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―調査4日目― マニマニマニ・メニマニー

 ―4日目―


 K市に来て、もう何度目の乗船だろうか。そんなことを考えつつも、あのセクハラ船長が居る船に乗り込んだ。


「もう何度目の乗船だ姉ちゃん。近所でも噂になってるぞ。結婚詐欺に遭って、夢も希望も財産も女としての自信も、全部無くした30才過ぎの女が、入水自殺を図るため毎日船に乗って、自殺場所を下見してる。って」


 すごい尾ヒレが伴った噂だ。というか尾ヒレしかない。


『こんな噂立てられて死にたい』と思う気持ちをぐっと堪えて仕事に向かう私は、我ながら立派だと思うの。


 今日の天気は3日目に引き続き快晴。波も穏やかであった。


 そうそう、天気で判ったことがあるのだが、原因不明の高波については、黒虚精霊がその原因だと考えると、すべて説明がつく。

 黒虚精霊は、太陽などの光により沈静化し減少するが、逆に曇りの日や雨の日には精霊が活性化し増える。

 また黒虚精霊は、光に弱く、現れては消えるを繰り返す虚無な存在であり、基本的に一つひとつの力は弱いが、ある一定数を超えると爆発的に力を得て、現世にも影響を与えるようになる。

 世界への干渉力を持った精霊ではあるが、もともとの数も少ない。


 簡単に言えば、場所ごとに居る精霊達が与える陰陽のバランスを、プラスマイナスゼロが標準だと仮定すると、黒虚精霊はマイナスに該当する存在だが、プラス側の精霊達がマイナスを補っているため、陰陽は拮抗している。


 ただ……只だ。黒虚精霊は数が少ない上に、現れては消えるため、サンプルを取ったところで、視認できることなんて稀なのだ。しかし昨日は(精霊石の力も借りはしたが)この目で見ることが出来た。

 その上、黒虚精霊が増加したことによって、陰陽のバランスが崩れ、高波が発生するなどレアケースだ。

 土地神の力が弱っているのが原因なのかとも思ったが違うな、これは。

 きっと、黒虚精霊が増加する原因がある。


「というわけで元凶を探しに行きましょうか。船長、出航よ!」


 高々と前方を指さし出発の合図をする。まるでキャプテンになった気分だ。


「あいよ! 今日は機嫌よさそうだな!」


「当然よ! 後は発生源を突き止めて、解決すれば私の仕事は終わりなのよールールルル。イカ料理三昧からも解放されるし、引きこもりライフカムバックよー」


「ちょっと何言ってんのか判んねぇなぁ! まぁいいや!」


 ――*――


 ところが私の野望は、そう簡単に実現しないことが判明した。


「なんてこったい。ヤバい。かなりヤバい……」


 黒虚精霊の【寝床】は、出港してから約1時間ほどで見つかった。精霊の奔流が著しく激しい箇所を探っていくと、それほど苦労せずに見つかった。


 場所は九ツ釜近くの浅瀬、水深約10mの場所にあった。


 それほど深くはない場所なのだが、


「なによ、これ……」


 横幅20m×奥行10mの巨大な一枚岩が海底に鎮座(ちんざ)していた。一見何の変哲もない岩石。


 だが、封地の私が見ると瘴気を伴った黒い岩であった。

 しかも黒曜石のようなギラギラとしたきらめきを放つものではなく、様々な色の絵の具を混ぜて出来た、まだら色の禍々しい模様だった。

 もちろん、こういう岩には黒虚精霊がそれはもうわんさかと居る。黒虚精霊はこういう場所を好む傾向がある。まぁ、黒虚精霊と穢れって親戚みたいなもんだからなぁ……。


 余談だが、私は虫の幼虫や植物が隙間なく密生している姿がとても苦手だ。昔、小学校の理科実験で、顕微鏡で花粉や微生物を見て、あれでトラウマになった人間の一人だ。そのため、この光景は私の精神衛生上よろしくない。

 船上で、吐くヒロイン(ゲロイン)カムバックになるところを、私はなんとか耐えきった。


 いやぁぁ、あんなにびっしりと。気持ち悪いわぁ。神様、私がなにしたって言うんですか? 日ごろの行いが悪かったですか? 

 やっぱりカズに、毎回毎回、部屋の掃除とかパシリとかさせたり、あいつの秘密日記をバラしたことが悪かったですか? だからって、それを直す気も無いんですけどねぇ!


