36歳独女、恋をする
へーこんな事もあるもんだーと思って、気楽に読んで下さい。
キラキラと輝く夜の街
駅前のバスロータリーはクリスマスシーズンだから電飾も華やかで、何処を見てもカップルが目につく…
ボサボサな長い髪を首の後ろで一つに束ね、寒さを防げればいいと茶色の分厚いコートに身を隠し、左肩から大きな黒いバックを下げ、右手には半額のシールが貼っているお弁当が入っているレジ袋を持っている私には関係ない光景
ああ、今日も仕事忙しかった…
年内に仕上げなければいけない仕事が山積みでここ数日間毎日3時間残業。
若い後輩たちは「今日、予定があるのでお先に失礼します~。」と課長に愛想振りまいてとっとと帰るし、課長も課長で「あとは中田に任せていいよな。」と2時間前に退社した。そりゃ私は係長で36歳独身女子で予定もありませんが…なんだか納得がいかない。
深いため息をすれば、息が白くなりネオンと暗い空に消えて行く
「あれ?もしかして中田?」
私の横を通り過ぎようとしていたカップルの男が不意に私に話しかけてきた
私は煩わしそうにその男に目をやると、数年前同じ部署で働いていた高橋だった
高橋はよく言えば愛想がいい営業マン、悪く言えば適当でいいかげんな奴といった印象で一緒に働いた期間も半年ぐらいで私が別の部署に異動になったのでさほど親しくはない
「あ、どうもお疲れ様です」
事務的に挨拶をしてその場を去ろうとしたのだが、高橋はしつこく話を振って来た
「なに?今仕事帰り?真面目だねー」
おそらくデート中なのであろう。高橋は上機嫌に私に話しかけているが、待たされている彼女らしき女性は少し不愛想に私を睨み上から下まで見ると「くすっ」っと含み笑いを浮かべた
私は超能力者ではないが、なんとなく彼女が思っている事がわかる
『なに、このおばさん。ダッサー女として無しでしょー』
まぁこんな所だろう。
別にそれを否定する気も怒る気もしないが好い気はしない。
綺麗に着飾って、男ごごろをくすぐるメイクをばっちりきめている彼女がそう思うのも無理ない。
「ええ、ではバスの時間がありますので失礼します」
私は強引に高橋の話を切り上げてその場を去った。背後から高橋が「お疲れ様ー」と言っているが聞こえないふりをして速足でバス停に向かった
私にもクリスマスに彼氏がいてデートしていた頃だってある
若くて何もかも新鮮で毎日楽しくて…だんだんと年をとって、大人な付き合いが増えてきて、人を心から信用する事が簡単に出来なくなって壁を作ってしまう。
いつの間にか、恋の仕方すら忘れてしまった。
そんなことを考えながらバスに揺られて一人暮らしの自宅に帰った。
適当な毎日が過ぎて数日が経った。
クリスマスイブで街がさらにイベントなどでにぎわっているようだが私は目の前にある山積みの仕事を片付ける事に精一杯である
このくそ忙しい時に後輩がミスをして、資料を作り直さなくてはいけなくなり、その事に対して一言愚痴を漏らそうものなら、給湯室で後輩達が「中田係長予定ないからヒスってるよねー」って…頭痛とため息しか出ない
カタカタとパソコンで修正資料を作りながら、だんだんと自分が惨めに思えてきた
「あ、あの何か手伝いましょうか?」
後輩の一人、花田が怯えながら私に話しかけてきた
花田はあまり目立つタイプではなく、どちらかといえばグズな後輩の部類に入る
私は彼女の技量と自分がやる方の効率を考えて、結論自分がやった方がいいと思えた
「いい、私がやった方が早いから。あっちの資料片付け手伝って」
小さな声で「…わかりました」と言って去っていく彼女の様子も気にせず、再び資料作りに専念した
わずか2時間で資料を作り終え、一息いれて他の本来の自分の仕事に戻ろうと休憩室の自動販売機に飲み物を買いに行くと見慣れた後ろ姿の男性社員が一服中だった
