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―調査11日目― 後編 そして龍は泣く

調査11日目 最終日。

かんざしと生贄の少女の謎が明かされます。

「まず初めに言っておくが、生贄というモノはお主たちの迷信からくる愚かな蛮行だ。何の効果も無い。だが太古の昔、人間どもが我を勝手に祭り上げ、豊作や日照り、河川の氾濫などの自然災害も何もかも我のおかげだ、我のせいだ。と騒ぎ立てよった。そして我の機嫌を損なわぬよう、頼んでもいないのに供物を捧げるようになっての。初めは穀物であったが、魚や獣、豪華な宝飾品と、どんどんエスカレートし、最後は人間を差し出しよった」


 唇を噛み締め、嫌悪の表情で、水龍の少女は語り続ける。


「ある日、生贄として選ばれた子が我のもとへ来よった。その者は【スズ】と言ってな。スズは貧乏な家の出身だった。スズの親は、死への旅路に向かう娘のため、家のありとあらゆる私財を売りはらい、このかんざしをスズに渡したそうだ」


「そんな薄幸な少女を、あんたは食べたの?」


「食うかボケ! そもそも我には栄養の摂取なぞ不要なのだぞ! それまでも、生贄として差し出された女どもは、違う土地の親類縁者や、生贄をこっそり取り返しに来た恋仲の男に引き渡したりもした。じゃが、スズは『ここにずっと居たい』と言った唯一の人間だった」


「それはどうして?」


 美海は、いつの間にか意識を取り戻し、興味津々に水龍へ質問を投げかけた。


「うわっ、お主。まるで気配が分からなかったぞ」


 思わずのけぞる水龍様だった。


「驚いたぞ。仕切り直して話を続けるぞ。スズは『もう帰るところが無い』と言っておった。もともと村八分だったうえに、両親は、スズにかんざしを買い与えたことで食うもままならくなる。そして娘を差し出したことへの悔恨に苛まれ、きっと自害するであろう。とあやつは言っておった。事実、一週間後に村を見に行ったときは、そうであったがの……」


「そう、なの……」


 美海は、真剣な表情で聞き入っていた。


「それからスズと共に生活する日々だった。いろいろと五月蠅い奴じゃったが、獣たちや我ら人外に対しても、分け隔てなく接する性根の優しい奴だった。あやつはどんな時もかんざしを身に着けておった。我がちょっと見せてほしいと言っても、貸さないどころか決して触らせもせなんだ。変なところで頑固な奴でな。そういえば、食事をとるときも――」


 と水龍は少し嬉しそうに語った。


「水龍様にとって、スズちゃんは“友達”だったんだ」


「そ、そ、そ、そんなわけあるか! 誰が人間なぞと」


「えー友達じゃないのー?」


「うぅ……」


 美海のまっすぐな発言に、水龍も返す言葉が無かった。


「にっ、人間にしては良い奴ではあったな。あくまで人間にしては、だ! つ、続けるぞ。ある年、豪雨がこの地域を見舞った。川は氾濫し、山や木々もひどく崩れた。周辺の村々も被害に遭っての。スズは村の様子を見に行きたいと我にせがんだ。きっと故郷のことが心配になったのだろう。我は村へ行かせるか躊躇したが、スズを一日だけ村に赴かせることにした」



「――それが間違いであった――」



「村に戻ったスズを待っていたのは、豪雨で荒廃した村々と、それよりも荒んだ人間どもの性根であった。村人は、あろうことか、この豪雨の原因がスズにあるとほざきよった。生贄が逃げてきたせいで、水龍が怒り狂ったのだと。村人たちは寄ってたかって、スズを嬲りものにしよった。我が駆けつけた時、スズはもう虫の息であった。奴は息も絶え絶えに、末期の言葉を我に伝えよった『どうか恨まないで……』と。そして最後に、決して触れさせなかった大切なかんざしを我に渡すと息を引き取った……」


 そう言うと、水龍は顔を背けて、しばらく震えていた。


「今も昔も、無知な人間のせいで、真に慈悲ある者が犠牲になった。そして、それは今も変わらない……」


 水龍の震えた声が、耳に痛い。


「そう、お前たち人間どもは狂っておる! 勝手に人を差別し、己が可愛いさのあまり、自分より弱いモノを平然と傷つける! スズは本当に良い奴だった! 自分の運命にもめげず、欲にも負けず、清楚で慈悲深くて……。そんな者が薄汚いやつらに踏みにじられ穢されるのは、見るに堪えん!」


 水龍は私達に向かい、叫ぶのであった。

 そうか、この子は人間が嫌いなんだ。嫌悪したくて忌避したくて、でも、人間を否定すると、スズって子も否定してしまう。

 だから、こんなにも苦しそうにしゃべるんだ。


「その後、村人に制裁を加えたの?」


「殺してやりたかった。滅ぼしてやりたかった。だが、それはスズとの約束をたがえることになる。だから生贄の制度を廃してやった。お前たちのやっていることは全くの見当違いの無駄骨だと村人全員に告げてやった。その時の村長と村人たちの絶望と後悔のサマは実に良い気味であった。それでも散発的に供物を捧げようとする輩が現れた時は、コテンパンに懲らしめてやった。ハハハッ」


 渇いた笑い声だったが、なんだか空しかった。きっと彼女にとって精いっぱいの意趣返しだったに違いない。


「そう、このかんざしは、スズとの絆であり契約だ。【人を恨まない】というな。これを失うと我は人間への怒りが溢れて抑えられなくなってしまう」


 そうか、逆鱗を取り戻しただけでは、彼女の怒りが静まらなかったのはそのせいか。と考えていると美海が突然、水龍の少女に抱き着いた。


「ごめんね……」


「なっ、何だ、お前」


「私のせいで、とっても苦しんでたんだね。リューちゃん」


 美海? 何か雰囲気がおかしい?


「私とっても幸せだった。短い生涯だったけど、リューちゃんと過ごした日々は、毎日が楽しくて夢のようだった」


「どうしたの、美海?」


 私が問いかけても、全く反応を返さない。


「何を言っておる、お主。気でも狂うたか?」


「そのかんざし、今も大切に付けてるんだね。嬉しい……」


 美海のオーラがいつもと違う。何か憑依している?


「もしや! お前、スズなのか!?」


「とっても似合ってるよ。リューちゃん」


「ええぃ、我の話を聞け!」


「ありがとう」


 そう告げると、美海は膝から崩れ落ちた。


「今のって、スズって子の――」


「魂の残滓だろうな。この土地に漂っていたのか。それとも、そのかんざしに宿っていたのか……」


「たわけ……ならば、なぜ、もっと早く我に姿を見せぬのだ……」


 水龍の少女は、また顔を背けた。

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