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ハズレと呼ばれた異世界召喚  作者: 華野宮緋来
第一章《異世界ルイン・オルト》
2/43

2:プロローグ②

一応休みなので、投稿しました。プロローグ②です。

《Side:神園 健兎》

 半年近く前に殴られた腹部がまた熱を帯び始めた。小柄な少年――神園健兎は嫌な感触に唇を噛みしめる。


「よお、ウサギ君」


 目の前に立っている男子生徒が腹痛の原因だった。同級生の浮島うきしま兵吾ひょうご。一年生の頃に神園を虐めていたグループの一人である。教師に隠れて、数人がかりで暴力行為を繰り返していた。学年が上がってからは多少大人しくなったが、時折こうして神園に声をかけていた。


「今日の放課後、何か用事はあるかい?」

「別に……」


 不穏な気配を感じながらも、神園は嘘をつく事が出来なかった。顔を俯かせて、視線だけは合わせない様にしている。


「そうか。じゃあ、久しぶりに俺たちと遊ばないか?」


 何度も体験した流れだった。外面だけ仲の良い友人を演じ、人目がなくなれば虐めに移る。周囲の人間関係が幾らか整った為か、彼等は活動を再開しようとしているのだ。神園は近い内に訪れるのであろう悲惨な未来に眉をしかめた。


「…………」


 周りに注意を向ける。浮島以外の相手を探した。案の定、品のない笑み浮かべている二人組が見つかった。

 椅子に座って腕を組んでいる大柄な生徒、我堂徹也。いじめのリーダー格であり、不良とも呼べる存在だ。その脇にはひょろりとした身体つきの熊沢輝彦も控えている。


「何とか言ってくれよ。去年は一緒に色々やったじゃないか? 俺たちにかまってくれよぉ、ウサギ君っ」


 嘲笑を含んだ声音であだ名を口にし、浮島は神園の小さな肩に手を置いた。友達の体裁で脚色された言葉は相手の心を執拗に苛んでいく。暴力に曝されていた過去の暗喩に、本人は吐き気すら覚えた。


「……だ」

 ――イヤだ。

 そう叫ぼうとした声は空気に飲み込まれて消える。言い返したいが、そんな勇気は持ち合わせていない。臆病で気弱な人格。故に「ウサギ」などと名前に関係した呼び方をされていたのだ。


「え? 何だって? 声が小さくて良く聞こえないなぁ?」


 浮島が問い返した。薄ら笑いを絶やさないまま、肩を握る手には力を込めていく。段々と強くなる圧迫感は、神園の反逆心をあっけなく摘み取った。


「……っ」


 鈍い痛みが眉根の皺を更に深くさせた。拒絶も反抗も許されない。周囲のクラスメートは有名な生徒会長の勧誘や典型的な幼馴染同士のやり取りに気を惹かれている。神園には誰一人も興味を持っていない。現段階では、救いの手は皆無に等しかった。

 そんな時だった。

 教室の扉を二人の男女が通りかかる。


「もう、櫻谷君。寝ぼけてちゃダメだよ?」

「ご、ごめん……。今度からはぶつからないよう気を付けるよ」

「そうじゃなくて、もうちょっと健康的な生活をしなさいって話だよ」


 神園と体格が良く似た少年と可憐な美貌を備えた少女が、会話をしながら2―Bへと足を踏み入れた。ただでさえ華やかだった教室の空気が一層鮮やかになる。新たに登校してきた女子生徒は、鐘山光里や來篠椿に並ぶ程の美貌を持っていたのだ。

 彼女の名は槇永まきなが春奈はるな。2―Bにおけるクラスのアイドル的存在だった。同級生の中でも格別の容姿、そして誰にでも分け隔てなく接する優しい性格が男子の人気を集めていた。