 私は、一種の防衛本能かよくわからないが、懺悔と開き直りを同時に行い、少しでも心を落ち着かせようとした。きっとパニクっているのだと思う。


「一人でなにブツブツ言ってんだ、ねぇちゃん。 ちょっと気持ち悪いぞ」


 船長の声でハッとした。そうだ、人が居るんだった!普通の人にあの光景が見えないって、こういう弊害が出るのよね。


 私も仕事とは言え、こんなことばっかりしているから、合コンで「仕事何やってんの-?」って聞かれて、正直に答えたら、男から『青子ちゃんて不思議ちゃん系? それとも天然なの~? 顔に似合わないし、キャラ作り雑~。超ウケるわ~』と、その場を盛り上げるためのネタにされて、いっつも、お一人様で帰る羽目になるのよ……。


「つくづく因果な商売選んじゃったなぁ。瀬戸さんが言ってた通り、ホントに婚期逃がすかも……」


「またブツブツ言って。もしかしてネエちゃん欲求不満か? 故郷に帰ったら彼氏にちゃんと不満解消してもらえよ。ゲヘヘ」


 セクハラ船長には下世話なおせっかいを焼かれる始末だし。


 とにかく、通常じゃありえない速度で、黒虚精霊が活動範囲を拡げている。黒虚精霊は陰の性質を持つが、この場所を見ても明らかに陽とのバランスが崩れている。

 このままでは大災害レベルの禍いが発生してしまう。だけど、なぜあんな場所に依代(よりしろ)が?


 ――*――


 私は、一刻も早く現状を変えねばならないと思い、市役所へ応援を要請したのだが、


「そうは言われましても、予算も人材もありませんし」


「いや『そうは言われましても』って……。私も国から派遣された身分ですので。そちらの都合も重々承知していますが、こちらとしても職務の遂行のためにぜひとも」


「一度、上司に掛け合ってみます……」


「よろしくお願いします」


 対応した職員は、私より少し年下で20歳ちょうどぐらいの若そうな男性で(名札には池……何とかって書いていた)機械的な反応を返すので、話が進まず(らち)が明かなかった。


 昔は“封地”と言えば、市長や上役が玄関まで出迎えをし、手厚くもてなされたものだ。と瀬戸さんから聞いたことがあるが、今はこの通り役所の職員からも軽くあしらわれる始末である。


 そりゃあ、うさん臭い仕事だとは思うけどね。

 これだけ科学が発展した現代で『精霊が悪さをしているから土地の景観や美観を損ね、災厄が降りかかる』な-んて言葉を、誰が信じるだろうか。

 私も適当にあしらうと思う。けど「はいそうですか」と帰るわけにはいかない。私にも“プライド”ってものがある。


「これはこれは……遠路はるばるお越しいただき歓迎いたします。お初にお目にかかります。わたくし【地域振興課】課長の【峰岸】と申します」


「ご丁寧にありがとうございます。封地の一ノ宮青子と申します」


 柔らかく年相応な落ち着くのある声で温厚そうな顔つき。だが、苦労ジワが目立つ40代のおじさん。それが峰岸の印象だった。

 深々とお辞儀とともに名刺を渡され、こちらもつられてお辞儀してしまう。この人なら話が通じそうだ。


「お話は伺いましたが、私も封地の方を拝見するのは初めてですので少し緊張していますよ」


 応接室に案内され、軽い手ぶりを交え、話しやすい雰囲気を与えてくれる。


「いやいや、ただの天然記念物みたいなもんですよ」


「天然記念物か。なら、なおさら私は運がいいですね。お綺麗な方で目の保養にもなります」


「そんなそんな、お上手なんですから」


 見ず知らずの人に綺麗だと言われるのは、とても良い気分だ。それがたとえお世辞だろうとも……。あの女心のわからない幼馴染(カズ)にも、もっと見習ってほしいもんだ。


「それで、九つ釜に沈んでいる一枚岩の件なんですけれども――」


「はい……それがですね。お話をお聞きし検討させていただいた結果、まことに恐縮ですが、それだけ大きな物を撤去するとなると、相当な金額となってしまいます。

 まず、海上クレーンが必要になるかと思いますが、海上クレーンのレンタル・設置・オペレーターの手配から作業安全性確保のための現場責任者・安全管理者、また海上への荷掛の作業員から、引き揚げた岩の移動に必要な運搬船・運搬船の船員。それに廃棄物の処理にもお金がかかってしまいます。