背が高くスーツ姿が似合うその社員は昔少しだけ付き合った事がある鈴木亮太だとすぐにわかる
彼は私より一年先輩で、気さくで話やすく相手を思って行動してくれるいい人だった。
ただ、いい人すぎて追いかける意欲がなくなりお互い自然に消滅した感じになった
「お疲れ様です」
私は一言挨拶をして自動販売機の前に立ち、何を飲もうか考える
今の気分はガッツリブラックコーヒーだが、最近胃が弱ってきているのでミルク入りがいいかなーっと小銭を入れて少し手を止める
その間に背後から手が伸びてきてホットカフェオレのボタンだ押された
ガタンっと缶コーヒーが落ちる音がして私は目を細め後ろを振り向いた
「ご馳走様」
小さく微笑み自動販売機から缶コーヒーをとる鈴木を私は睨んで抗議した
「誰も奢ると言ってませんが?」
「俺が奢って欲しかったの。しかし、お前ひどい顔だな…」
生まれつきこの顔です!っと文句を言ってやりたかったが否定できなかった
化粧も適当、髪もぼさぼさ、パソコンと2時間にらめっこして目の下はクマが出来てるだろうし
まぁ、私がどんな格好であろうが周りは気にしないだろうと思っていた
派手な化粧をすれば、周りは「なに色気づいて。焦ってるのね」と言われ、何もしなければ「みっともない、もっとちゃんとすればいいのに」と言われる
ほどほどな身なりにしないといけない難しい所なのだ
私は言い返すのもめんどくさくなり、また小銭を入れて珈琲ミルク入りのボタンを押した
「…お前さーもっと楽しそうに生きれないの?」
私は缶コーヒーを取り出しながら鈴木の言葉に疑問を感じた
「楽しそうに?」
「最近とくに悲壮感半端ない」
悲壮感…ないとは言えないが
確か鈴木は去年結婚して今年赤ちゃんが生まれた幸せ者だろう
それに比べて私は悲壮感半端ない人間になってると言いたいのか、こいつは?
「なぁ、今晩飲みに行こうか?」
小さく囁くその声に私は耳を疑った
今日はクリスマスイブですよ
愛する妻に生まれた赤ちゃんが家で待っていますよね?
それなのに、元カノを飲みに誘っているってどういうこと?
ただの善意で私を元気づけようと誘っているのか…それとも、私が可哀想だから…
「ふ、ふふふ」
私は何か触れてはいけないスイッチに触れられたように笑い出した
そんな私を気味悪がって鈴木は半歩下がって奇妙なモノを見る目で見つめる
持っていたホット缶コーヒーのふたを開けて一気に飲み干すと缶入れのごみ箱に空き缶を投げ入れる
「あーもう、やめた!!バカみたい!」
その様子を眺めていた鈴木を無視して私は自分のデスクに戻り荷物を片付ける
山ほどある今日中にしないといけない仕事を後輩と課長に押し付けて、体調不良で帰りますと一言いって会社を早退した
別に仕事に生きる女になりたかった訳じゃない、ただ普通にしていたつもりなのに
悔し涙すら出てこない私は不機嫌な顔でバスに乗り自宅に帰る事にした
その途中、使い切っていた洗顔の事を想い出し近所のドラックストアに寄る事にした
行きつけのお店でいつもの洗顔とストレス発散の為のアルコールとおつまみになりそうな物をカゴに入れてレジに向かうと予想以上に混雑していた
どのレジに並ぶか少し考えれいると男の店員さんから声を掛けられた
「こちらでも清算出来ますのでどうぞ」
他の店員さんとは違った白い制服?でどうやら薬剤免許をもった店員さんらしく、普通のレジではなくクスリ売り場のレジを案内された
その店員さんはストレートな黒い短髪にメガネとぱっと見真面目そうな雰囲気だが、よく見ると片耳にピアスの穴が空いている
スムーズに商品の清算を終わらせるとレジカウンターにあった栄養ドリンクをすすめられた