「春奈。また櫻谷君にかまっているのか?」


 彼等のすぐ後ろから、顔立ちが整った男子生徒が現れる。


「あ、衛斗君。おはよう」


 槇永春奈が慣れた様子で挨拶を返した。彼女に話しかけたのは小学生からの幼馴染かつクラスの委員長でもある天王寺衛斗だった。異性の注目を集める程の端正な顔立ちをしている。槇永と合わせて美男美女の関係が良く噂されていた。


「ちっ。天王寺達が来やがったか」


 平均的なルックスを逸脱した二人組の登校に、浮島が苦い顔を浮かべた。


「そろそろホームルームが始まるな~。また後で話そうか?」


 先刻までの態度が復活した。神園に小さく手を挙げ、素早くその場から離れていく。


「…………助かった……」


 思わぬ救済に安堵の小声が漏れる。神園へのいじめは進級した直後に勢いが掠れていぇった。ある二人に理由があり、その片方こそが天王寺衛斗だったのだ。

 誠実さとリーダーシップを備え持つ彼の前ではいじめの機会は数少なくなっていた。加えて、生徒会長や槇永といった人格者の存在もある。2―Bは抑止力の点で神園にとってとてもありがたい空間だった。


「――――浮島。てめえ、何やってんだよ」


 そうした安全が、この頃になって怪しい雲行きを見せていた。


「だって、我堂……」

「アイツらもめったなことじゃ何も言わねえよ。姿見せたぐらいでビビんな」

「俺も我堂に賛成。つーか、仲がいいぐらいの関係保ってないと、逆に皆月が口出してくるぞ」


 我堂徹也と熊沢輝彦を含めて加害者三人が忍び声で話し合っていた。


「退屈で仕方ないんだよ、なぁ浮島。こういう時は何かを殴るのが一番なんだ。でも普通のサンドバッグじゃつまらねえ」


 分厚い我堂の拳骨が強く握られる。凶器にも等しい手は酷く肉の感触に飢えていた。

「血と涙と鼻水が出るやつがいいんだろ? 上手くやればどっかのアホみたいな警察沙汰にもなんないしな。そいつは俺も分かってるよ」


 歪な笑みが三人の口元に浮かぶ。

 神園は彼等をなるべく視野に入れない様にしていた。だが、自身に向けられた悪意を背筋に走った悪寒で察する。今の平穏はやがて壊れる。その予感に息苦しさを覚えていった。


* * *

《Side:櫻谷 樹》


「春奈、ちょっといいか? 最近、雰囲気が良さそうな喫茶店を見つけてさ」

「あ、ごめん。後でね。……櫻谷くーん!」

「――でも男一人じゃ行きづらい感じなんだ。そこでお願いなんだけど、春奈も一緒に行ってくれないか? 時間があるときで構わない。ああ、もちろん俺のおごりさ。好きなものを頼んでも構わないよ」

「……ねえ、春奈もう行っちゃったわよ」


 相手が居なくなった後も話し続ける天王寺の傍へ、ある女子生徒が歩み寄って事実を指摘した。ショートカット気味の髪を揺らし、冴えた細い目つきと凛とした顔を彼に近づけている。

天王寺は肩をがっくりと落とした。


「分かってるよ、紗季……」


 槇永春奈の親友である嶺井紗季が、うなだれた大きな背中を掌で叩く。バン、と強めの音が鳴った。続けて慰めの微笑と共に励ましの言葉をかける。


「ま、この前より誘い方は良くなったわよ。でもタイミングが悪かったわね」

「タイミングって……春奈はいつも彼ばっかり見てるじゃないか! 全く、彼のどこがいいって言うんだ? せめて皆月君ぐらいだったら諦めがつくけど……」

「好みは人それぞれだからねぇ。でも、本人達の前でそれ言わないでよ?」


 「分かってる」と同じ言葉を繰り返し、天王寺は槇永春奈の去った方角を見つめた。そこには彼女と櫻谷と呼ばれる少年が居た。楽しそうに談話をしている様だったが、実際は槇永が一方的に話しかけているだけだった。


