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―エピローグ― 心ものぼせる美人の湯

竜神編最後です。

青子の旅は最後どう結末を迎えるのか。

エピローグ、スタートです。

――次の日――


「絶景を肴に飲む酒も格別ねー。極楽の境地だぁねぇ」


「飲みすぎて、のぼせないように」


「いいじゃんか。ほら、美海も一献」


「もぅ、人の話聞いてます?」と言いつつも、盃を差し出す美海。


 水龍との一件があった翌日、私たちは朝風呂を満喫していた。


 龍舞りゅうまいの効果はてき面だったようで、あっという間に湯元も美人の湯としての効能を取り戻したようだった。トロっとしたぬめりのある泉質が心地良い。


「朝日、朝湯、朝酒は健康の第一歩ってところね」


「朝酒は体に毒です」


「何を言っとるかね。起き掛けに気つけの酒を一杯。すると、体中に血流が巡り、一日の作業も捗るというものでしょう」


「嘘言わないでください。あっ、私、お酒飲んじゃダメだった。帰りの車……」


 計画通り――まんまと私の思惑に乗せられたな。


「まぁまぁ、帰りの運転は榊さんに任せましょっ」


「えぇー。ドライブしたかったのにぃ」


「それはそうと体の具合はどう? 一時的とはいえ、スズって子に体を乗っ取られたんだから、違和感はない?」


「いーえ、全然。むしろ体が軽いくらいです。でもなぜかお腹回りを触ると痛むのですが……」


 それ、私がぶちかましたボディブローだ。


「そっ、それはきっと憑依されたせいね。でもすぐに治ると思うわよ。ハハハッ……」


「それなら良いのですが」


 美海は釈然としないようだった。


「それにしても、静かね」


 眼下の日高川のせせらぐ音。空には鳶が「ピーヒョロロロロ」と鳴く声。たったそれだけしか聞こえない。


「極上のBGMですね」


 ゆったりまったりとした時間だった。これまでの疲れがすべて癒えるような正に夢見心地な気分であった。静寂を割るように、美海が唐突に話を切り出した。


「今回の件、なんだか尻切れトンボみたいな終わり方ですね」


「そうね」


 結局、水龍の逆鱗とかんざしを奪った犯人は特定できなかった。

 あの水龍曰く『眼鏡をかけたヒョウロクダマに、我の大切なものが奪われた。ヤツは3か月前突然現れ、我の周りをうろちょろ嗅ぎまわっていた。鬱陶しかったが、害にはならぬだろうと放っておいたら、管轄下の龍脈を荒らしだしおった。懲らしめてやろうと現場に行くと奴はおらず、そこになぜかスズの様な奴がおった。実はそれが罠で、我も偽物だと見抜くのが遅れて不覚を取った。そして、いつの間にか逆鱗とかんざしを奪われてしまった』と教えてくれた。


「眼鏡をかけたヒョウロクダマって、九ツ釜で騒動を起こした奴だろうね」


「その人も、いつの間にか居なくなっていたんですか?」


「そうね。どうやら地元の住民でも無さそうだし、やっぱり地枯衆しか見当つかないのよ」


「だとすると、事件は迷宮入りですか」


「『犯人が見つかるまで継続して調査しろ』って、瀬戸さんに言われそうだなぁ」


「ところで榊さんはこの後、どうするんですか?」


「編美・結美の仕事も一区切りついたみたいだから、一旦京都まで戻るみたい。そして、また二人とともに、竜神温泉ここに来るんだって」


「あのぉ、榊さんの身代わりとなった兄君は、大丈夫なんでしょうか?」


「香坂さんね……過労と心労で無事に逝ったみたいよ。編美・結美姉妹からの報告だと、帰りの新幹線でうわ言のように『書類がぁ! 会議がぁ! お兄ちゃん悲しい!』って、うなされていたそうよ」


「あららぁ……」


 これで香坂さんと表舞台で会えるのは当分先になるだろう。六波羅探題でこれからカンヅメの日々か……惜しい人を亡くしてしまった。


「でも優しいお兄様ですよね。妹のために自分を省みず行動するなんて」


「そうね。兄妹か」


 外の景色を見ながら、考えるわけでも無く微睡まどろんでいた私だが、ふと水龍との戦いで出来た傷が目に留まった。


「それにしても、あちこち傷だらけになっちゃったな」


 自分の身体をまじまじ見ても、全身擦り傷、切り傷だらけだった。特に右脇腹の裂傷は確実に傷跡が残るだろう。


「こんな汚い体で、嫁の貰い手があるのかねぇ」


「青姉さま。巻き込んで、ホントごめんなさい」


 私も言ってる途中で「しまった」と思った。美海が自責の念に駆られ落ち込んでしまった。


「いつものことだし、あんたのせいじゃないって。でも、もしこれが原因でずっと独身だったら、あんた養いなさいよ?」


「……ないんで…す」


「はい?」


「でき……んです……それ……」


「えっ、なんて?」


「だから出来ないんです、それは!」


 急に大声で、すごく沈痛そうな面持ちで私に叫んだ。そして、


「私、結婚するんです!」


 美海が突然、宣言した。一瞬、脳内がフリーズした。


「はっ? えっ? どういうこと!? いきなり、何言ってるの!?」


「ちょうど一か月後に、ある方と結納を行うんです! そして大学卒業とともにその方と結婚して、イギリスで暮らすんです! だから、こうやって青姉さまと一緒に旅行することも、もう出来ないんです!」