「こちら、疲れている人に人気があるドリンクでおススメですよ」
「確かに疲れているように見えるでしょうがドリンクは好きではないのでいりません」
ただいま心が荒んでいる私は言葉を選ばず思ったことをストレートに言っていた
はっと我にかえり、少し申し訳なく思いその店員を見ると少し困った顔をして笑っていた
「実は僕もドリンク苦手なんです」
目を細めて苦笑いを浮かべている店員と目が合い、ぐっと胸が締め付けられる感じがした
だんだんと顔が赤くなり、視線を逸らして慌てて財布からお金を出す
お金を置く皿があるのでそこに会計金額を置くと、店員は精算機にお金を入れてお釣りとレシートを手に取り構える
その流れでいくと私は手を出してお釣りとレシートを受け取るのが自然の流れなので、手を出すが私は何故か緊張していた
顔が赤くなり、鼓動が少し早くなっている
「お釣り67円です。ありがとうございました。」
手のひらにお釣りとレシートを乗せられた時、その店員さんの指が軽く指に触れた
その瞬間、少し早くなっていた鼓動がバクバクと音を立てて大きくなる
一瞬だったが少し硬くガサガサしてる店員さんの指の感触が判るぐらいに触れた部分が熱くなり、少し震える手を無理やり鎮めながら財布にお金とレシートを直し、いつの間にか商品を入れられていたレジ袋を受け取りレジを去ろうとした
そんな私に店員さんは
「また、お越しください」
その言葉はきっとお店のマニュアルであるのだろうとわかっているが、耳に残り私は振り向かず軽く会釈をしてお店を出た
どうやら私は疲れているようだ
だから、あんな店員を異常に意識したりしてしまうのだろう。あの店員さんもこんなダサいおばさんにこんな風に思われて可哀想だなー
私は深々と反省しながら家に戻った
自分のお気に入りのインテリアが置かれている自宅に戻り、ふと全身が映る鏡を見る
『悲壮感半端ない』
『疲れている人』
36歳、独身、彼氏なし
ボサボサ髪に疲れた顔…
これじゃ、ダメだよね…
さっき、不意に襲って来たトキメキにただ困惑することしか出来なかった自分が少し情けなく思えた
もっと自分に自信があったら…
もっと自分が強かったら…
もっと自分が幸せだったら…
私は恋の仕方を忘れただけでなく、その準備すらしてなかったと思い知った
「…よし、なんとかするかな!」
とりあえず今できる事を今やる。
私はボサボサの髪をなんとかするべく、若い頃使っていたトリートメントを見つけバスタイムで髪を潤し、まったく手を付けていなかった体を磨き上げ、何もしていなかったネイルもきちんと手入れをして、派手にならない程度に磨きナチュラルで清楚な手先になると少し女子力が上がった気分になった
分厚いコートは確かにあったかいが見た目も重いので、数年前に買ってクローゼットの奥に仕舞い込んでいた白いダウンコートを取り出した
白いコートは汚れたらクリーニング代が痛いと思ってなかなか着なかったが、着なければ尚意味がないとつくづく思う
化粧の仕方もただ薄付け化粧でナチュラルメイクではなく、最近の化粧の仕方をネットで検索してみると新しい化粧品が欲しくなった
「また、あの店寄って帰ろうかな…」
トクンっ
あの店員さんの事を想い出すと勝手に胸が熱くなった
自分の身の丈をわかっているつもりである
なので、あの店員さんのどうこうなろうとか、そんな事思っていない
ただのファンみたいなものだ
自分にそう言い聞かせて、久々にちょっと幸せな気分で明日が楽しみになった
次の日の朝はいつもと違い軽やかに身支度が出来た
朝からきちんと洗顔保湿をして、いつもより丁寧に清楚な印象のメイクをする
いつもはただ束ねていただけの髪はつや髪になりアップにしてルーズなお団子を作り、いつもは着けていないイヤリングを着けて白いコートを羽織って家を出た
