エピローグ
大学の卒業式、式の最中に1人1人と我トイレにといった顔をして会場を後にしていく。
会場の入口を抜けると、井倉大雅はハアッとあくびをする。退屈で長ったらしい式だ、外
から差し込む陽光にも眠気に誘われた。
辺りを見渡すと、すでに仁田彩華の姿があった。彩華は大雅に気づいていて、彼に向か
って手を振っている。
「よぉ、1番乗り?」
「うん、誰もいないから待ちぼうけてたよ」
「へぇ、かわいいな、それ」
「本当?」
彩華は桜色と紫の袴でくるりと回る、大雅は定番の黒とグレイの袴を着ていた。
「玲奈と幹太はまだみたいだな」
「そうだね、いつ来るんだろ」
式後にはそれぞれの科での飲み会に行くため、4人は式中に会っておくことにした。卒
業証書を受け取った順に会場を抜ける、という約束で。
武澤玲奈と神田橋幹太はもう少し時間がかかりそうだった。
「しかし、これで離れ離れか。寂しくなるなぁ」
大雅の言葉は、今まさに彩華の言おうとしたことだった。
彩華はデパート勤務、大雅はバー店員、玲奈はOL、幹太はサラリーマン。
それぞれの道は決まっており、今日でこれまでのような密接した日々とはお別れになる。
「大丈夫だよ、これからもちょくちょく会えばいいんだし」
言ってはみたが、不安もあった。卒業が機になって、4人の関係が薄くなってしまうこ
とは恐れてた。
それを打ち消すように言った言葉だ、それは目の前にいる大雅に対しても。
「ねぇ、大雅?」
「んっ?」
彩華の方を向いた大雅は、彼女の不安げな顔に顔がしまる。
「もう・・・あんまり会えなくなっちゃうのかな」
「そんなことないよ、いつでも会いに来ればいい」
「本当に? 会いに行ってもいい?」
「もちろん、バーにでも飲みに来なよ」
よかった、そう彩華は心から喜ぶ。
2つの選択肢があった、この大学の卒業という大きな機会で。
彩華と大雅の別れ、7年間の先の見えない片想いに踏ん切りをつける。関係の継続、こ
の先も見えない片想いを続けていく。
大雅は後者を選んだ、このまま彩華を側に置いてくことを。
勇気がなかった、彩華を悲しませてまで次に行くことの。それが自分を苦しめることに
なることも充分に承知した上での決断だった。
☆
井倉大雅は自分から去っていく仁田彩華の背中をジッと眺めていた。このシーンを刻み
込むように、目を開いて彼女の姿を確かめている。
100mほど先を彩華は左に曲がる、その瞬間に全身の力が抜けた。その場に座り込ん
だまま動けなかった、呆然という状態がよく似合う。
失ってから気づくことがある、よく聞く言葉だが本当なんだなと思った。
覚悟はくさるぐらいにしていたのに、実際に失うと彩華の存在の大きさがどれだけだっ
たかが分かった。あんなに自分のことを想ってくれた人はいなかった、この先だってそう
だろう。
だからこそ彼女に甘えてはいけなかった、幸せになってもらいたかった。自分がそうし
てあげるのが最上であることも分かってる、ただ自分にはそれが出来ない。10年間も自
分のせいで彩華の恋を奪ってしまった、もうこれが限界だった。
良い人を紹介してもらったなんて嘘だった、これからも自分は独りのままだ。
しばらくは彩華を失った重荷を背負うことになるのだろう。その先に、自分に幸せが訪
れるのかは正直分からない。
それでも進んでいかなければならない、彩華のために、自分のために。
ぬるい夏風がまた大雅の身体を吹き抜ける、重い身体を起こすと大雅は飾られた街の中
へ消えていった。
本作はこれで終了となります。
読んでくださって、ありがとうございます。