 これだけでも、軽く3千万円を超える試算になってしまいます……」


「そんなに!?」


「やはり特殊機械であること。作業環境が海中であること。がネックになってしまいます」


「岩を破壊する。という方法は出来ないですか?」


掘削機(くっさくき)を使うという手段は、海上クレーンが掘削機に変更されるだけですので、先ほどの撤去と同等ぐらいの金額になると思います。海中爆破による破壊も、資格を持ったダイバーが手順を踏んで実施しますが、海上汚染の影響が掘削機以上に問題となるため、安全対策に加えて環境対策が必要になり、こちらもかなりの高額になると思います。やはりこれも現実的な手段ではないでしょう」


 うぐっ……。八方ふさがりだ。


「では、最初の案を市や県の予算で実施していただくということは……?」


「それが、金額がかなり高額ですので、すぐに用意するということは出来ないんですよ。公務員の貴女であれば事情は察しているかと存じますが、どこの市町村も経費削減傾向にありまして、予算は縮小気味、給料や残業手当は減らされるわ。で大変なのが実情なんです」


「そうですよね。公務員は楽というイメージはありますが、本当にごく一部ですよね。私みたいに全国を飛び回って、行く先々の問題解決を担う仕事、つまりケースワーカーですね。それをしている者にとっては、給料の割に心労が多いですし」


「わかります、わかりますよ。実は私も生活保護に関する仕事をしておりましたので“ケースワーカーの辛さ”というのは本当によくわかります!

 “明”と“暗”とで言えば、どちらかと言えば“暗”の部分を携わる仕事の上に、理不尽な上司・自分勝手な人達だらけでとても大変でした。一ノ宮さんも、さぞご苦労なされているかと思うのですが?」


「そうなんです。特に理不尽な上司がおりまして、今回もろくろく説明もなしに、無理やり仕事を任されてしまって。いろいろと手さぐりで試行錯誤を繰り返すしかない状態で、効率が悪いったらありゃしない」


「それはさぞ大変でしょう」


「えぇ、それはもう。それに封地と言う仕事は協力が得られにくくて、今回も峰岸さんが居なければ封地の仕事の説明だけで、一日終わるところでしたよ」


「そうですか。最初に対応した者にはよく言い聞かせておきます。彼も入ってまだ2年目ですので、封地の存在を知らないのでしょう。かく言う私も、その方面に明るい知人から、チラッと聞いたぐらいでして。いろいろと眉唾物まゆつばものだったのですが、こうやって実際にお会いしますと、本当にご活躍されているのだなぁ。と感激しました」


「ありがとうございます。それで話を本題に戻しますが、本当に緊急的な対策が必要なんです。なぜあんなことになったのか、原因の究明も必要になりますし」


「そうですか……」


 うん? なんだろう……この違和感。


「やはり、『今すぐ』と言われると難しい相談かと思われます。県に掛け合っても客観的な理由が無い限り、三千万円ほどの予算が急に下りることも現実的に厳しいでしょう。ですので、一ノ宮さんには大変申し訳ないのですが我々が今、出来るご協力と言えば、少数ですが調査のお手伝いに人をお貸しすることと、次年度予算編成のための資料作成がメインとなってしまいます」


「そんなっ! そんな悠長なことを言ってられません! 私の知見では持って、あと半年・いや3か月以内に手を講じないと、本当に陰陽のバランスが崩壊してしまい、土地の活力が無くなってしまいます! そうなれば、精霊はおろか土地神や土地の影響を受けやすい森や田畑や動物、最後には人間も衰弱していってしまい、不毛地帯になってしまいます。土地が活力を取り戻すまで半世紀以上はかかるんです! そうなっては遅いんです! 事態は逼迫ひっぱくしているんです! どうかお願いします!」


「わかりました。一度市長や県と掛け合ってみましょう。私もこの市の一員ですから!

 封地の方の頼みとあれば、きっとわかってもらえるでしょう」


 私の本気の説得に奮起した峰岸さん。だが、ちょっと頼りない感じがする。


「ありがとうございます!」


「しかし、出鼻を挫くようで申し訳ありませんが、あいにく今日は市長も出払っていまして、後日また連絡致しますので、本日のところはお帰りいただけませんか」


「そうですか……」


 話、上手くまとまればいいんだけど。

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