足取が軽く会社に出社すると、予想通り仕事が山のように溜まっている
昨日私が早退したあとの仕事をやり切れてないの物が半分、更に今日分が一杯
課長と後輩が互いに責任を押し付けながら申し訳なさそうに私に言って来たが今日の私はいつもの私とは違う
「こちらこそ、すみませんでした。大丈夫です、なんとかしますから」
ニコリと微笑み、目の前の仕事を片っ端から片付ける私に課長と後輩は奇妙な者を見る目で見守っていた
その中で何か言いたそうにこちらを見ている花田秋が目に入る
「花田さん、時間が出来たら、これ手伝ってくれない?」
「え?あ、はい。すぐでも大丈夫です!」
いつもなら周りが見えず、目の前の仕事をこなすことで精いっぱいだったのに、一歩下がって余裕ができると今まで見えてなかった事が見えてくる
花田は私の手伝いをしようといつも私を気にかけてくれている子なのだと今気が付いた
そういえば、いままでもさりげなくコーヒーとか入れてくれてたし、いい子だな
そう思いながらフッと花田を見ると偶然目が合った
「あ、何かありますか?」
私はへらっと笑って
「ううん。なんでもない。可愛いなーと思って」
「え!!」
顔を赤くして照れている花田を横目に帰りにドラックストアに寄る為にとっとと目の前の仕事を片付ける事に専念した
専念したのだが…間に合わなかった…
世の中そんなに甘くないという事か…
残業3時間
閉店したお店のシャッターの前でまだついている店内の明かりを悔しそうに眺めトボトボと家に帰る事にした
今日はクリスマス、奇跡があってもいいじゃないの?なんて思ったりもしたが何もなく無事に家に帰った
それから数日、やはり残業の嵐が続き、たまに早く帰れてドラックストアに行けたがあの店員はいなかった
あの店員にあった日は早退した日だったので、もしかしたら夜はいないのかもしれないと思った
そして、仕事納めがあり年が明け新年
私が働く会社では仕事始めの日は社内で軽く宴会がある
もちろんお酒を飲める人は飲むし、仕事は明日から的な感じだ
私も帰りはバスで帰るので程よい程度にお酒を飲みいい気分になっていた
そんな私に話しかけて来たのが元カレ兼他部署営業の鈴木だ
「中田さん飲んでる?」
「見ての通り飲んでますよ。タダ酒は美味しいですよねー」
「はは、まあね。この後って予定ある?」
「…嫌味ですか?それ」
私がギロリと睨むと鈴木は焦って首を横に振った
「飲みに行かないかなーと思って」
「…鈴木さん、前から思ってたのですが奥さんとうまくいってないのですか?」
「え?なんで?」
「だってそうでしょう?結婚して赤ちゃんが生まれて幸せ絶頂期に家に帰るより悲壮感漂う元カノと飲みに行こうとするなんて…」
自分で言って、かなり悲しくなってきた…
しかし、お酒の力も借りてズバリ聞いてみたのが良かったのか鈴木は表情を曇らせて視線を床に下げた
「幸せ絶頂期って俺も思ってたけど、現実は違うんだよな…妻は子供の事で頭がいっぱいで俺の事なんかまったく考えてないし、結婚する前とはまったく別人になったって感じでさ」
ぐだぐだと愚痴を言い出した鈴木に私は完全に聞き手に徹した
結婚をした事がない私にどういう意見を求めているのかわからないが鈴木は最終的に何が言いたいのか判断しなければならないと思ったからだ
「家にいると邪魔者扱いされて、給料が少ないと罵られて、家に俺がいるスペースがなくて肩身が狭い思いしているのが窮屈になって…絵里亜と付き合ってる事が一番気が楽で良かったなー」
ちなみに絵里亜は私の事だ
鈴木もだいぶ飲んでいるらしい
愚痴りながらちょっと涙目になっている…結婚とはそういうモノなのだろうか?
