 声を漏らすティオの困惑は樹の胸中にも響いていた。《麗剣》の持ち主として認められた為、多少の感覚や情報の共有が可能となっていた。打ち明けたのは分かち合えない過去の知識である。そこで、互いに思いがけない事実が判明した。


「お前達が魔神を倒してくれていれば……五代目の俺達も召喚されずに済んだんだがな」


 樹は罵り交じりに言葉を返す。

 麗剣ティオリースと元持ち主である勇者が活躍したのは、最初の時代。すなわち異世界ルイン・オルトに初めて勇者が召喚された頃の話だった。


「……っ。封印がいつか解ける可能性は考えてた。でも、五代目になるまで続くなんて。しかも四十人? 私達の頃の八倍じゃない。そんなの予想できるわけないでしょ……!」


 かつて生徒会長を中心として会議が開かれた際、過去の勇者達について調べるという方針が決まった。魔法習得の一環として樹も書庫室で資料を読み漁った。そこから、当代の勇者達が通算五代目になると気づいたのだ。


「まあ、もう召喚されたんだ。今さら愚痴を言っても仕方ないか。魔神なんざ俺の知ったことじゃない。俺の標的は勇者と王国だけだ」


 リュックを左手で振りつつ、樹は話題を切り上げる。残っている食料や薬品の数が気になっていたのだ。重さと中身を確かめては、渋い顔を浮かべる。右腕を切断した激痛から逃れようと大量に消費してしまっていた。在庫はほぼ無い。


「さて、これからどうするかな」


 軽くなったリュックを手に樹は立ち上がった。モンスターは倒せば光となるので、狩って食べる事が難しい。障害を屠る力を手に入れたが、空腹で死んでは元も子もなかった。


「……ねえ、本気?」


 頭を悩ませる樹の背中に、ティオが問いかけた。


「本気で、勇者と王国に復讐する気なの?」


 振り返った樹に再度尋ねられたのは、胸に刻んだ目標の真偽だった。


「……文句がありそうな顔だな。もしかして勇者は世界を救う存在だから止めろって言いたいのか? 裏切られても懲りない奴――」

「違うっ」


 ティオが顔を赤くして大声を張り上げた。けれども、すぐに冷静さを取り戻す。呼吸を整え、覚悟を決めたかの如く毅然とした面持ちになる。


「私は、貴方に利用されるのを許したけど、賛同した訳じゃない。だから、遠慮せずに言わせてもらうわ。……イツキがやろうとしているのは」


 白く細い人差し指を突きつけ、彼女は告げた。


「単なる逆恨みじゃないの?」


最初、クリフィードと生徒会長の話から始めようと思い書き溜めていました。しかし、ただでさえ主人公サイド・樹サイドで頻繁に場面転換していてテンポが悪そうだったので、書き直しました。

そして、その修正した話が思いのほか長くなってしまいました。故に二分割しています。


誤字脱字の報告、感想などをいただけましたら、非常に幸いです。

次回もよろしくお願い申し上げます。

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