「ねえねえ、櫻谷君。今日の数学の宿題ってやってきた?」

「え? あったっけ!?」


 中性的な顔立ちが焦りの色を浮かべた。小柄な少年、櫻谷樹は大人しさが漂う両目を開き、鞄の中を必死に探っていく。奥底からくしゃくしゃになった用紙が取り出された際には、その表情は一瞬にして真っ青へと変わった。


「……やっぱり忘れてたんだ。どうせアニメとかゲームとかに夢中だったんでしょ? 仕方ないなぁ。はい、これ」


 僅かに呆れている彼女からプリントが差し出された。折り目が殆ど付いていない綺麗な状態だった。けれども、全ての欄は見事に埋まっている。


「え、これって」

「写したらすぐに返してね。これ、貸しだから。後で何か奢ってね?」


 美しい面差を近づけて槇永春奈は微笑んだ。多くの男性を魅了する表情。純粋な優しさの中に含まれた誘惑に、櫻谷も淡い酩酊を覚えた。頬を赤らめながら、礼の言葉を口にしようとする。


「あ、ありが」

「――それはあんまり関心しないなぁ、槇永さん。やっぱり宿題は自分の力でやらないと」


 感謝は唐突に遮られた。

 いつの間にか櫻谷の傍らに背の高い男子生徒が立っていた。温和な顔立ちと穏やかな目つきをしている。戒めの発言とは裏腹に物腰も柔らかであった。


「おはよう、櫻谷君に槇永さん。相変わらず仲がいいね。……でも、宿題を教えるならともかく写させる

のはどうかと思うよ?」

「み、皆月君……」


挨拶をする彼に対し、櫻谷の眉根が僅かに動いた。


「大丈夫だって、皆月君。めったにあることじゃないし、櫻谷君だって後で復習してくれるわよ」


 槇永のフォローに皆月と呼ばれた大柄な生徒が首を小さく傾げた。


「そうかな? ……まぁ、もうホームルームが始まるしね。この話はまた後にしようか。俺の用事は別にあるし」


 そう言い放ち、皆月は手に持っていたビニール袋を掲げた。

「櫻谷君、これ読み終わったから返すね。……このラノベ、すっごく面白かったよ!」


 数冊の文庫本が取り出され、櫻谷の机の上に並べられる。多数の視線に曝された本に描かれていたのは、可憐な衣装を身に纏った艶やかな美少女のイラストだった。キャラのすぐ真上には色鮮やかかつポップなフォントで『絶対召喚! 異世界だけど、俺が魔王で幼馴染が勇者?』とタイトルが記されている。

 俗にいう、ライトノベル。特に異世界転移にして主人公無双系の代物だった。


「異世界での冒険にワクワクしたし、ヒロインもすっごく可愛かった! ――何より、主人公が無双するシーンが最高だったよ! 貸してくれてありがとう!」

「う、うん……。それは良かったんだけど、できたら……もうちょっと静かにしてくれないかな」


 教室に居た数人が熱弁する皆月を忍び笑う。近くに居た櫻谷もその巻き添えになっていた。ライトノベルを貸した本人は元からオタク気質である。美女と名高い槇永との密接な関係もあって、クラスの大半に良くない印象を抱かれている事は自覚していた。

 それでも、笑われるとはやはり恥ずかしさを覚えてしまう。気軽に接してくる同級生――皆月優真は根本的な善人であるが、空気を読む能力に問題があった。そんな理由から櫻谷は彼を少し苦手としていた。



* * *

《Side:九重 弦義》



「…………」

 

 登校時間が終わる間際、またもや一人の男子生徒が2―Bの扉を通り抜けた。その身長と骨格は共に高校生の平均を優に超えている。鍛え上げられた肉体の存在感も制服の下から主張されていた。加えて、周囲を眺める眼差しが獣の如く鋭かった。外見の要素だけで当てはめるなら、暴力的な不良という言葉が最も当てはまる。

 現に、騒がしかった教室の雰囲気は一瞬にして暗くなっていた。


「……ふんっ」


荒々しい鼻息が発せられる。灯ヶ丘高等学校の中でも数少ない不良の一人、九重弦義は朝から不機嫌に陥っていた。自分の登校だけで怯えるクラスメイトが気に入らなかった為だ。