「なぁ絵里亜、俺の居場所になってくれないか?」
「私に不倫をしろと?」
酔っぱらった、ちょっと情けない鈴木を睨みつける私に鈴木は苦笑いを浮かべた
「そんな関係じゃなくてもいい」
その言葉に私は少し戸惑った
会社の新年会の片隅でまさかこんな話をするとは…流石に周りの目が気になりこれ以上この話題を続けるのはまずい事になる気がして助け船を求める事にした
偶然近くを通りかかった花田を呼び止め、逃げるように鈴木の元を離れた
私の中で黄色信号が点滅していた
このまま鈴木の話を聞き続け同情してしてしまえば、私と鈴木はそういう関係になってしまう
それが幸せっていう人もいるだろうが、私の中ではどうしてもそこに納得が出来なかった
新年会が終わって、二次会に行く者もいれば直帰する者いる中、私はさりげなく鈴木を避けるように帰宅する事にした
その帰り初売りのドラックストアが目に止まり寄って帰る事にした
いつもより帰る時間が早いのでもしかしたらあの店員がいるかも
そう小さな期待を持って店内に入ると初売りでにぎわっていた
カゴを持ち、適当にいるものを選びながら店の中を見渡すとクスリ売り場で若い女性の客に接客している彼を発見した
遠くでその姿を見つけトクンっと小さく胸が熱くなる
風邪薬の売り場の前でときより笑顔を浮かべて接客している彼に女性客も笑顔で答えて説明を聞いている
ごく普通の光景だが私は自分が少し恥ずかしくなってきた
新年、一目彼が見れただけで良しとしよう
そう思って少し混雑しているレジに足をむけて少し下を向いて接客している彼の横を通り過ぎた
「あ、こちらのレジ開けますよ。どうぞ」
その言葉は接客している若い女性に向けた言葉だと思ったがチラッと横目で見ると私に向かってかけている言葉だった
接客していた女性は奥にいた連れの人の元に行ったらしく、店員さんはいそいそとレジを開ける作業に取り掛かった
この状況でこの言葉を無視して行くのは申し訳なく思い、しぶしぶ?店員さんに精算をお願いする
私は普通の客、私は普通の客
視線を商品が入ったカゴに集中して頭の中で過敏に意識しないように暗示を自分にかける
そんな私の心を知ってか知らずか、店員は私に話しかけて来た
「休みの間、疲れはとれましたか?ドリンク以外でいい薬ありますよ」
その言葉に私は固まりどんどんと顔が赤くなっていく
私がドリンク苦手って憶えていてくれた?私を?
ドクドクと胸が熱くなり、なんて返事をすれが一番いいのか一生懸命考える
「だ、だいじょうぶです」
なにが大丈夫なんだろう…自分の口から出た言葉に深く反省をしつつお金を払う
情けない…ああ、情けない。明らかに自分の方が年上なのに、気の利いた言葉を返せないなんて…
お釣りをもらうため手を出すとその手にそっとおつりとレシートと一瞬ではあるが以前よりかなりハッキリと手を触れられたような気がする
私の勘違いだろうか…あまりのキャパオーバーな出来事に焦ってお釣りを財布に仕舞い込みレジ袋をうけとる
「あまりお酒飲みすぎではいけませんよ」
くすっと笑っているであろう店員の顔は見れず、真っ赤な顔で私はお店を出た
勘違いするな、私は普通の客、私はフツウノキャク、ワタシハフツウノキャク
その日はテンションが高く、夜になっても中々寝付くことが出来なかった
年甲斐もなく、私はきっと本気で恋をしたらしい
彼とどうこうなろうと思わない。でも、彼に少しでもいいなと思われる女性になりたい
これが今の本心だ
それから自分磨きを続け、一時が立った。
たまの休みの日は早い時間にドラックストアに寄って彼を遠目に見つけ目の保養をして過ごした。
過度に言い寄ってはいけない、自分の身の丈をわきまえろ。
長く社会人をしていると嫌でも身に着く事で私はストーカーなどにならないと注意していた。
ただ、彼に恥ずかしくない自分になる、それだけを思って。
「中田係長、ごはん食べに行きませんか?」
花田に手伝って貰って仕事を切り上げると今日は珍しく定時に仕事が終わった
私が帰宅の準備をしているとめずらしく花田が食事に誘ってきて少し驚いた
後輩から食事に誘われるのなんて何年ぶりだろう
去年末から身なりを整え、前向き思考になった私は以前と違い余裕が出来ていた
前はなんでも自分でするっといった感じだったが今は色々な人に程よく助けてもらっているおかげで仕事も早く終わる事が多くなっている
私は花田の誘いに断る理由もなく喜んで食事に行くことにした
以前からおひとり様で食べに行っていたパスタ屋で食事をすることになり、私の大好物のカラブレーゼを注文してパスタが来るのを待つ
「中田係長…実は相談があって…」
後輩と食事に行くと大抵相談を持ち掛けられる。これはてっぱんだな
いままで何度かあった相談は「結婚するので退社しようか悩み中です」とか「○○部長と不倫関係で…」とかまぁ色々あったもんだ
私は花田がなんの相談か想像しながら、ワインを少し口に含んだ
「実は…社内に好きな人がいるのですが…どう気持ちを伝えたらいいのか」
「ほー社内恋愛かーいいなぁー若いなぁー誰誰?」
「そ、それは言えません…」
なるほどねーこりゃ、もしかしたら妻子持ちか!?
