第0話
シャリン、カララン。LENNONの入口の扉を閉めると、この2つの音が鳴る。
その日に楽しいことがあった人、悲しいことがあった人。夫に先立たれた未亡人、こん
なところに1人で来るはずもない幼稚園児。3度の飯よりセックスに溺れる女子、誠実で
あることが一目で読み取れる爽やかな笑顔をする男子。
この店に来る誰が扉を閉めたとしても変わらない2つの音がここを訪れる人間をいつも
出迎えてくれる。
なんてことはない古びた木造の扉だ、年季の入っていることは一目で分かる。酔い人が
ぶつかって削れてしまった穴ともいえない傷は扉の右下に。納品する際に品物の入った段
ボールを運んでて擦ってしまった引っ掻いたような傷は扉の至るところにある。
なによりも扉自体の腐敗による傷みが第一だ。こんなもの、泥棒がその気になれば力ず
くで蹴り壊して侵入するのは訳のないことだろう。
それでも、この音を聞くと私はなんだか心がホッとする。
おかえりなさい、そう言ってもらってるような気になるから。
シャリン、扉の上の方に掛けてある3つの鈴が扉と当たって奏でられる音、これが1つ
めのおかえりなさい。
カララン、扉の真ん中に掛けてある「WELCOME」の木製オブジェが扉と当たって
奏でられる音、これが2つめのおかえりなさい。
「おかえり、彩華」
店のカウンターの中にいる大雅からの声、これが3つめのおかえりなさい。
幸せを感じる、独り身の私におかえりを言ってくれる場所があるということを。
大雅、大好きだよ。もう、10年も私はあなたに恋をしている。私はあなたが好きで、
あなたは私があなたを好きなことを知ってる。
でも、あなたは私の想いに応えてくれることはしない、この10年ずっと。
私はきっと迷惑なくらいにあなたを追いかけてると思う。なのに、あなたは嫌な顔の一
つもしないで私に接してくれている。それが余計に私のハートを撃つの、私をあなたから
離れさせなくするの。
大雅も悪いのよ、そんな私のことを分かって近くにいさせるんだから。
せめてもの罪償い、そう思ってるんだろうってことも分かってる。私の想いは報われな
い、だからせめて側に置いておく。
私もそれを分かってるくせに甘えてるんだから、どっちもどっちよね。
私は空のグラスに残ってる氷をカラカラと回しながらフフッて微笑んだ、目の前のあな
たも私の心の中を盗み見たようにカウンターの中で笑みを浮かべた。
全4話の6作目の小説です。