「こーら、九重くん!」


 ――ぼん、と後頭部に軽い衝撃が走る。いきなりの出来事だった。顔をしかめて即座に振り向く。

 視線の先にはスーツ姿の女性が立っていた。その胸元には九重を叩いたと思しき黒い名簿が抱えられている。


「……何すんだよ」

「また遅刻ぎりぎりじゃないですか! もっと時間に余裕をもって来なさいって、いつも言ってるでしょうっ?」


 2―Bの担任、藤原綾子が怯む事もなく注意をした。まだ二十代の筈だが、その顔立ちは随分と幼かった。高校生と比べても差異は無い。赤みがかかった茶髪が一層のあどけなさを表している。

 自然と力んでいた九重の眉間が少しだけ緩んだ。


「はっ、相変わらずだな。担任だからって俺が言うこと聞くと思うなよ、綾子」

「ちょっと、呼び捨てはやめてください! 学校じゃ先生って呼ばなきゃいけないんですよ、ツルギくん」

「やめろ、その名で呼ぶな。聞きたくもねえんだよ」


 両目が再び険しくして、低い声音をぶつける。口に出された自身の名前に、過剰な反応を見せていた。もはや威嚇の反応に達している。


「お返しです。でも、恥ずかしがることはないですよ? とってもいい名前じゃないですか」


 暖かな笑みを含めた藤原綾子の顔を目の当たりにする。


「…………ハァ……」


 幼少から名前に関する茶々に反抗してきた。九重にとって敵意を備えるのはもはや必然になっていた。時には暴力行為に発展するいざこざも何件かあった。元から激しい気質だったことも原因なのだが、長い間に渡って荒事に浸っている。

 だが、培ってきた威厳は彼女の前では殆ど意味をなさない。人を殴り慣れた拳もむなしい代物に成り下がる。


「相手にするだけ無駄か。何でこいつが担任なんだか……」

「はい? 何か言いました? ――あ、生徒会の皆さん! そろそろ三年生の教室に戻ってください! そこの來篠さんも、檜室さんも! もう朝のホームルームが始まりますよ!!」


 担任の言葉が教室中に広がった。2―Bに所属していない五人の女子生徒がそれぞれの反応を見せていく。


「むぅ。……今朝はここまでにしておいてあげますわ」


 生徒会長、鐘山光里は惜しそうに口元を膨らませた。別れ際の発言にも龍野宮への心残りが含まれていた。


「また来るつもりですか」


 飽きずに勧誘を続ける彼女に龍野宮は苦笑した。生徒会への加入は全く考慮していないが、そうした熱心な一面に敬意だけは抱いていた。


「――じゃ、アキくん。私達ももう行くね。後でお昼を一緒に食べましょ?」

「おー、いいぜ」

「遊衣、今日はお外で食べたいなー」


 霧島を中心とした三人組がお互いに約束を交わす。仲睦まじい姿だった。二人の美少女に囲まれているだけあって、羨望の感情を向ける生徒の数も多い。

現に、生徒会長もまじまじと彼等を見つめていた。踵を返した瞬間に視界へ入ってしまったのだ。踏み出そうとした足も止まっている。

そんな彼女の心情を、佐々倉絵恋がすぐに察した。


「…………龍野宮君」

「何ですか? 佐々倉先輩」


 眠気に飲み込まれかけていた少年の目が、片方だけ開く。


「今日のお昼、また来てもいいかな?」

「え、絵恋!?」


 鐘山が驚愕の表情で振り返った。予想外の提案で動揺はしている。だが、口元には小さな笑みが張り付いていた。

その隣で、一門由紀はあからさまな渋い顔を作る。


「……ま、別にいいですよ~」

「ふぁ~」

 当の本人は未だに睡魔と戦っていた。


まだ元の世界、学校での描写です。異世界への召喚は次の話で行われます。

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