私は運ばれてきたパスタを食べ始め花田が好きな人を頭の中で検索する
もっとヒントが欲しいなぁ
「じゃ、どんな人?なんで好きになったの?」
「えっと、カッコ良くて仕事が出来て優しい所が…中田係長、好きな人いますか?」
「へ!?あー…」
好きな人と言われて一番に頭に浮かんだのがドラックストアの店員だった
私が照れくさそうにしていると花田は私の表情から何かを悟ったらしい
「いるんですね…彼氏ですか?」
「え、いやー片思い…的な?」
「どうして告白しないんですか!?」
いつもの大人しい花田が強気にがつがつと突っ込んでくるので私はちょっと気負けしてしまった
花田は自分が告白できない理由を私に求めているのかもしれない
「んー自分に自信がないから…かな?私の場合は。でも花田は可愛いし若いし大丈夫よ!相手は誰かわからないけど自分に自信もって告白していいんじゃない?あ、でも不倫のたぐいはやめといた方がいいと私は思う」
「中田係長が自信がないなんて…お相手の方、よっぽど素敵な方なのですね…中田係長は素敵な方です!そんな方に思いを寄せなくても十分素敵です!」
「あ、ありがとう?」
なんだかよく解らない会話だったが、熱弁する花田に気負けしてとりあえずおいしいパスタとワインを食べて私は満足した
ドラックストアの彼に片思いして数か月が過ぎたある夜、月末で残業2時間あり自宅に帰ると私の部屋のドアに背もたれして座っている人がいた。
そのシルエットからすぐに誰かわかり私は話しかけるのと少し戸惑った。
「鈴木…」
「あーやっと帰って来た。おかえり」
彼はかなり酔っぱらっているのがすぐに解った
「部屋の中に…入れて欲しいんだけど」
玄関前で話をするのは近所迷惑になると思いそれは避けたいのだか、自宅の中に入れる事に抵抗を感じた
このまま自宅の中に入れてしまったら…
「タクシー呼んであげるから家に帰りなよ」
「言っただろ?俺の居場所ないって」
「…うちには入れてあげれない」
「じゃ…ホテル行こうよ」
「…」
酔っぱらって言ってる彼の言葉に私は哀れみすら感じてきた
独身アラサー女子をそんな目で見ている人は世の中沢山いるのだろうか…
悪気がない本気の思いだとしても、それがどれほど相手の心を傷つけて苦しめるとも考えられない
哀れな彼に私は何をしてやればいいのか…
「鈴木…私、カッコ悪い男嫌いなの」
「…それ俺の事?」
「家庭に自分の居場所がないって逃げている人がカッコいいとはとても思えないし、それをどうにかしようと努力したようにも思えない」
「…結婚もしたことがない独身女がよく言うよな」
「ええ、だからといって結婚しているから偉いって訳じゃないでしょ。結婚するということは覚悟してしたんでしょ?子供作ったんでしょ?それを軽い気持ちで裏切る男がカッコいいとは思えない」
「軽い気持ちじゃなかったら?」
鈴木はゆっくりと立ち上がり私の肩を掴もうとしたので私は腕でその手を払った
しかし、その払った腕の手首を掴まれてしまう
ここで大声を出せば誰か近所の人が出て来るだろうが、私はあまり問題を起こしたくないのでそれは最終手段に取っておこうと思った
「わ、私は女としてプライドがあるの。二番目でいいなんて思わないし遊びでいいなんて思わない。自分に胸を張って生きていたいから、自分が恥ずかしくない様に生きていたいから。だから他をあたって」
「…お前は寂しくないのか?」
私がひとりって知っている。私が寂しがり屋って知っている。だから鈴木は私の元に来たのだろう。
嫌なやつ…
「言ったでしょ…私は格好悪い男は嫌いだって」
「ホント昔っから媚びないよな…そんなんじゃ幸せになれないよ…」
うるさい…余計なお世話だ!