「初耳なんですけど!」


「言ってないんだから、当たり前です!」美海は怒り出し、「一番……知られたくなかったから……」と付け加えるのであった。


「もしかして、政略結婚?」


「そうです」


「『そうです』って、そんな大切なことまで親に従って、あなたの人生はそれでいいの!?」


「私の両親は、これまで私にたくさん尽くしてくれました。私のわがままをいつも聞いてくださり、何不自由なく幸福に暮らせたのは、お父様とお母様のおかげです。だから私はお父様とお母様の頼みであれば。と思い決心したんです」


「相手の男はどんな奴? もしかして鼻持ちならない金持ちとか、わがままな醜男とか?」


「残念ながら、私にはもったいない御方でした」


「そんなこと言っても、相手の反応はどうだったのよ」


「えぇ、先方もいたく私のことを気に入ってくれたようでして――」


「くっ、そうだった。あんたの外面力なら、大抵の男は気に入るわよね」


「いえ、お会いしてすぐに、私の性癖……もとい素の性格を見抜いたらしいんです」


「マジかっ! 変態だな、ソイツ!」


 そんな男がこの世に居るんだ。こんな変態を許容する変態紳士が。


「そっ、そうだ。あんたの気持ちはどうなのよ。それが一番大事でしょ!?」


「その……似てるんです」


「なにが?」


「青姉さまに似ているんです、その御方。言葉使いも上品で、性格も穏やかで、外見も爽やかで、青姉さまとは比べるのも失礼なくらい全く違うのに、雰囲気が青姉さまと重なるんです」


 コイツ、私をサラッとディスりやがって。


「そんな方だから、私も」


 満更でもない表情で頬に手を当て、体をくねらせる美海。


「はいはい。わかった。もうおなかいっぱい。死ねリア充が!」


「そんな、ひどーい」


「ちょっと待てよ? じゃあ、結納の準備で大変な時期に、なんでわざわざ私と一緒に調査に来たのよ」


「思い出づくり、ではないですね、きっと……」


 独り言のように語り出す美海。


「卒業旅行もなんか違うし、失恋……うん、失恋旅行ですね。恋人同伴の」


 己の気持ちに対して、自身が理解を求めているような語り口であった。


「区切りを付けたかったんです。私自身に」


 そして美海は自分の言葉に納得した様子だった。


「きっと、最後ですので」


 美海は、いきなり立ち上がり、すぅーっと深呼吸したかと思うと、私に背を向けた。


「岡崎一馬アあぁぁ! お前なんか殺したいほど、だーいキライだああぁ! もし、青姉さまを泣かせるようなことがあったら、ぜえええったい許さんからなぁああっ!」


 突然の咆哮に驚く私を、文字通り尻目に、美海は言葉を続けた。


「青姉さまああ! だいっ、だいっ、大好きでしたあああぁ! 本気の本気で愛してましたあああぁ。この恋は絶対、ゼエエエェッタイ、死んでも忘れませえええぇん! だけどおおおっ!」


 雄大な山々に向かい高らかに叫んだ。


 そして振り返り、


「さよならです……青姉さま」


 と、私に別れの言葉を告げた美海はとても切なそうで美しく、思わず見惚れてしまった。


「うっ、うぅぅ……」


 そんなうれいを帯びた顔もすぐに保てなくなり、涙ながらに私に抱き着いてきた。


「わだじ、わだじぃぃ……」


「はい……はい」


「あおねえさまぁぁ」


「ウンウン……わかった、わかったからあぁ……私の胸で存分に泣きなぁ……」


 私もいつの間にか、ポロポロと涙がこぼれていた。


「あおねえさまぁぁ……」


「なによぉ?」


「おむね、かたいですぅぅ……」


「あほぉぉ……」


 ――*――


「美海、結婚おめでとう」


 二人でひとしきり泣いた後、私は再度、彼女に盃を献上した。


「ありがとうございます。青姉さま」


 美海はそれをキュッと飲み干した。

 ほどなく美海はふらつきながら、こう言った。


「私、のぼせちゃったみたいです」



「酒と――温泉と――青姉さまに――」


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