精一杯の虚勢を張って少し憐れんだ表情を浮かべている鈴木を睨みつけると、鈴木は私の手首を掴んでいた手を放しフラフラと帰って行った
その後ろ姿は少し惨めに思えて同情しそうになったがグッとこらえる
私は…間違っているのだろうか?
自宅の真っ暗な部屋を見るとフッとそんな疑問が浮かんだ
次の休みの日、私はほぼ無意識に店員のいるドラックストアに行った
元カレの「幸せになれない」と言われた事が予想以上にショックだったらしい
その負の感情を少しでも幸せの感情にしたくてサプリを求めてきたのだ
片思いの彼を見る、それだけで気持ちが少し楽になる
カゴを持って店内をうろうろするがお目当ての彼がいなくガッカリと肩を落とす
仕方ない、そんな日もあるさ
自分で自分を慰め、適当に買う物をカゴに入れる
薬売り場のレジには違う女性の店員がいる時点で彼はいないのだと確信した
私は最後にビタミンのサプリ買って帰ろうとサプリ売り場で商品を見比べていると背後を人が通る気配がした
お店の中なので人が通り過ぎるのは普通の事なのであまり気にしなかったが、その人が立ち止まり自分の元に近づく気配がした時、違和感を感じて視線をその人に向けた
「今日はお休みなんですね」
私服で話し駆けて来た男の人に私は目が点になって固まっていた
ストレートな黒い短髪に片側だけピアスを付けて、服装はラフなジャケットに紺色のチノパンとしっかりした格好の彼から話しかけられた事に気が付くまでかなり間があった
「ビタミンサプリですか?どこか具合が悪いのですか?」
「え?あ、いや。そんな訳じゃなくて…」
会話をするだけで心臓がバクバクいって顔が赤くなる
私の方が年上でこんな態度じゃ変だろう!頭の中でいろいろな事を考えているとつい出た言葉が
「ど、どれがおススメ?」
これが精一杯だった自分が情けない…視線をサプリに戻し動揺を隠そうと必死だった私に彼はまたクスリっと笑ったように思えた
「そうですね、こちらのメーカーがおススメですが僕、個人的にこっちのサプリが好きです」
「こ、個人的に?」
「ここだけの話、お店はこっちのメーカーを販売促進してますがねって事です」
耳元でこそっと教えてくれたその声に気絶するかと思ったくらい悶えた
心臓のバクバクは心地よく響いて、今この状態を幸せに感じている私は間違っていないのだろう
私みたいなおばさんと言いたくないけれど、彼からみたら間違いなく年上で全然相手に何てされないだろうと思うけど…私は間違ってないと信じたい
「そう。なら個人的に好きなこっちにしようかな。あの、名前聞いてもいい?」
「え?僕の?末永空です」
私の今できる精一杯の質問に彼は嫌な顔ひとつしないで少し照れながら答えてくれた
それだけで私は自分に自信が持てたし、小さな幸せがまたひとつ増えた
「末永くん、ありがとう」
彼にお礼を言って私はスマートにその場を去ってレジに向かった
本当はもっと話をしたいけど、しつこい人と思われたくないし、今日は私服が見れて名前が聞けたからそれで私は満足だった。しかし、そんな私を末永くんは呼び止めた
「あの、名前教えてもらえませんか?その、出来ればアドレス教えてもらえませんか?」
私は夢をみてるのだろうか…
現実逃避した思考で妄想の世界に入ってしまったのだろうか…
恐る恐る振り返ると、少し顔を赤くした末永くんが視線を逸らして立っているので私は一気に顔に血が流れ赤面して変な汗が出て来た
「迷惑…でしょうか」
「とととと、とんでもない!教えます!すぐ教えますから!」
震える手でカバンの中のスマホを探し出し手に持って彼を見上げるとお互いフッと笑顔がこぼれた
私は…勘違いしても良いのだろうか?
36歳の独身女子の私が正面切って彼に恋して良いのだろうか?
END
読んで頂きありがとうございます(´・ω・`)